お義母様の話を聞いていたら、なんだか自分もいい女?になれた気がして、変な気持ちだわ。
ハンスはニコニコしていたけれど、そこに地を這うような恐ろしい声がする。
見れば、ハンスの後ろにルイがいた。
「ハンス、戻ってこないと思えば、俺の妻に何を吹き込んでいる?」
「いえいえ、坊ちゃま。私のような者からお伝えできることなど、何もございません。特に坊ちゃまの秘密など」
「お、俺に秘密などないぞ!?」
ニコニコしたハンスは、そうですね、と言いながらルイをなだめている。
確かに、ルイにこんなことを言える人でなければ、副団長なんてできないかもしれない。
「セシリア!ハンスの変な話を真に受けるなよ!」
「ですが、どうしてルイは面識のない私と結婚する気になったのか、知りたくて……」
「そ、そんなことは、どうでもいいだろう!」
真っ赤な顔をして、彼は言う。
私は、やっぱり何か隠してるんじゃないか?と思った。
でも、どうしてそれを話してくれないのだろうか。
私はルイと、どこかで会った記憶がない。
パーティーなどで話しかけられたこともなかった。
だから、急に結婚を申し込まれて、驚いたのだ。
父にとっては結納金がたくさんもらえる相手だからと、大喜びだけれど。
「ど、どうでも、よくは……ないの、ですが。夫婦に、なりますので……」
思い切って、言ってみた。
それを見て、ルイは目を丸くし、そしてまた顔を真っ赤にさせた。
「そ、そのうち、教える……」
「やっぱり!理由があるんですね?」
「まだ、教えん!ハンス!仕事に戻るぞ!」
ルイは、ハンスを伴って行ってしまった。
私に残されたのは、妹からの手紙だけだ。
あの人は、騎士団長のくせに恥ずかしがり屋なのだろう。
結婚式、大丈夫なのかしら。
「仕方ないわね、まずはアリシアからの手紙を読みましょう」
陽だまりの椅子に座り、私は妹からの手紙を開いた。
そこには、結婚式で着るお呼ばれ用のドレスができた、と喜ぶ言葉が綴ってある。
それから、結婚式の翌月に学園に行くことが正式に決まった、とのこと。
そっか、あの子もついに学園に行くのね。
学園には正式な入学手続きが済まないと行けない。
その手続きも済んだなら、後は学園に行くのみだ。
寮に入ることもできるけれど、どうするのかしら。
私は、寮に入るお金がもったいなかったので、通学にした。
貴族の娘は、寮に入る子もいるが、親が手放し難くて通学させる家もある。
どちらも許可されているので、ちょっと変わった方式のようにも思えた。
学園生活に寮での生活は含まれないようである。
妹への返事を書きながら、あの子のドレス姿がとても楽しみになる。
私も、自分のドレスが決まったことを伝えた。
必ず、来てね、と添えて。
でも、この結婚式で王子と対面してしまったら、身分を隠して学園に通う王子のストーリーはどうなってしまうのだろうか?
それとも、知ったうえで一緒になる?
ストーリーは改変されてしまうけれど、すでに現段階で改変しまくられているので、もう仕方ないか。
お兄様の設定も、本の中ではなかった。
ただ、兄という人がいるだけだ。
ルイも同じである。
そして、あのユーマッシュという人間は一切登場しなかった。
旅人の1人だろうけれど、それがあんなに個性的なキャラクターになるものだろうか?
もしかして転生者なんじゃないか、とそんなことが頭に浮かぶ。
そう考えると、彼のキャラクター性も理解できるのだ。
「改変されて、そういう存在が増えてしまうのかしら……それとも、転生者が増えている?私のように記憶がある人もいれば、ない人もいるのかも……?」
誰がそんなことをしているのか分からない。
もしかしたら、これはすべて夢なのかも?
