二日目も収穫はなかった。
シェリー達の最大の懸念は、本命の注射剤がどんな状態で見付かるかだ。何せ度々、割れた注射器が出てくる。つまり例の注射剤も、衝撃に耐えられているか分からないのだ。
それから、シェリーにいつ症状が出るかだ。翡翠が立ちくらみするのと、シェリーが貧血を覚えた時とでは、ショウ達の焦りようが違う。
日も暮れかけた頃、一同は、今夜も移動基地の食卓に集まった。
「姉御と翡翠さんは、いつからつるんでるんだ?」
話題は、ショウの唐突な疑問から始まった。シェリー達は、ざっと今日までの経緯を彼らに話した。ただし冷凍睡眠やらの件は省く。いくら彼らでも、話が千年単位になれば、頭を混乱させるだろう。
「もっと長い付き合いかと思ってたぜ。そんなに仲良くなれるモン?」
シェリー達の付き合いが二週間にも満ちていないのだと知るや、ショウ達が目をまるくした。
無理もない。シェリー自身、感覚だけなら、翡翠とはもっと前から一緒にいたように感じる。
パンをちぎっては口に運んでいた翡翠が、ごくんと喉を鳴らして、口を開いた。
「私には兄弟とかいなかったから、シェリーといると、お姉ちゃんが出来たみたいで……。そういうの抜きにしても、同性の友達も最近は疎遠で、一緒にいて楽しいんだ。料理や掃除も教えてくれて」
「翡翠は危なっかしかったもんね。でも流行りやテレビの話は、断然、彼女が詳しいわ」
「オレも質問、いいですか?」
今度はレンツォが挙手した。
もし盗賊を続けていれば、どこかで挫折していたのではないかと想像するくらいには、その職種に結びつきにくい見た目の彼が、カップを置いた。
「注射剤が見付かったあと、お二人はどうするんです?さっき、翡翠さんはこの件の協力者だって言いましたよね?姉さんは、回復すれば、現場復帰されるんですか?」
「そうね。翡翠はこのために私を放っておけなかったところがあるから、ご家族の元に帰るべきかも。私は……どうしようかな」
改めて考えると、本当に、シェリーはこの先の自分に関する想像がつかない。自分は、こうも空っぽな人間だっただろうか。
軽いショックに至りかけたシェリーの隣で、翡翠も何か思いつめた顔をしていた。
* * * * * * *
夕食後、一同はまた瓦礫に降りた。
病院跡地は、比較的狭範囲だ。こうも熱心に探して進歩がないということは、考えているより深く掘る必要も出てきそうだ。幸い、雨の予報はない。もし天気が崩れれば、それこそどこかに流れていくかも知れず、モモカが仮説を出している、資源を好物とする生命体でも通りかかれば、ひとたまりもない。
「何でよ……こんなに頑張ってるんだから、見付けさせてよ……神様は意地悪だよぉ……」
「…──っ、はぁ、……」
シャベルを使って砂塵を掘って、建設資材をどけていく。ごく単純な探索作業は、本来、ここまで消耗しないはずだ。疲れる原因は分かっている。気が休まらないのだ。見るからに鍛錬したショウでさえ、時々、酷くをかいている。
「シェリー……休むのです。中へ入って、モモカがハーブティーを淹れるのです」
「私より、ショウ達の方が……」
シェリーは、自分達以上に手指を荒らしている青年達に目を向ける。彼らは、きびきびと探索に専念することで、睡魔や空腹をまぎらわせているように見える。かつてシェリーの助手だった研究員達も、そうした虚勢をよく張っていた。
「シェリーは病人の自覚が足りないのです」
「仕事を丸投げするなんて、その方が気が気でなくなって、身体に障るわ」
突然、強烈な光が夜闇を消した。電灯とは、桁違いの眩しさだ。
タイヤの地面を滑る音が大きくなっていく。
「姉御、翡翠さん、モモカ!すぐに中に隠れてくれ!!」
シェリー達は固まったように手を止めた。恐れてきたことが起きたのだ。
* * * * * * *
来訪者は、ショウ達を送り込んだ盗賊達だ。子分らの帰還が遅いのを訝しんで、様子を見に来たようだった。
一同は移動基地へ避難して、双眼鏡で瓦礫の現場を見ることにした。複数の青年達が車を降りて、辺りを行ったり来たりしている。あったはずの廃屋がない。その事実を、彼らは最も疑問視していた。そして、ある地点に足を止めた。
「これは、あいつらの……」
双眼鏡のレンズの向こうに、シェリーは昨日壊したロボットの部品らしきものを確認した。メカニズム専門のメンバーに習って、ショウ達が初めて作ったそれは、彼らの渾身の傑作だった。
「取り壊しか?いや、築数百年で、ボロ屋だったと聞く……クソ、運が悪かったか」
