「問題はいつもなら四ヵ所ある出入り口が、今日は閉鎖されて一ヶ所しかないことだが……」
軍部には四ヶ所の出入り口がある。
中央に当たる北扉を始め、軍部の東、南、西側にそれぞれ出入り口があった。
しかし演習日の様に軍部に所属する兵の大半が出払うような日は、警備担当の人数が少ない分、出入り口を封鎖していた。
クシャースラの懸念通り、今日は演習で警備する兵も出払っているので、中央の北扉しか開いておらず、他の三ヶ所は封鎖されていたのだった。
「軍部内に人が少ない分、おれやオルキデアがアリーシャ嬢を連れて出入りしたら目立つな」
「だが、これはそうならない為の作戦だ」
その為にクシャースラだけではなく、セシリアにも協力してもらった。
アリーシャをここから無事に連れ出す為にもーー。
「最初にアリーシャ嬢を連れて来た時はどうやったんだ?」
「アルフェラッツに頼んで、一番警備が手薄な南側出入り口から連れて来てもらった」
王都への帰還時、アルフェラッツにはオルキデアが北扉から入っている間に、こっそり南側の扉から入ってもらった。そのまま人が少ない廊下を通って、オルキデアの執務室までアリーシャを連れて来てもらったのだった。
今回も、オルキデアの部下であるアルフェラッツとラカイユにはアリーシャを連れ出す協力をお願いしている。
二人には北扉まで車を回してもらった後、それぞれ合流し、目的地まで車を出してもらうつもりだった。
そこに辿り着く為にも、まずは軍部内からアリーシャを連れ出さねばならない。
「一応確認するが、同じ手は使えないんだよな?」
「ああ。アリーシャの顔が広まってしまった以上、どの出入り口から連れ出しても、問い詰められるのは間違いない」
ここに連れて来た時は、まだアリーシャのーー厳密には、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトの顔だが。が掲載されたシュタルクヘルトの新聞が配信されたばかりで、あまり軍部内に広まっていなかった。
その為、まだアリーシャの知らない者も多く、オルキデアたちが連れて歩いても怪しまれなかった。
新聞の配信から時間が経ったとはいえ、まだアリーシャの顔を覚えている者も少なからずいるだろう。
もし警備担当の兵が、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトの顔を覚えていた場合、アリーシャを連れ出す際に、身元の確認やアリーシャについて詳細を問い詰められる。
場合によっては上層部に報告されて、アリーシャの存在が軍部ーー引いては国に知られてしまうだろう。
そうなっては、これまでのオルキデアたちの努力が無駄になる。
「問い詰められた時にも備えて、アリーシャの偽の経歴書を用意した。だがあれは詳細を調べられてしまえば、偽物だとバレてしまう」
いくらこの国で生まれ育ったと言ったところで、この国にアリーシャの戸籍は存在しない。
いずれは用意しなければならないが、今はまだ無いので、調べられてしまえばすぐに経歴が偽物だと知られてしまうだろう。
そこから、アリーシャがアリサだと結びつけられるのも時間の問題になる。
「そうなれば、俺が罰せられるだけでは済まなくなる。……アリーシャは、その存在を利用される」
「軍だけではなく、国までもアリーシャ嬢を利用して、戦争を優位に進める気か」
「恐らくはな……」
アリーシャの正体を知ったら、国や軍部がその存在を利用しない手はない。
名目上はアリーシャを「保護した」として、実際はアリーシャを人質にして戦争を優位に進められる。長年の敵国であるシュタルクヘルトに対して。
「今日のこの作戦、何としても成功させる」
「ああ。よろしく頼む」
二人が今日の作戦について再度確認をしていると、ようやく仮眠室の扉が開いたのだった。