そう言われたので、私はルイの部屋に来たのだけれど、彼の不機嫌さがここ極まれり!状態だった。不機嫌な顔をした坊ちゃまは、ソファーに座って足を組んでいる。足のお長いことで。
私が来ても不機嫌そうにフイッと顔をそむけた。この人は、大人で立派な反面と子どものような表現しかできないところを持ち合わせている。
困った人だ……。
「ルイ、マリアさんに怒られたのでしょう?」
「怒られてなどおらん」
「それを人は怒られた、と言うのですよ?」
ジロリ、と赤い目がこちらを睨んできた。
もう何度も睨まれたせいか、私はだいぶその目に慣れてしまったようである。
恐いというよりも、困った子犬の悪あがきのように感じられた。
「どうして、あんなに怒っていたのですか?」
「それはセシリアが悪いだろう?」
「天下の騎士団長様が、都合が悪くなると妻のせいになさいますか?」
この台詞は大変効果があったらしく、ルイは黙った。
黙って、何度かため息をついて、それから私に小声で「悪かった」と言う。
悪かったのレベルじゃない、と思いつつ、私はルイの横に座った。
「他所の方にご迷惑です」
「すまん」
「恥ずかしいと思わないんですか」
「だから、すまん、と」
「まったく、あなたは騎士団長ですよ。もっと腰を据えて、しっかりとなさってください」
「す、すまん……」
10も年下の妻から言われて、ルイは困り果てていた。
少し意地悪が過ぎたとも思うけれど、彼にはこれくらいやっておかないと、後が何とも言えない。
それに、料理人にまで牙をむき出しで怒り狂っていては、私も彼ももたなくなってしまうじゃないか。
「ルイ」
「は、反省した……」
「あなたは、もう少し緩やかにされてはどうですか。私を自由にしてくださったように」
「……俺は緩やかだろう?」
はわ、と私はつい口から洩れた。
だって、彼はまったく緩やかなんかじゃない。
日々の鍛錬、早起き、子どもたちや馬の世話、執務、何もかもをこなしている。
そして、私の相手。
騎士団からは慕われて、執事やメイドからも愛される。
キチッと感満載なのだ。
それなのに、自分は緩やかに伸びている、と思っていたようだ。
「そうですね、なんというか、タンポポのような」
「わ、綿毛のつもりか……?」
「どうして綿毛の方を想像するんですか?タンポポって綿毛になる前は、踏まれても踏まれてもまた伸びる花なんですよ。なんて言いますか、強すぎるというか」
「そ、そうなのか……母から綿毛を見せてもらった記憶しかない。風に飛ばして、父上が綿毛まみれになっていた」
そうか。
彼の言う緩やかとはきっと「楽しい思い出」なのだ。
楽しい思い出があれば、自分は緩やかだと思っている。
「ルイ、あなたはそういう思い出を胸に成長してきたんですね……」
「なんだ、おかしいか?」
「いいえ、とても素敵なご家族に恵まれたのだと思います」
羨ましい、と思ってしまったのが本音だ。
私は、彼の家族を知らない。
私が来る前にすべて失ってしまったから。
でも、今も彼の心の中に生き続けているのね……。
「セシリア、お前は」
「何でしょうか」
「お前は少し、異性との距離が近すぎる……俺の妻なのに」
「はあ、そうでしょうか」
「ユーマとも距離が近すぎだ。それに、今日の料理人も近すぎる。妻とは、夫以外の男に近すぎてはならんのだ」
お兄様がいたら、大笑いしていたことだろう。
ルイはしっかりと、嫉妬してくれていたのだ。
私は、それを面倒だとも少し思うけれど、それだけ愛情を向けられて、嬉しくもあった。
「俺は、お前を妻に迎えると決めた」
「はい、ありがとうございます」
「その気持ちは揺るがない」
「はい」
「だから、お前も……そうあって欲しい、と思っただけ、だ」
顔を真っ赤にして言うルイは、私よりも10年上とは思えなかった。
この人、本当に騎士団長かしら。
そう思ってしまう場面がたくさんある。
「まあ、その話はここまでとして」
「何かほかにあったんですか?」
「ユーマからお前へ手紙だ」
「本当に!?」
手紙となれば、依頼していた兄の恋人の件もしくは、新しい仕事かもしれない!