「ショウとレンツォは、同業のやつらとバッティングして、相討ちにでもなったのでは?やっぱり、オレらが付くべきだったんだ。新米同士で、この仕事は荷が重かった」
「通信も繋がらないと思ったら、この様だ……。だがな、もし、もしだぞ。あいつが昔の夢でも思い出して、逃げたんだとする。ボスに見付かれば命はない。意図せずとも、見逃したオレらもな」
「じゃあ……」
「ああ。探そう。遺体になっていたら弔う。だが生きていれば、説得して連れ戻す」
「…………」
盗賊達が車内に戻った。そして、おそらくショウ達を探すために、次の心当たりのある場所へ向かった。
双眼鏡を下ろしたシェリーの近くで、ショウ達が荷物をまとめ始めた。
「ここにいたら、迷惑をかける。姉御の弟子になりたかったし、最後まで協力したかった。でも、危険に巻き込むわけにはいかねぇ」
「姉さん、また会ったら、今度こそ勉強教えて下さい。お元気で!」
腹を決めた二人の行動は、早かった。彼らは中部を目指すと言った。
「中部はいいところだったわ。落ち着いたら、連絡をくれる?」
「もっちろん。翡翠さん、通信機に電信するぜ、姉御に繋いでくれな?」
「うん。次は、モモカちゃんみたいに可愛い子を連れてきてね」
「モモカみてぇな有能なヤツを作れるように、腕を磨くぜ!」
シェリーは、二人にオートバイを準備した。千年前に3Dプリンターを製造した際、取り込んだデータが残っていたのだ。性能は大昔のままで、彼らの旅を補助しきれないかも知れない。そのことを伝えた上で、束の間の別れを惜しむ彼らを送り出した。
* * * * * * *
夜が明けて、まだ翡翠も起き出していない時間に目覚めたシェリーは、瓦礫に降りた。
爽やかな朝の日差しが世界をやんわり包んでいる。夏特有の蒸し暑さにさえどこか心地良さを覚えながら、昨夜、盗賊達が動き回っていた辺りへ向かった。
間違いなければ、盗賊達は、ショウ達のロボットの部品を見付けていた。もし修復可能なら、いつか彼らと再会した時、直して返そう。そうしたことを、シェリーは二人を送り出したあと、ふと思い立ったのだ。
「シェリー?」
見覚えのある破片を拾い集めていると、後方から、少女の声が降りかかってきた。
顔を上げると、翡翠の眠たげな目がシェリーを見下ろしていた。
「おはよう。心配かけてしまったかしら。……これでも、気にしているの。使い方に問題はあったにしても、きっと彼らには思い出のロボットだから」
「本当だよ。曲がりなりにもドクターを目指しているなら、あんな悪用、ダメ。科学は人を助けるためのものだって、シェリー、前に話していたよね。直してあげるなら、物騒な機能、全部外しちゃおう」
「もちろん。二人とも寝起きは良くない方みたいだったし、目覚まし機能に力を入れるわ」
「爆音で何度も叩き起こしてくれるロボットに改造したら、ショウもレンツォも喜ぶかも!……──って、え、んん?!」
「どうしたの?翡翠……」
翡翠がある一点に飛びついた。
ロボットの破片の下敷きになっている、大きな木材。唐突に彼女はそれを持ち上げようと力むが、身長の三分の二はあるその板は、彼女一人では動かしきれない。シェリーは、彼女を手伝う。二人がかりだとすぐに動いた。
その時、信じられないものが目に飛び込んできた。
「品番、九、九、一、零、三──…」
注射剤だ。
ケースこそ破損していたが、その破片が翡翠の目を引いた。今日まで何度も見返してきた品番と、今まさにシェリー達の足元に現れたそれは、一致している。
探し求めてきた注射剤だ。
「翡翠……」
「間違いないよ!本物だよ!」
翡翠がシェリーに抱きついた。涙目だ。悲しくても怖くても、嬉しくても泣く彼女。
「治ったら何する?!どこ行くーーっ??」
はしゃぐ彼女の声が、シェリーの耳をくすぐってくる。腕から彼女の高揚が伝わる。僅かな夾雑物も垣間見えない喜びという感情が、シェリーの胸まで熱くする。
千年もの時を超えて、こんなにも自分の生きることを望んでくれる相手に出逢えた。両親はいない。それでも、彼らとシェリーを繋いでいた愛情が、一瞬、彼女の中に見えた気がする。彼らとの別れは未だ受け入れきれていないが、それでもシェリーが正気を保てているのは、間違いなく彼女の存在が大きい。
注射剤が見付かれば、翡翠が移動基地にとどまる理由はなくなる。これまでのように四六時中一緒にいて当たり前の日々は、変わるだろう。
それからのことは、今まだ考えるのは早い。
時間は、たくさんあるのだから。