結婚式の準備は着々に進んでいくのだが、私のドレスに関して、難航してしまった。
ドレスを仕立ててもらっているのだけれど、私の髪の色に、純白がなかなか似合わないのだ。
流行りのウェディングドレスの形も、似合わない。
なんでこんなに似合わないのか、と自分でも驚いてしまった。
仕立屋はさすがに黙ってしまい、私もどうしようかなぁ、と愛想笑いをするしかない。
そこへやってきたのは、ルイだった。
いつもは騎士団に行っているのだけれど、今日は私のドレスを決めるから休みにしたらしい。
「似合わんな!」
「旦那様、そ、それは、あまりにも……」
「もっとセシリアに似合うドレスを探せ。騎士団長の妻が、そんな野暮ったいドレスでどうする?田舎の娘も選ばんぞ」
ひ、酷い……!
あまりにも言い方が酷いけれど、そうなのだ。
ルイは嘘を言っていない。
そう、似合わないの!
とっても似合わないのよ、このドレスが!
「く、悔しいけれど、本当に似合ってません……!」
「自分でも分かっていたのか?」
「く、悔しいッ……!」
「いっそのこと、もっとスッキリさせてはどうだ?花やらリボンやらをつけるから、似合わんのだろう」
そうしたら、飾りが何もなくなってしまうじゃないか!
そう思いつつ、どうしようか、と困ってしまう。
アリシアだったら、可愛らしいリボンでも、フリルでも似合うんだろうな。
私は、似合わないのよ……。
あれやこれやとアクセサリーを持ってきたりするけれど、それも似合わないのだ。
ルイはつまらなさそうに、椅子に腰かけ、その長い脚を組んでいる。
「……いっそのこと、全部なくしましょう。質素が一番!」
「おい、国王がいらっしゃるのに、あまりにも貧乏臭い格好はするなよ?」
「うう、分かりました……」
私はそう言いながら、仕立屋と一緒にドレスを簡素化した。
胸元のリボンも取って、腰に緩いリボンだけ、アクセサリーもシンプルなものに。
髪型は、三つ編みに手を加えて、これくらい。
ベールは薄いレースに少しだけ花の刺繍があるもの。
「……いいんじゃないか?」
「え、そうですか?」
ルイがこちらに歩いて来る。
そして、私のベールをゆっくりと上げて、視線が合う。
う、本当に、このまま、結婚式をして、大丈夫だろうか。
は、は、恥ずかしい……。
「いいな、お前はそういうすっきりした感じがいい。まるで、宝石の原石を見つけた時のような、そんな感覚だ」
彼の長い指が、私の頬を撫でた。
顔が真っ赤になってしまったのが、よく分かる。
「よし、これにしろ。請求はハンスに言っておけ。俺は書類仕事があるから、部屋に戻るぞ」
「はい……」
恥ずかしくて、私は何も言えなかった。
ルイに褒められるのは、嫌じゃない。
でも、凄く嬉しくて。
まさか、こんなに幸せな結婚ができるなんて、思っていなかった。
「奥様、お着替えください。こちらは当日まで金糸でグラース家の紋章を刺繍いたします」
「あ、はい、お願いします!」
仕立屋はドレスに刺繍を入れてくれるのだ。
きっと、綺麗な刺繍ができるんだろうなぁ、と思うと楽しみになる。
着替えが終わった私は、妹へ手紙を書こうと思って部屋へ行った。
部屋からレターセットを握り、作業部屋へ入る。
陽だまりのこの部屋は、とても暖かくて過ごしやすい。
お義母様がここで寝ていたのもよく分かる。
妹へ、とペンを走らせた時。
「奥様、いらっしゃいますか?」
ハンスの声だ。
私はちょっと緊張して、ハンスを部屋に招いた。
「奥様、ウォーレンス家よりお手紙が届いております」
「あ、あ、ありがとう、ございます……」
手紙をもらって、ハンスの顔を見つめる。
この人が騎士団の副団長だなんて、想像もできない。
「奥様、坊ちゃまからお聞きになったのですね?」
「あ、はい、その……ハンスは騎士団の副団長なのでしょう?」
「ただの役職でございますし、名目上副団長を置いておかねばならなかったのですよ。老兵ですので、大したことはできません」