どっちにしても、私にとっては美味しい話だ!
「先ほど届いた。開けてみろ」
「はい!」
ユーマという男は見た目の筋肉質とは違い、とても丁寧な文字を書くようだ。
そして、文章も割と丁寧。
誰かが側で彼に文字や文章を教えたのだろう、と推測できる。
手紙の内容は、質素だけれど、分かりやすかった。
「……お兄様の、恋人が」
「どうした?」
「生きていた、と……!」
「ほ、本当か?」
「はい、ですが……辺境の地にいた民は、紛争で離散してしまい、彼女は兄弟とともに東の国へ向かう途中の山岳地帯に身を潜めているようです」
「おい、そんな情報どうやって見つけたんだ!?」
ルイがそう叫び、私も同じことを思った。
しかし、今はそれどころではない。
信頼できる筋から、情報が入ったのだ。
兄に知らせるしかない、と思って私は立ち上がる。
しかし、その手をルイが握りしめた。
「気持ちは分かった、セシリア。しかし、もうしばらく待て。結婚式は1週間後だ。その後ならば幾らでも動くことを許す」
「た、確かに……1週間では、山岳地帯から戻れませんね」
「まさか、セシリア」
「はい?」
「お前も行くつもりじゃないだろうな!?カリブスと一緒に!?」
「ルイはまさかあの兄を1人で行かせるおつもりなんですか!?」
私たちの脳内に、あはは!と笑う兄の笑顔が浮かんだ。
それから私たちは話し合いをし、兄にこの事実を伝えるのは結婚式の後にしよう、ということで話がまとまる。
このまま兄が1人で出て行ってしまっても困るのだ。
結婚式に花嫁の兄がいないだなんて、騎士団でも許されない。
「アイツは馬鹿だから、飛び出しかねん」
「そうですね……ルイ、私が兄についていきます!」
だって、こんな史上最高のラブストーリーを目の前で見ない手はないだろう!?
私は強くそう思っている!
まるで王子様とお姫様が出会うまでの冒険に、同行するかのよう!
「お前がついて行って、何になるんだ……」
「何って、色々役立ちますよ!読み書きはできますし、地図も読めます!」
「はあ……カリブスと一緒に目的地に到着する前に挫折するな、それでは」
「そんなことありません!ちゃんと兄のハッピーエンドを見届けます!」
「はっぴぃえんど??」
「あ、えっと、兄の幸せな結末です!」
こちらの表現に戻して、ルイに伝えた。
私は、たまに転生前の言葉を口走ることが多くなっちゃって、いけないわ。
気をつけなきゃ。
「そんなもの、見届ける必要はないだろう。金を工面するから、ユーマに依頼の手紙を書いておけ」
「ユーマと一緒に行ってもいいんですか?」
「駄目だという意味だ!頭はいいのに、なぜわからん!」
「だってお兄様の恋愛物語を見たいんです~!!」
「そんなもの、お前の好きな本にたくさん書いてあるだろうが!」
「いやです~!お兄様の恋物語が見たいんです~!!」
2人でギャアギャア言っていたら、あの嫌な笑いが聞こえてきた。
ドアの方を2人で見れば、そこにいたのは兄!!
「お、お、お兄様!?」
「何をしに来た、カリブス!」
「ユーマから手紙が来たよ~だから2人に相談しようと思ってね!」
「お、お前、ここに手紙が届いたのが今日だぞ!?どれだけの駿馬に乗ってきたんだ!?」
「ん~結構急いできたよ~!」
私は、初めてルイがガタガタ震えているのを見た。
でも兄にとってはそんなことは、どうでもいいのだ。
ヒラヒラと手紙を見せてくる。
「ちょっと、一緒に山登りに行かないかい?」
兄の笑顔を見て、ルイの顔が真っ青だった。