西への旅を決めた翌朝。
身支度や朝食の準備中、つい言葉少なになるシェリー達の沈黙を、インターネットのラジオニュースが紛らわせていた。
『ルコレト村、◯◯川近くに連日、大量のロボットの出現が報告されています。彼らはすばしこく凶暴で、民家を荒らし回っており、住民達は東部最大のギルド集団・白亜の暗部に討伐を要請していますが、依然として事態の収拾は見込まれていません。村ではご高齢の方や十歳未満の子供には、集団行動を義務づけるなどの対策を取っており──……』
「足の速いロボットなんて、絶対に遭遇したくない!よりによって、近くじゃない……シェリー、早く西へ出発しよう」
翡翠の声が、淡々と事実を伝えるラジオ音声を遮った。彼女に対して、モモカがどこか困った風に口を開く。
「西への旅には、膨大なエネルギーが必要なのです。それに今の移動基地は、遠出に不向きなのです。補強や修繕が先なのです」
「そうね。武器も現状、不安だし、部屋も増設したい。こうして東部は些細な事件もすぐ知れ渡るのに、西に関しては謎に包まれている。伊達に悪魔がいる、なんて言われてないのかも。準備は万全にしておきたいわ」
翡翠に代わって、シェリーは頷く。
公的機関は解体したのに、ネットニュースやテレビ番組は、毎日更新されている。お陰で、西への旅に備えたい情報収集も捗っていた。
シェリーがまず着手を決めたのは、移動基地の見直しだ。最大時速や耐久性、それに、武装機能も強化したい。
かつて先史時代の科学テクノロジーを研究していたシェリーは、この移動基地にも、特殊な鉱物を随所に取り入れていた。当時は入手ルートもあったが、今は自分の足を使うしかないようだ。
朝食の後片付けが済むと、三人は再びテーブルに集まって、空中プロジェクターをネットニュースから検索画面に切り替えた。採掘現場を、現在位置から近い順に出していく。すると、どこも道のりが険しかったり、曰く付きだったりした。
「ここから一番近いのが、ルコルト村の◯◯川を越えた森林ね。なるほど、野犬が出るから、危険を冒してまで採りに行く人達がいなかったのね」
「さっきのニュースで出ていたところじゃない。ハイリスクだね」
「じゃあ、こっちは?少し足を延ばすけれど、この吊り橋と崖さえ突破すれば」
「遭難するよ!」
翡翠の意見は、もっともだ。
だが、準備を妥協して強大な敵に遭遇した場合のリスクを想定すれば、採掘は避けて通りたくない。
「戦闘の専門家って、採掘も引き受けてくれるかしら」
「それって、ロボットを討伐しているギルドのこと?」
シェリーは頷く。
この千年、世界に何が起きてきたか、暇があれば調べている。自分や翡翠のように武器を扱える人間はともかく、人口減少が深刻とは言え、数値としてまだ救いもあるのは、戦力を売り物にしている団体が各地にいるからだと分かった。
「ギルドなんてゲームの話だけと思っていたのに、合理的だわ。ちなみにここから一番近いのが、東部最大のギルド集団・白亜の暗部」
「結局、ルコレト村ね。……分かった。悪魔と戦う練習だと思って、覚悟を決めるよ」
かくて夕方、シェリー達は行動に出た。
目当てのギルドは、現在、彼らが個人運営しているホームページからの依頼受付を停止している。例の凶悪なロボットに手を焼いているようで、加えて、その件に関する問い合わせや催促に、対応が追いつかないらしかった。
「そんな彼らの行きつけが、村にある古い酒場。定期的によその団体も来て、情報交換の場として機能もしている。白亜の暗部に断られても、別のギルドに当たりましょう」
「雰囲気も隠れ家って感じで、オシャレだね。お料理も美味しそう」
「ジュースは一杯ね。お金、昼に砂糖を売ってきた分だけだから」
「はぁーい……」
シェリーは、操縦室に場所を移した。運転専用の人工知能に、オートでの移動を指示すると、タイヤがゆっくり動き出した。
* * * * * * *
ルコレト村への道のりは、瞬く間だった。
窓の景色を楽しむ余裕も、くつろげるくらいの暇もなかった。
外に降りると、複数の村人達が、半円になって待ち構えていた。彼らの手は、斧やのこぎりを握っている。
「どこから来た!」
「お嬢さん達、いい身なりなこった」
「ここはよそ者をもてなす余裕はないよ。大金を払うなら、別だがね」
「手始めに、お前達の出てきた移動装置を見せてもらおうか。食料でも金品でもいい、持っていないとは言わせないよ!」
シェリーは、にじり寄ってくる村人達から後退した。相手は人間だ。斧やのこぎりは武器としては弱く、いつも通り応戦すれば、大事故になる。
村人達に共通して言えるのは、不健康そうな体つきだ。顔色は悪く、何日も洗っていないような肌の色だ。洋服もつぎはぎだらけである。
「金を出せ!お前らの身ぐるみ剥ぐぞ!!」
先頭にいた男が斧を振り上げた。白髪頭が紛い物ではないかと疑うほど勇ましく、その男が突進してくる。
「っ……!撃たないけどっ!近付いたらこれで殴る!」
翡翠が男に銃口を向けた。撃たない、と明言した彼女を小馬鹿にした顔つきで、村人達が男に続く。
「翡翠!」
シェリーは翡翠を後方に行かせて、男の懐に入り込む。彼の脛に蹴りを入れて、斧の柄を掴む。
「このっ!」
「タァアッ!!」
肘を胸板に繰り出すと、ふらついた男の握力がゆるんだ。その隙に、シェリーは彼から斧を奪う。その刃先を村人達に向けた。
その時、大男が現れた。
がたいが大きく見えたのは、それだけ村人達が貧相だからか。少なくとも彼らに比べれば異質なくらい体格のいいその大男が近付くと、村人達が威勢をなくした。
「何の騒ぎだ?」
「凛九さん!」
「おお、白亜の暗部の棟梁だ!」
シェリー達は、一斉に大男を見た。
鍛錬した筋肉を付けて、徹底的な自己管理が想像つく彼の肉体は、戦うためにストイックに生きてきたのが見て分かる。
村人達が凛九と呼ぶ彼こそ、シェリー達の探していたギルド集団のリーダーだ。