「でも……」
「戦争で、多くの騎士をなくしました。副団長を任せられる候補がまだ成長していないだけです。奥様は、今まで通りハンスをお使いくださいませ」
ニコニコしながら、ハンスはそう言ってくれた。
本当に副団長なのだろうか。
騎士団の副団長と言えば、きっと鬼のように恐ろしいのではないか、と勝手に思っていたのだ。
でも、目の前にいるのは、本当に優しい初老の人。
ルイは彼をとても信頼していて、私のことを守ってもらうために、ハンスをここに置いているのだ。
「あの、ハンス、もしも私が……」
「心配しないでください、奥様。ハンスは長生きします。奥様が危険になったとしても、死んだりしませんよ」
「で、でも……」
「老兵は、そんなに弱くありません。大丈夫です」
微笑んで、ハンスは私に言ってくれた。
こんな人だから、ルイは信頼しているのだろうか。
「あの、ハンスはお兄様のこともご存じでしたか?」
「ええ、カリブス様は私が騎士団のことを叩きこみましたので。カリブス様には剣の腕しかございませんでした」
「そ、そうだったんですね……」
剣の腕しかなかったのに、どうしてそれを活かさなかった?
なんで、商売をできると思ってしまったのだろうか、あの人は。
「ハンスもお兄様が騎士団をおやめになった理由をご存じですか?」
「はい、存じております。お恥ずかしながら、彼が現地の娘に熱を上げるのを酷く叱った覚えがございます」
「そ、そんなに……」
「カリブス様は本気のご様子でしたので、貴族の家にそのような娘は迎え入れできないであろうことは分かり切っておりました」
「ハンス……」
「貴族の家は厳しゅうございます。旦那様も、坊ちゃまも、皆様苦労してこられました」
確かに、あの兄には家の難しさなど分からないだろう。
あの人にとって、家などあってないようなもの。
妹たちのことなど、気遣ってくれたことがあっただろうか。
「坊ちゃまが奥様を見初められたのは、決して、カリブス様の妹君で会ったからではありませんよ」
「あ、その話!聞きたいです!教えてください、どうしてルイは私を選んだんですか?ずっと父からお金の為に、うちから申し上げたのかと思っていて……」
「まだ聞いておられないのですね?でしたら、そこはこのハンス、坊ちゃまの名誉にかけてお話することはできかねます」
で、き、か、ね、ま、す!?
教えてくれないのか!?
まさか、よっぽど言えない理由がある?
私は、少し悩んで恐い顔をしていたのだと思う。
ハンスはニコニコして、私に言ってくれた。
「奥様、坊ちゃまはお金の為に貴方をグラース家に迎えられたわけではありませんよ」
「じゃあ、やっぱり、魔女を退治する為にですか……?」
「それは捨てきれませんが、別の理由がございます」
「あ、あの!」
私は、気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。
それは、いつも話題に上がるあの人のこと。
「お義母様に、似ているから、でしょうか……?」
髪の色、瞳の色。
お義母様に似ているから、ルイは私を選んだんじゃなかろうか。
そんな気がしてならないのだ。
「はて、大奥様に似ているとは……」
「その、髪とか目とかですけど。ルイはお義母様によく似ている、と言うので」
言いたくないけど、マザコンなんじゃないか。
はい、その心配をしているのです。
でも、ハンスは優しく笑っている。
「確かに、御髪の色や瞳の色は似ておられます。ですが、坊ちゃまは大奥様と似ているから、奥様を選んだわけではございませんよ」
「でも」
「確かに、明るさやお美しさは似ています。優しく、慈悲深い。そうですね、あえて言うならば、大奥様のよいところを知ってる坊ちゃまは、そういう意味で大奥様と似た方を好きになられたのではないでしょうか」
その言葉に、私はとても喜びを感じた。
胸が温かくなって、やっぱり、お義母様に会いたかった、と思うのだ。