次の日、いつも通り優介と学校へ登校する。なつは昨日の夕方からぶっ続けでアニメを観ていた。
僕が部屋を出る時もそれは変わらずで、帰るまでここにいてと言えば、はい!と元気な返事が返ってくる。
あれだけ熱心なら言うことはなかった。
「…最近ぼーっとしてんなぁ」
「え…?」
「もう起きてから二時間は経ってるはずやろ。まだ目覚めてへんのか?」
前で座っていた優介が、僕を見ていたことに初めて気がつく。
ちょっとなつのことを考え過ぎていた。
「あー…覚めた」
「遅ッ、もう二限目終わったで。教室戻るぞ」
「うん…」
移動教室での授業が終わったことにも気付かず、ぼーっとしていた。
すぐに立ち上がって教室へ戻ろうとする。
その間、優介が彼女のことについて相談を持ちかけてきた。
「平田、誕生日に何やったらええと思う?」
「どうだろう…」
「お前モテるんやからそんなん得意やろ」
「いや、僕誰とも付き合ったことないし…」
「はあ?!あんだけモテんのに?!」
「え…だめ?」
すごい勢いで目を見開く優介に逆にこっちがびっくりする。そんなにチャラく見えるか?
「平田よく俺に真面目って言うけど、お前も人のこと言えんで」
「まあ、そうかも…」
「理想が高いんか?お前やったらより取り見取りやろ」
「わかんねェ…ちょっと女の子苦手かもな」
「宝の持ち腐れやん」
「…僕のことより彼女のプレゼントだろ?」
あ、忘れてた…と優介が珍しく呆ける。
今の一瞬だけ、いつもの自分達とは真逆だったことに面白くなった。
「女が喜ぶ物なんかわからんわ…」
「花とか…」
「お前それ俺にしろってか?」
「面白そうだと思って」
「遊ぶな」
もう平田には相談せんわ!と前を歩いて行く優介に、ごめんごめんと笑って追いかける。
教室に着いて自分の席に座り、教科書を引き出しの中に仕舞おうとした。
ゴン、そんな音が聞こえて引き出しの中を覗いてみる。
教科書が入り辛かった理由は、小さなプレゼントが引き出しの中に入っていたからだった。
「おー、さっそくモテるなー、平田」
「……。」
「どうしたん?また久條か?」
「ううん…違う」
プレゼントに付けられていた手紙を開いて中身を読む。
名前の知らない子か、久條さんだと思っていたのに、そこに記されていたのは覚えのある子の名前だった。しかも…
「この子、嫌いだ…」
「へー、平田が人嫌うなんて珍しいな」
「……。」
授業の開始ベルと同時に、数学担当の先生が教室へと入ってきた。
久條さんは、苦手だけど、嫌いじゃない。
強引過ぎるけど、ただ真っ直ぐなだけで裏表もない。
あの時も、腹が立てば怒ってその場で山下に言い返すし、優介にも面等向かって文句を言う。
でもこの手紙に書いてる名前の子は違った。
今年の四月、まだ優介が転校してくる前のこと。
僕が外に咲く桜を窓から見ている時に、その子は声をかけてきた。
「ひら、たくん」
「…?」
「きゃあ!こっち向いた」
二人組の女の子で一年の名札をしていた。
顔は知らないからすぐに新入生なんだとわかる。
「なに?」
「この子、今日誕生日なの」
「いいよ、セツ!」
「…そう、なんだ。おめでとう」
名前も知らない、今初めて会った子に促されて祝いの言葉を述べる。
今度は誕生日の子の方がセツと呼ばれた子について話をし始めた。
「セツ、すっごく可愛くて、今日も先輩に呼び出されてたの!」
「ちょっとやめてよ、里奈」
「あ、そう…なんだ」
だから何なんだろうとしか言いようがなくて返答に困った。
かと思ったらすぐに二人で教室を飛び出して走っていく。
首を傾げながらも仲が良い子たちだなと思った。
けど、そんなの嘘っぱちの姿だった。
次の日の休み時間に職員室から教室へ戻る途中、里奈と呼ばれていた昨日の子を発見した。
昨日一緒にいた子とは違う女の子二人と輪になって話をしている。
まだ四月なのに友達がいっぱい作れる子なんだなと思いながら、その隣を通った時だった。
「昨日さ、あのブスのこと嘘ついてまで褒めてやったのに、私のことは誕生日だってことしか言わなかったの」
「はあ?何それ」
「あいつ自分の株だけ上げたかったんじゃない?同盟組もうって言い出しといてさ」
「マジでやり損だわ、最悪」
「今度は私が言いに行ってあげるからさ、元気出しなよ」
ああ…そういうことか。
一瞬で昨日の全てが嘘で醜いアピールだったんだと知った。
ここにいないセツっていう子も、平気で悪口を言っている里奈っていう子も、ここにいる名前の知らない女の子二人も…女の子ってこんなもんかって心の中で思ったのを覚えてる。
僕が通り過ぎた後、やっと里奈という子が僕の存在に気づいて慌て始めた。
「平田くん…昨日は、ごめんね」
もう今更遅いよ。全部嘘で作ってるんだろ?その笑顔も、その言葉も、友達だって…
「別に…」
一言それだけ呟いて、教室の中へと入った。
――――らた、平田!
