クシャースラから久しく家主が不在にしていたと聞いていたが、そうは思えないくらいに屋敷の隅々まで掃除が行き届いていた。
玄関ホールにはオレンジ色のカーネーションが花瓶に生けられており、閑寂な玄関を華やかにしていたのだった。
「綺麗なお屋敷ですね」
「これでも慌てて整えたんですよ」
カーネーションを眺めていたアリーシャに、クシャースラが小声で教えてくれた時、一階の奥から人が現れた。
「あら、もう来たの?」
「お
白色が混ざった小金色の髪を後ろで一つに束ねた四十代くらいの女性は、身につけたエプロンで手を拭きながらクシャースラに近づいて来る。
「随分と、早く到着したのね。これから夕食の買い出しに行くところだったの。オーキッド坊っちゃんのお部屋の掃除に時間がかかってしまって」
どこかセシリアに似た雰囲気を持つ女性は、申し訳なさそうに苦笑していた。
「追跡が無かったので早く到着しました。買い出しなら、おれが行きます」
「助かるわ〜。もうすぐ、ゴミ出しに行った主人も戻って来るから、一緒に行ってくれる?」
カーネーションを眺めていたアリーシャが、帽子を取りながらおずおずと二人の元に近づいて行くと、「ああ」とクシャースラが紹介した。
「お義母さん。こちらが、オルキデアの伴侶であるアリーシャ・ラナンキュラス嬢です」
「あら、貴女がオーキッド坊っちゃんの? 可愛らしい方ね」
セシリアによく似た女性から屈託のない笑みを向けられて、アリーシャは戸惑ってしまった。
「アリーシャ嬢。こちらは、マルテ・コーンウォールさん。セシリアの母親です」
「娘と義理の息子がお世話になっています」
「は、初めまして。コーンウォール夫人。アリーシャと申します。セシリア様とクシャースラ様にはお世話になっております」
セシリアと雰囲気が似ていると思っていたら親子だったと知り、アリーシャは得心しつつも深々と一礼したのだった。
「嫌だわ。そう畏まらないで、私のことはマルテと呼んで。こう見えて、元はオーキッド坊っちゃんの屋敷で働くメイドだったのよ」
「そうなんですか?」
キョトンとするアリーシャに、マルテは自分はオーキッド坊っちゃんことオルキデアが二歳の時まで、ラナンキュラス家でメイドをしていたこと、今は不在にしがちなオルキデアに代わって、夫とこの屋敷を管理していることを教えてくれたのだった。
「クシャさんからアリーシャさんの話しを聞いて、お会いしたいと思っていたのよ。娘のセシリアと同年代と聞いていたから。可愛らしくて、しっかりした方で安心したわ。これならオーキッド坊っちゃんは大丈夫そうね」
「奥様……」
「もう……マルテでいいのよ。これなら、主人も安心出来るわ」
「オレがどうしたって?」
すると、玄関の扉が開いて、年配の男性が話しに入ってきたのだった。
「お
日に焼けた肌に、白いものが混じった黒髪の男性は、やれやれというように肩を竦める。
「ようやく、ゴミ出しが終わったと思ったら、もう来たのか……で、そちらの嬢ちゃんがもしかして?」
「はい。オルキデアの伴侶でアリーシャ・ラナンキュラス嬢です。
アリーシャ嬢、こちらはメイソン・コーンウォール氏です。セシリアの父親です」
メイソンがアリーシャに顔を近づけると、すかさず「顔が近いよ」とマルテが突っ込む。
「ごめんなさいね。うちの人ってば、最近老化が進んじゃって……」
衝撃で固まってしまったアリーシャに謝るマルテに、アリーシャは何度も首を振る。
「いいえ。大丈夫です。おく……マルテさん」
息を大きく吸うと、アリーシャは笑みを浮かべる。