約束を守れなかったこと、私は本当はフェリシアさんに会う資格なんて無かったのかもしれない。
「3年前の約束、私守れませんでした」
でも彼女が認めてくれた以上、私はハッキリ謝らなければならなかった。
「だから、ごめんなさいって────」
「へ、約束? ナニソレ……?」
「ヴぇっ」
とぼけていると言うより全く覚えていないと言う感じのフェリシアさん。
私が会うのを避けたかった理由のひとつは、これ。やっぱりあのときの言葉は、覚えてはいなかったようだ。
「憎しみや悦楽で人を殺めることは、なるべくするな。そうなってしまえば、人は人に戻れなくなる、と」
「あー言った言った。確かに君に
「それ、フェリシアさんよく言う事、だよ……」
そうか別にあの言葉は、フェリシアさんが普段から後輩の軍人たちに教えていることだったから、特に印象に残ってなかったのか。
「最後────いいえ、ずっと。私はバルザム教官を憎んでいました。
戦争を憎んでそれを、どうにかしようと言う姿勢は、正直……正直、尊敬に値するとは思います。
けれど最後聖槍を放ったとき、思ってしまったんです」
2年間彼を監視している間、そんな事を深く考える余裕なんてなかった。
もしかしたら、考えないようにしていたのかもしれない。
けれどバルザム教官が光に焼かれるのを見て、私はその時ようやく、自覚したのだ。
「やっと、ヴェルド教官の仇がとれた、と」
正直一瞬、スッキリした。
国を守らなければいけない責任や、多くの人の命は私の肩に余りすぎてほとんど自覚することも出来なかったけれど。
かつての師を殺した相手の仇をとったのだと言う爽快感だけは、なぜか私の身体に残ってしまったのだった。
そして私の、ともすれば一人語りのような言葉を、フェリシアさんもスピカちゃんも黙って聞いてくれていた。
「と、言う話なんですけど……」
「別に、約束した訳でも、強制したわけでも、ないんだがな。君はそれを、覚えていたわけだ」
「はい」
はぁ、とフェリシアさんは頭を掻きながら、ため息をつく。
なんだろう、やっぱりマズいことでもしてしまっただろうか────
「君たちには言ってないことがあったな、と言うか部下だった者達にも、あまり言ってないがな」
「フェリシアさんの、ひみつ……?」
「あぁ、あの言葉を私はよく口にしていたけれど。それは自分に、言い聞かせる意味も、あったんだ」
彼女は呟くように言葉を搾り出しながら、手元のマグカップを回した。
「もちろん私だって、人間だ。仲間の仇を目の前にすれば血は沸き立つし、倒してやったという優越感だって持ったことはある。
そして、段々それが当たり前になっていく自分も、確かにいるのだ」
それはきっと、私達よりも何十倍も死線を潜り抜けてきた彼女だからこその、想像も絶する程の実感がこもっていた。
「けれど、それはいつか巡り巡って、必ず自分を壊して行くんだ。
私の赤ちゃんに、その怨念が行かないとも限らない」
確かに戦争の中では仇が憎い故に、その家族が被害に合うという事件も聞く。
本人ではなく大切な人であるからこそ、狙う意味もあるのが人間だ。
「思えばその事に気付いたのは、随分と隊に慣れてからだったな。
だから自分に言い聞かせるためにも、部下達にそうならないでもらうためにも、私はあの言葉を伝えていたんだ」
夜は既に更けており、音と言えば私達の呼吸くらいしかこの部屋には響いていなかった。
そうか、フェリシアさん自身も、悩んだ末にあの言葉を言っていたのか。
「エリアル・テイラー。君はさっき、彼を尊敬していると言ったな」
「ええ……」
本当はマズい事だというのは分かっている。
国王暗殺未遂まで行った、国の裏切り者だ。
例え最高司令官の立場でも、あまり誉められたものではないだろう。
「いま心の中にあるのは、復讐を成し遂げられた達成感だけか?
バルザムを倒す権利が自分にはあったのだと、胸を張って言えるか?」
「いいえ…………」
迷わないと決めたのは、後悔しないってことじゃない。
最後彼を手にかけるという選択肢を選ばざるを得なかった。
けれどその前から、他の方法なら幾千もあったハズだ。
それだけに精一杯やってこうなってしまった自分が、不甲斐ない────
「なら大丈夫だ。君がその言葉を思ってくれている限り、君は人に戻れなくなったりなんかしない」
「……………………はい」
そうまっすぐ言われて、私は返す言葉もなかった。
「それに娘がこうやって無事に産まれたのは、あの日君がこの街を守ってくれたからだ」
「それはそう……!」
黙って聞いていたスピカちゃんが、ぴょんと跳ねるように頭を上げた。
「出産の前、君の戦いをプロマで見ていたよ。正直気が気じゃなかったけれど」
「す、すみません……ご迷惑お掛けしました……」
「けれど、確かに勇気付けられたんだ。自分も頑張ろうと思えた」
フェリシアさんが、今度は私の両手を握ってくれた。
その手は強く、けれど痛くはない。
「もう一度ありがとう、エリアル・テイラー。私達の街を、娘の未来を守ってくれて」
※ ※ ※ ※ ※
フェリシアさんへの挨拶もすませ、私達はお城へと戻ってきた。
「じゃあスピカ、寝るから……」
「まってスピカちゃん、あの」
今度は私が、去る彼女を呼び止めた。
「さっきは駄々こねて、すみませんでした。連れ出して、くれてありがとう」
「行って良かった、でしょ……?」
「えぇ。はい」
行って良かった。自分本意かもしれないけれど、多分今日の晩、行くか行かないかで、私の人生は大きく変わっていた気がする。
それくらい、フェリシアさんとの会話は私の中で大切なものとなった。
「でもあれだけは、今からでも何とかなりませんかね」
「まだ言ってるの……」
結局フェリシアさんは、子供の名前を「エリアル」にすることにしたと言い始めた。
以前案を聞かれて別の名前を提案したのに、ホントに娘の名前をエリアルにするとか、正直重すぎる。
「その日に産まれた赤ちゃんなら、いいんじゃない。それで……」
いや言いたいことは分かるのだけれど、それが実際自分となると納得できない。
名前は一生ついて回るものなのだから、もっと偉大な人にあやかるもんなんじゃないのか。
「わ、私そこまでヒトの人生背負えないんですけど……! ましてやフェリシアさんの子供の!」
「知らない。寝るから……」
「ちょっとスピカぢゃーん!」
やはりこの末っ子、所々で白状だ────