「用意が出来ました。オーキッド様、クシャ様」
仮眠室から出て来たセシリアは、アリーシャが着ていた白色のブラウスと足首までの黒色のロングスカートに着替えていた。
一方、セシリアの後に続いて仮眠室から出て来たアリーシャは、先程までセシリアが着ていた赤銅色のドレスに着替えて、つばの広い帽子を持っていたのだった。
「着替えは終わったのか」
「はい」と返すセシリアと、こくりと頷くアリーシャを見比べる。二人は身長が似ているので髪色や目の色を隠せば入れ替わっていてもバレないだろう。改めてアリーシャの身代わりを引き受けてくれたセシリアと、セシリアに協力を求めることに賛同し、この移送作戦を手伝ってくれるクシャースラを心丈夫に思う。
「ところでクシャ様。この後、私はどうしたらいいのでしょうか?」
「そうだな。セシリアはオルキデアと一緒にここを出てくれ。それからは……」
クシャースラたちが今日の打ち合わせをしている間、オルキデアはアリーシャに声を掛けると部屋の隅に呼ぶ。
ドレスの裾を踏まない様に慎重な足取りでやって来たアリーシャの顔を見ると、いつも以上に丁寧に化粧が施されていた。おそらくセシリアがやったのだろう。
艶やかな唇にはグロスが塗られ、目元もしっかり整えられていた。
銀が混ざった藤色の髪も頭の上で一つに纏められて、セシリアと同じ髪型になっていたのだった。
「……綺麗だな」
「えっ……?」
思ったことをそのまま口にする。今日のアリーシャは一段と綺麗に見える。
初めて見るドレス姿だからか、それともいつもよりしっかり化粧が施されているからか。
これまで見たアリーシャの姿で、一番美しく輝いている様に見えたのだった。
「これまで見た中で一番綺麗だ。……よく似合っている」
「あ、ありがとうございます。でも、メイクはセシリアさんがやってくださったので……。必要ないと言ったのですが……」
アリーシャは首を振ると、「それに私は何もしてないです」と否定する。
「たが化粧はセシリアでも、元になっているのは君自身だ。元が良くなければ美しくない」
「そ、そんなことは……」
恥ずかしそうに手に持っていた帽子で顔を隠すアリーシャに、オルキデアはポケットからある物を取り出すとアリーシャの手首を掴む。そして自分より一回り小さな掌に、そっと置いたのであった。
「アリーシャ、これを」
「これは……鍵ですか?」
鈍く銀色に光る鍵の持ち手には、紫色のリボンが結ばれていた。
先日アリーシャの荷物を、執務室から今後のアリーシャの滞在先に運び込んだ。
その際に移送計画に必要な「とある物」を入手する為にセイフォートの街中を歩いていると、雑貨屋の店頭にあった紫色のリボンに目が入った。
藤色と菫色の中間の様な紫色のリボンをひと目見た時に、この色はアリーシャの色だと思った。アリーシャの藤色の髪も、菫色の瞳も全て紫色であった。
何気なくリボンを見つめていると、オルキデアの脳裏には藤色の髪を靡かせながら振り向き、菫色の瞳でじっと見つめて来るアリーシャの姿が浮かんだ。
これまでは全く気にもしなかった紫色が、何故かアリーシャを象徴する色に思えたのであった。
オルキデアはアリーシャ色のリボンを購入すると、アリーシャに渡すつもりで用意していた鍵に結んだのであった。
「ああ。持っていて欲しい。……君の為に、用意したものだ」
アリーシャの手に握らせるとオルキデアは手を離して、次いでアリーシャの痩躯の両肩を掴む。
「オルキデア様……?」
おっかなびっくりしながら、アリーシャは見上げてくる。
「そう怖がるな。今回の移送に当たって、俺から二つ話しておきたいことがある」
「話ですか?」
オルキデアは紫色の瞳を細めると頷いたのであった。