微かに夢の中で聞こえた優介の声。
何だろう…と呆けていると授業中だったことを思い出し、寝ていた頭を勢い良くバッと上げる。
いつの間にか眠っていた僕を、何故か教室にいる全員が見つめていた。
そこでやっと先生に当てられていたことに気がつく。
「おはよう、平田。問五だ」
「あ、すいません…」
「それは科学の教科書だぞ」
「え、マジ?」
一斉に僕のバカさにクラス全員が笑い始める。
もう寝るなよーという先生の言葉に、はい…と返事をして僕も笑った。
「ナイス、天然」
「起こせよ、優介ー」
「俺は起こしたで、何回もなっがいまつ毛ワサワサしたった」
「起こし方が微妙過ぎるだろ」
前に座る優介の背中に軽くパンチをする。そしたら左右に上体を動かし始める優介に、悪意を感じた。
笑かせてまた先生に注意させようと必死に謎の行動を続ける優介。
びよーんびよーんと左右に伸び縮みする後ろ姿に笑い転げそうになった。
その後も六限まで繰り返される優介のボケに必死で耐えた。
さすが関西出身、クオリティーが高い。
「やっと終わったー!」
「俺、部活行けるやろか」
「なんで」
「ボケんのに必死過ぎて動き過ぎた、体痛い」
「ヤバい、今のが一番面白かった」
っていうか運動部だろ、鍛えろよ日頃から。
今まで我慢した分を発散するようにお腹を抱えて笑う。
そんな僕を見て優介が笑顔になりながら、教室の出口へと進み始めた。
「最近ぼーっとしてるか寝てるかやと思ってたけど、そんだけ笑ってたら元気やな」
「え…?」
「俺今日も夜デートやから部屋行けへんで?」
また明日ー。そう言いながら教室を出ていく優介の後ろ姿にジーンとする。
本気で、僕も優介も女の子じゃなくて良かったって思った。いやそれは偏見なんだろうけど。
夢を見たあの映像が色濃く残り過ぎて、ふとそう感じてしまった。
「…心配かけて悪かったな」
呟いた言葉はちょっと照れくさくて、自分の頭を勢いよく掻いた。
夢で見た過去のことを考えながら寮へと戻る。
別に、女の子が嫌いなわけじゃない。
優介みたいにバイト先で知り合って好き同士になって、付き合うとか正直羨ましい。
でも告白してくれる子や、手紙をくれる子を見ると、どうしても躊躇してしまう。
この子にも裏があるんじゃないかとか、今は隠しているだけで本性は違うんじゃないかとか。
「大谷、里奈…」
今日プレゼントと一緒に付いていた手紙。そこに書かれていた名前を呼んで嫌悪感を抱いた。
好きですと書かれた文字を見ても、全く嬉しくもなかった。
「自分の想いさえ通れば他はどうでもいいのか?」
他人を利用して蹴落として、汚いことを平気でやってのけるこの子を好きになれるわけがない。
少しイライラしながら、自分の部屋の扉を開けた。
「…なお!お帰りなさい!」
「……!」
無邪気な笑顔を向けながら、かけられる言葉。
心から純粋で真っ白な笑顔に、嫌な記憶や感情が洗われていくようだった。
「ただい、ま…」
「言葉!覚えた!上手?」
「うん、上手い」
「なつ、なおとしゃべれる!」
「ほんとだ…」
「なお…」
ありがとう。
綺麗な感情と言葉が、なつから真っ直ぐに伝わってきた。
「まだ、覚えて…いっぱい、なお、と、しゃべれ、るようになる」
「うん…」
「わかりにくく、て…ごめんね?」
「…そんなことない」
今、その一生懸命ななつの言葉で、救われた気がする。
嫌な感情とか、人を疑う気持ちとか、悪いマイナスなこと全部。
「ありがとう…」
なつの笑顔が、綺麗でキラキラしてて…もっとこの笑顔を見ていたいとこの時そう思った。
「なつの笑顔は可愛い、と思う」
「ほんとう?」
理解しないことを半分祈りながら言った言葉に、反応が返ってくる。
こんなこと、女の子に言ったことがなくて、心臓がドクンドクンと大きく脈打ち始めた。
「なつも、なおの笑顔が、好き」
「…そ、う」
「優しい、大きくて、髪を切る、手も好き」
なんでだろう…
文章はバラバラなのに、こんなにも気持ちが伝わってくる。
「なお、は優しい、男の子だから、なつが守ってあげる」
ね?と首を傾げながら手を握られた。なんか…
「立場逆だろ。僕が守る方」
「そうなの?」
「そう、なつは女の子だから守られる方」
「守って守られる…すてき!」
「んー、なんか違う気もするけど…」
まあいいか…と笑ってみせれば、なつもより一層笑い始めた。
なつが幽霊だという事実よりも、目の前にいる女の子が笑っていることの方が、ずっとずっと、大切だと思えた。