覚めることのない、都合のいい夢。
でも、覚めることがないのなら、楽しんでしまう他、ないだろう。
辛いこともあった、きっとこれからも苦労することはたくさんあると思う。
それでも私は、なんの因果か大好きな本の中に転生することができたのだから、楽しむしかないだろう!
「よし、こんな時はお菓子作りよ!手紙と一緒にアリシアにお菓子を届けてもらいましょう!」
善は急げだ、私は厨房へ突入した。
一方その頃、ハンスを伴ったルイフィリアは、ハンスにとても怒っていた。
正確には、恥ずかしいから話をするな、と言うのである。
「坊ちゃま、もうご結婚は決まりましたら、奥様にお話しされてもよいのではないですか?」
「ならん!俺は、セシリアより10も年上だ……男の威厳という奴があるんだぞ、分かるだろう、ハンス……」
「はあ、分かりますが、奥様にはご理解いただけますでしょうか?」
「うッ……結婚式の、あと、に……ちゃんと話をする」
「そうしてくださいませ。奥様は本当にいい方です。坊ちゃまが大金を惜しまない気持ちがよく分かります」
ハンスはそう言って、ゆっくりと目を閉じた。
ハンスはそもそも騎士団の1人だった。
年の頃はルイフィリアの父、前騎士団長と同じ頃合いである。
戦い抜いた若き日々、騎士団長はいい男だったから、ゆく先々の人に愛された。
まさに、人から愛されるスキルでも持っているかのように。
様々な人と時間を共にしたが、そんな彼が最後に選んだのは、どこから来たのかもわからない赤毛の娘。
それが、目の前にいるルイフィリアの母だ。
赤毛に緑の瞳は、東の国に多い。
特に東の国の魔術師や、薬師の家系に多いのだ。
もしかしたら、出自を辿ればそちらなのかもしれないが、ハンスが独自に調べても分からなかった。
そんな女を娶った前騎士団長は、その女と一緒に戦争で死んだ。
正確には、魔女を発端とした争いと、裏切り。
そこからの大きな戦争。
グラース家は家族を失った。
残されたのは、若きルイフィリアと、数の減った騎士団。
それ以来、ハンスは騎士団を【ほぼ引退】している。
人数が減ってしまった為に、副団長が決まらず、仕方なくその席を【温めている】だけなのだ。
本当はグラース家のことに専念したい。
亡き前騎士団長や、その妻、そしてルイフィリアの弟の遺品など、たくさん残されている。
(ぶっきら棒な物言いをする子だけれど、哀しみの中では身動きが取れない子だ……)
ルイフィリアが生まれた時から知っているハンスは、そう思う。
彼は家族を失った哀しみを、解消することができない。
だから【遺品を片付けない】という方法でどうにかしようとしている。
「坊ちゃま」
「もう、お前の言うことは聞かないぞ、ハンス!」
「ふふ、坊ちゃまは、坊ちゃまらしくあってください。このハンス、奥様を守るよう命を受けましたので、それに従うのみです」
「……確かに、お前がいてくれるからセシリアをこの家で自由にさせてやれる。それは、頼んだ」
「はい、承知いたしました」
「だが!余計なことは言わなくていい!その、おれ、お、俺の、こととかな!」
顔を真っ赤にさせて彼は言う。
彼にとって、セシリアという女性はとても大事な人なのだ。
それならば、その理由をちゃんと教えて結婚すればいいものを、ウォーレンス家が資金不足になっていることに目をつけて、多額の金銭と交換に、結婚を迫った。
(……交際0日は珍しくはありませんが)
さすがのハンスも驚いた。
金は幾らある、と突然言い出した若き主。
何に使うのかと問いかければ、好きな娘を娶ると言った。
愛だの恋だの、一度も口にしたことのない、女は使えなければ意味がない、と貴族のパーティーでも常に冷ややかなのに。
突然、そんなことを言った。
それが、まるで昨日のことのようだ。
(交際してからでも、遅くはなかったのではないでしょうか……坊ちゃま)
父親には似なかったな、と思うハンスであった。