すっげェ食いついてる…時代劇系よりはマシな言葉を覚えるだろうけど、先行きはすごく不安だった。
「まあ、いっか。なつが気に入ってるなら覚えるのも早くなりそうだし」
そう楽観的に思っていた自分に、この後最悪な出来事が起こる。誰が予想出来ただろう…
「おい、平田ー。お前のゲームちょっと貸…」
突然扉を開けて田嶋先輩が入ってくることなんて…
入ってきたと思いきやテレビに映る少女漫画のアニメを見て、そのまま扉を閉めて出ていく。
あまりにも急な出来事に頭がパニックになりながら、部屋を出て田嶋先輩を引きとめた。
「ちょっ、ちょっと待って下さい!田嶋先輩!」
「悪い…。ノックもせずに入った俺が悪かった」
「いや、だから!違うんです!あれは…」
幽霊が観てます。なんて言ったら更にダメな気がする…
「大丈夫だ、俺は前々からお前はそうじゃねェかと思ってた」
「どういう意味ッスか、それ?!」
「女顔だし、この前やたら俺と寝たがってたし…」
「なに勘違いしてるんッスか?!違いますよ!つーか、女顔なのは生まれつきですからッ」
「ああ…わかってる」
「顔がわかってませんよ!」
「みんなには絶対言わねェよ、じゃあ…」
「先輩?!」
何度声をかけても俯きながら部屋へと戻っていく田嶋先輩を見て、今は何を言っても無駄だなと感じる。
みんなには言わないと言ってくれたことだけが救いだけど、明日にでも落ち着いて話をしに行った方が良さそうだと思った。
「なんて言い訳すりゃいいんだろ…」
頭を片手で抱えながら部屋へと戻る。
人の気も知らないで、なつはランランとテレビを見続けていた。
「おい…」
「ぶぅ」
また片手で両頬を掴んで嫌がらせをする。
嫌がることはないんだろうけど、せめてアニメが見えにくいように邪魔してやろうと思った。
それでもなつは帰り道の時と同じように笑っていて、この子は怒らないんだろうかと疑問に感じる。
「…なんか覚えた?」
「はい!」
邪魔の一環で話しかけた言葉に、元気良く返事がきて驚く。
もう新しい言葉を覚えたのは良いんだけど…果たしてこのアニメから得た言葉は本当に大丈夫なんだろうかと心配になって、テレビに目を向けた時だった。
「…すき」
横から聞こえた小さな声に…不覚にも、ドクンと心臓が大きく跳ね上がった。
きっと、あまり深い意味はわかってない。
それが誰に向けて言う台詞なのかとか、どういう感情を意味する言葉なのかとか。
でもその二文字を言った時のなつの表情が、幽霊じゃない普通の、恋する女の子のように見えた。
「……。」
「なお?」
「…なに」
「すき…おぼえた」
「そう」
「なお、すき」
「…ありがとう」
淡々とだけど、一応お礼を言ってから立ち上がる。
頭の中を夕飯のことに切り替えてなつから視線を逸らした。
今日は優介がいないから、夕食は食堂へ行かずにカップ麺で済ましたい。
夜食用のビニール袋からカップ麺を取りだし、ポットでお湯を入れた後ベッドへ足を進めた。
カップ麺を床へ置いてベッドの上へ座る。
暇潰しに一緒にアニメを観ようと思いテレビに視線を向けた瞬間、なつがカップ麺に興味を示し始めた。
「テレビは?」
「これ…は?」
「ご飯、食べ物」
「なつ!ほしい!」
カップ麺を指さしながら欲しい欲しいと強請るなつに、幽霊が食べても意味ないだろと言って聞かす。
それでも要求し続けるものだから、一口だけ僕の手からラーメンを食べさせてみた。
「食べれるんだな…」
「なお!ほしい!」
「もう無理!僕の分!」
「なお!んーん!」
また始まったオネダリ攻撃に今回はだめだと強く言い聞かせた。
今日一日で駄々をこねれば言うことを聞いてもらえると知恵をつけてる。
だめな時はだめだと言わないとこれから困りそうだなと思い、半分怒りながら大きく声を発した。
「ダメだって言ってるだろ!」
「…ッ、なお…きらい」
なつが悲しそうな表情で一言呟き、すぐに背を向けてテレビの方へと駆け寄っていく。
そのまま至近距離で座り込み、アニメをじっと観始めた。
ちゃっかり嫌いという言葉も覚えて器用に使いこなすなつに少し呆れる。
「完璧に子どもだな…」
十五歳にして育児をしている自分を褒め称えたくなった。
また強請られる前に食べてしまおうと、無理やりラーメンを口の中に掻き込む。
ものの一分くらいで全部平らげて、なつのことについて考えを巡らせた。
とりあえず、学校へ行っている間はこのアニメを見せて、放課後は汚れている顔と頭を洗おう。
ちゃんと洗えるのかはわからないけど、シャワーなら僕が持てば使えるかもしれない。
「さすがに全身洗うのは問題ありか…女の子だし」
僕が女なら問題なかったんだろうなと思った瞬間、ふと大切なことを思い出した。
「田嶋先輩…マジでどうしよう」
正直、何の言い訳も思いつかなかった。
今流行ってるとでも言うべきか…いやいやいや、あり得ないだろ。
妹が見ろってうるさくて…これもダメだな。妹とかいないし、あれを見ろって強制してくる妹って存在するのか?
「あー、もういいや。面倒くさい」
寝よ…いつも通り途中で投げやりになって、電気を消してベッドへと横になる。
真っ暗な部屋をテレビの光だけが照らしていて、テレビを見つめるなつの後ろには影が存在していなかった。
「やっぱり…幽霊なんだな」
眠りに落ちる前に、そう呟いている自分がいた。