翌朝も、カケルは仕事に出かけていった。それから五分ほど過ぎた頃、相変わらず一席空いたテーブルに、弁当袋が置かれっぱなしになっていた。
「カケルさん、忘れていったのね」
「私、追いかけて届けてくる」
「僕も行く!」
「私も!」
慌ただしく外履きに替えた翡翠達が、玄関扉の向こうへ消えた。
急にしんとした家の中。
シェリーは食洗機の電源を切って、使用済みのタオルや衣類を抱えて庭へ出る。
洗濯機の蓋を開けた時、穏やかな朝の日差しの中に、鋳鉄色の侵入者を見た。
* * * * * * *
畑に出現したロボット達は、計五体。東部で遭遇したより数は少ないが、場所が悪い。
シェリーは移動基地へ急いだ。
武器を探すが、どれも威力が強すぎて、農作物まで傷めてしまう恐れがある。
3Dプリンターに繋いでいるコンピューターを起動して、作業を始める片手間に、窓を覗く。
五体のロボットは、頭部からドリルのような触覚を出して、地面にねじ入れていた。太く長い触覚が、土に埋まっていく。
「やめろっ!やめてくれー!!」
カケルの悲痛な絶叫、それに子供達の泣く声が、シェリー達のところにまで聞こえる。
翡翠の銃弾を複製した時のデータを探しながら、シェリーはモモカに呼びかけた。
「ドローンで電気バリアを張って」
「エネルギーが足りないのです。この前の武装機能の起動で、空っぽ寸前なのです。ドローンに使えば、武器が動かせなくなるのです」
「つまり、このコピーに賭けるしかないのね。状況は?」
「ロボット達が、農作物を食い荒らしているのです。モモカ達テクノロジーの産物は、食事が出来ないですから、狙いはおそらく養分なのです。カケルさんが護身用の銃で撃退を試みているのですが、この前のやつらと同じで、相手は強度の素材です」
データの書き換え、設計、出力──…と、シェリーは作業を進めていく。
カケルが銃を投げ出して、膝をついていた。彼の拳が土を殴る。
「くっ……」
唇を噛む翡翠。殺意のこもった彼女の目が、ロボット達を睨んでいる。
ウィーーーーー……ガタガタガタガタ。…………
シェリーは、3Dプリンターの進捗メーターを見る。複製完了まで、あと少しだ。
「助けたいのに……許せないのに……カケルくんから畑を取らないで……来斗くんと繭ちゃんのもの、奪うなぁアアア!!!」
翡翠が五体のロボットに発砲した。
むやみな刺激が命取りになるのは想像つくのに、頭に血が上っているのだ。
逆上したロボットが、翡翠達に狙いの矛先を向けた。
「わーん!来るよー!」
「翡翠っ!!ダメっっ!!」
シェリーは窓から身を乗り出す。
気持ちは分かる。だが、彼女の銃では無謀だ。
その時、3Dプリンターが作業完了を知らせてきた。
* * * * * * *
「翡翠、受け取って!」
移動基地を飛び出して、シェリーは翡翠に銃を投げた。
彼女が愛用しているのとそっくりな銃が、無事、本人の手に渡った。
「無理だよ!通じない!」
「いいから、撃って!」
翡翠は半信半疑の顔だ。何故、銃がコピーされているのか。そこまで考えている余裕はないのだろう彼女に、ロボット達が襲いかかる。
バンバンバンバンッ!パァアアアアン!!
涙目になっても見事な命中率でロボット達を迎え撃った翡翠の銃弾は、鉄の身体を撃ち抜いた。
シェリーは四人に駆け寄って、携帯式の電気バリアを展開する。
その瞬間、ロボットに埋没した銃弾が爆発した。煙が晴れると、そこには鉄のガラクラだけが残った。
「何……が……」
翡翠の驚嘆に被せるようにして、繭が興奮気味に声を上げた。
「お姉ちゃん、キメ色ヒーローズのユカリみたい!」
「翡翠お姉ちゃん、カッコイイ!冒険王みたいだぜ!」
子供達の憧憬が、翡翠に集まる。
ただし、本人は理解が追いつかないと言わんばかりの顔だ。
「前にモモカが、あなたの銃弾を補充したでしょう。あの時のデータが3Dプリンターに残っていて、銃ごと複製したの。ほんの少し手を加えて」
「銃弾もダイヤモンド並みに硬くしたです。そして、対象に命中すると爆発するよう、シェリーが作り替えたのです」
翡翠は、二つの銃をまじまじ見ていた。
「有り難う……」
シェリーに顔を向けた彼女の目は、生気がみなぎっていた。
「有り難う、シェリー!誰かを守れるのって、こんなに満たされるんだね。大切なものを奪うやつらに悔しさをぶつけることが出来るって、こんなに晴れやかな気持ちになるんだね。でも……」
「畑は、また作り直すよ。翡翠。シェリーさん」
カケルが来斗達の頭を撫でて、シェリー達に進み寄ってきた。
「命があれば、どうとでもなる。諦めってのは、オレの辞書にないからな。それに、こんな時代でも子供達にちゃんとしたものを食べさせろって。彼女との約束だったから」
強い決意を示すカケル。
命があれば、どうとでもなる。
自分も、いつかそんな風に考えられるのか。やり直せるのか。
シェリーが思いを巡らせていると、心なしか気落ちした来斗が視界に触れた。
「来斗くん、どうかした?」
「ママは……」
彼に目線を合わせたシェリーの膝を掴んで、来斗が悲痛に顔を歪めた。
「ママも、お姉ちゃん達みたいに、困っている人達を助けてるの!?」
「来斗くん……」
「お姉ちゃん達、おうちに帰らないの?ママも帰ってこないよ。ママは、繭お姉ちゃんやパパ、僕より、困っている人達が大事なの?!」
ぐずり出した弟を、繭が見つめていた。彼女の顔に、やりきれなさが影を落としている。
「来斗くん。お母さんは、あなたのことが大好──…」
あどけない手を包んだ時、視界が揺らいだ。
真夏でもないのにのぼせたように身体が思い通りにならなくなるこの感覚は、千年前にもシェリーを襲った。
「シェリー!!」
翡翠の悲鳴に追われながら、シェリーの意識が深い闇へ落ちていく。