「あー、もう動くなって!」
「なお!ぶぼッ」
「鼻で息しないで口でするんだよ!違う!そんなに開けたら水飲むだろ!」
「ええぇんッ」
「わかったわかった!僕が悪かった!」
誰もいない大浴場で服を着せたまま、なつの顔面をシャワーで洗い流す。
僕が持ってる部分から出るシャワーの水はなつに当たるけど、水飛沫自体はなつの服にかかることはなかった。
都合が良いのか悪いのかわからないな、この現象…
「多少は綺麗になったっぽいし、これくらいでいいか」
「ゲホッ、ゴホッ」
「ごめんごめん、やっぱ水飲んだ?」
「それは…なに?」
「シャワー」
「シャワー、…嫌い」
「だろうな」
もうしないから安心しろ。
そう呟いた僕の言葉を理解して、なつが必死に頷き始める。
かなりの短期間で言葉を認識していて驚いた。
自分の口で発する言葉は少し片言だけど、それでもかなり話せている。
僕の言うことは、ほぼ100%理解出来ているように見えた。
「テレビ…全部観たよ」
「マジ?もう?」
「新しい、テレビ…観たい。なお、お店に、行こう」
たぶんお店っていうのはレンタルショップのことだと思う。
アニメを借りたあの店を、しっかりと覚えているみたいだった。
部屋に戻り、財布を鞄の中から取り出してため息をつく。
出費かさむなぁ、今月…
「なお!行こう!」
「はいはい、もうアニメはやめろよ」
「大丈夫!」
「絶対借りる気だな…」
なんとなくわかってきた、なつの性格が…
満面の笑みを浮かべて先へ先へと歩くなつの後ろ姿に、アニメを借りますと書いてあるように見えた。
「アニメ借りるのはいいけど…もうちょっと他のも観ろって」
「お代官様ほどでは…グヘヘへ」
「それはダメだって言っただろ、他の奴だよ」
「はーい」
返事の仕方も普通の人と同じようになってきた。
アニメ効果恐るべし…と心の中で呟く。
すぐに店の前まで到着し、なつに急かされるように自動扉を開けた。
店内を見て回るけど、専らなつが歩き回る後を僕がついて行くだけになる。
「なお、読めない」
「ああ、字は無理か」
困ったような顔で読んでと催促され、DVDの内容を読み上げる。
なつはもう絵や写真だけで判断せずに、内容で判断し始めていた。
「なつも、見たいよ」
「ほら」
「違う、の。なつが…持ちたい」
「無理。持てないだろ」
僕が手で持って見せても、なつは首を横に振って嫌だと主張する。
仕方なく、なつの後ろに回り、両手首を掴んでやった。
「ほら、触ってみろ」
「うん…ありがとう」
嬉しそうに笑いながらそれを触っては、上を向いて僕の顔を覗いてくる。
声を上げて笑うなつの顔と、触っているなつの手首の細さに、女の子なんだと実感させられた。
その時またドクンと心臓が大きく脈打つ。
意識し始めてる自分の脳に、必死でやめろと言い聞かせたその瞬間、咄嗟になつの手首を離してしまい、DVDがすり抜けてガンッと床へ落下した。
「なお、もう一回」
「…ん」
「これも…観たい」
「アニメも観るんだろ?」
「うん!」
「まあいいか、今日は二つだけな」
もう一度なつの手首を持っていた手を離し、自らDVDを手に取る。
この前のアニメの続きもしっかりと手に持って、また恥をかきにレジへと向かった。
店員と一切目を合わせないまま会計を済ませてDVDを受け取る。
またジワジワと自分の顔が熱くなるのを感じたけど、すぐにそれも無くなった。
いつも隣か後ろに憑いてくるなつが、珍しくそこにいなかったから…
「なつ…?」
借りたDVDを片手に店内を探す。
すぐになつの姿は見つかったけど、何かをじっと見つめたまま動かない様子に首を傾げた。
声をかけようと口を開いた瞬間、なつの方から話しかけてくる。
「なお、あれ…持ちたい」
一番上の段に表紙が見えるように飾られたDVD。
それを指さして背伸びを繰り返すなつに、手首を掴みながらDVDを手渡した。
「どした…?」
「なおとなつ、みたい…でしょう?」
嬉しそうにDVDを見つめながら、ゆっくりと片言で呟く。
DVDの表紙は、綺麗な田舎の山景色をバックに、夕日で出来た人影が仲良く手を繋いでいる。
タイトルや説明を読まなくてもわかった。恋愛をテーマにしているDVDだということが…
そのことを認識した時に、またぎゅっと胸を押し潰されるような、不思議な感覚がした。
「どうだろうな」
「これがなつ。これがなお。山…なつが、なおと出会った場所。…手も」
なつが指差した場所は、影同士が手を繋いでいる部分。
そのまま手首を持っている僕の手に手を重ねて、同じだねと微笑まれる。
自分が自分じゃないみたいに、体中の血管が激しく脈打ち始めた。
それを誤魔化すように無理やりDVDをその場に置いて店を飛び出す。
なつのことを気にする余裕はなくて、そのまま振り返らずに早足で歩き続けた。
「なお…!」
「……。」
早足で歩き続ける僕の後を、なつがついてこようと必死に走る。
こんなんじゃ明らかに動揺してるのがバレバレだった。
「……ッ」
「一緒に、帰ろうね…」
突然後ろから繋がれた手に、驚きが隠せない。
離せよと言おうとした口は、なつの顔を見て何も言えなくなった。