月が一段と綺麗な夜だ。
いつの間にか部屋に帰ってきていたきーさんを叩き起こして、私は“聖霊天衣”で飛び立った。
いつの間にかお城の綺麗なメイドさんたちに、いっぱい高級な夕飯をもらって、ぐっすりだったところを起こしたので機嫌が悪い。
でもめちゃくちゃ頭を下げたら、渋々協力してくれた。
目指すはフェリシアさんが入院している、エクレア中央病院。
そしてスピカちゃんも、プロペラで私に付いてきてくれていた。
「表からは病院、入れないからね……」
「ごめんなさい私のせいで」
「ううん、いいの……」
例え夜でも病院の表から入ってしまえば、誰かに見つかってしまう危険がある。
それで騒ぎになったらお城に避難した意味がないので、こうして空からこっそり侵入する次第だ。
そう言えば街の空を飛ぶのは初めてだけれど、夜だと街は思いの外暗かった。
地上での灯りと言えば街灯かお城、そして今から向かう病院くらいのものだ。
「……………………」
「どうしたの、エリーさん……?」
「いや、ホントに私が行っていいのかなって」
さっきは勢いで行くとか言ってしまったけれど、よくよく考えたらフェリシアさんと私って、全然接点がないのだ。
スピカちゃんなら元教え子だから分かるけれど、私がこんな夜中に押し掛けるのは、常識外れにも程がある気がしてきた。
聞いたところによると産まれたのは私が闘っていた日みたいだし、きっと数日経ってマタニティブルーズとか子育てのプレッシャーとかで辛いハズだ。
そんな中騒ぎの元である私が来て、嬉しいハズがないのだ。
「やっぱり私、行くの止めます……」
「はぁ!?」
「じゃあ先帰ってますんで」
飛び去ろうとすると、スピカちゃんに腕を捕まれた。
今までこんなに強くされたこと無いくらい痛い。
「エリーさん今更なに言ってるの……!」
「だって今夜中ですし、私が行っても何も出来ないですし……」
「ララさんがフェリシアさんに、行ってもいいかの確認はしてくれてるから……!」
「その状況で普通断れませんて」
何だか逆に気を遣わせてしまって申し訳ない。
そもそもお祝い金も贈り物も挨拶の言葉も無いのに、今行くのがはばかられる。
そうそう、今日は止めておいてほとぼりが覚めた頃、後日にでも行けたらお互い幸せだろう。
「もーーーーーっ!」
「えっなに、ヤダ……」
スルスルと桃色の髪が伸びてきて、私を羽交い締めにする。
頑張って抜け出そうとしたけれど、絡み付いて全然動けない。
「このまま連行する……!」
「ヒッ」
※ ※ ※ ※ ※
「意気地無し……」
「ヴぅぅぅぅーー!」
無理矢理病院のベランダに連れてこられて、私はしかめっ面だった。
カーテンは閉めてあるけれど、この窓の向こうにフェリシアさんが泊まっている。
でもこんな状態でフェリシアさんに会えるハズもないし。帰ろ帰ろ。
「エリーさんが、フェリシアさんに会いたくないとか、嫌いとかなら無理強いしないけど……」
「そ、そんなことはないですっ」
「だよね、知ってた。じゃあいいじゃん……」
いいのかなぁ、ホントにいいのかなぁ────
私はここに来て尚、ウジウジとベランダでうずくまっていた。
「エリーさん、もしかして怖いの?」
「いやまぁ、フェリシアさんは普通に怖いですけど」
ああいうタイプ、グイグイ来るから苦手なんだよなぁ。
私みたいな人間は性格上一番苦手とするところだ。
「あ、いやごめん、そーじゃなくて。拒絶されるのが、怖いの……?」
「────あっ」
その言葉がしっくり来て、私はなにも言えずに黙るしかなかった。
そうだ、私はフェリシアさんに拒絶されるのが怖いのだ。
正直彼女と私の間に、ほとんど接点はない。
隊も違ったし、共に任務に出たのも試験の時一度きりだ。
ずっと気にかけてくれたことは知っているけれど、それは教官を務めていて几帳面なフェリシアさんにとっては、誰にでも同じようにしていたことだろう。
けれど3年前のあの日、事情聴取された時。
フェリシアさんが気を利かせてくれたこと、いつでも頼っていいと言ってくれたこと、そしてあの言葉。
身に余る重荷を背負わされて辛い時、それでも我慢できたのは、あの人がいたからだ。
最高司令官の言葉に頷かず心だけは止まれたのは、あの人の言葉があったからだ。
私の中でフェリシアさんと言う存在が、大きくなりすぎている。
私は結局、あの人の言いつけを守れなかった。
だから今日会って、認められないのが、とても怖い。
「怖い、です。恩人なんです、フェリシアさんは。だからっ……」
「くだらな……」
スピカちゃんは呆れたようにそう言って、ガラス窓をノックした。
突然の行動に止める間もなく、気付いたときには遅かった。
「ちょ、今の話聞いてま、し────」
カーテンをわずかに開けて、フェリシアさんが外を覗いていた。
とても冷ややかな目でこっちを見ている。
「あ、う…………」
一番怖かったことが起きていた。
このまま逃げようと一瞬思ったけれど、身体が強ばって動かない。
そのまま彼女は、表情を変えず窓を開ける。
「うるさい、夜中だぞ。産婦人科のベランダで大声で騒ぐな」
「ご、ごめんなさい……」
「スピカ、よく来たな」
フェリシアさんはスピカちゃんの頭を軽く撫でると、そのまま私の目の前に歩いてきた。
「あ、あのえっと……来てごめんなさい……」
「私がお前を拒絶するわけ無いだろ」
そう言って、私はフェリシアさんに抱きしめられた。
その温もりを感じて、私の身体がさらに動かなくなる。
でもこれは、この強ばりは、そういうのじゃなくて────
「よくやったエリアル・テイラー。それと、来てくれてありがとう。
私からこんな言い方は変だけれど、私はお前を誇りに思うよ」
その瞬間、私が内に貯めていた感情が、一気に溢れ出るのが分かった。
※ ※ ※ ※ ※
「うるさくして、ごめんなさいフェリシアさん」
「ごめんなさい……」
部屋に入れてもらって私が泣き止んでから、フェリシアさんにうるさくしたことを2人で謝った。
そりゃあ、あんな大声でギャーギャー外で叫んでいたら、白い目のひとつも向けたくなる。
「いや、分かってくれればいいんだ。隣部屋には多少迷惑だったかもしれないが、娘は今預かってもらっているから」
「あ、ご出産おめでとうございます」
「ありがとう」
そうだった、それ言いに来たんだった。
自分の事しか考えてなかった自分が恥ずかしい。
「娘さんは元気ですか?」
「あー、今は元気だ。産まれてすぐは大変だったけどな」
「フェリシアさん、何かあったの……?」
今は元気、という言葉に、スピカちゃんもやはり引っ掛かったようだ。
「解魔病、だったんだ」
「えっ、それって……」
確か赤ちゃんがかかる、死にも繋がる病気だ。
「あ、だーいじょうぶ大丈夫! 両親の魔力があれば重篤になることはないからな!
今は完治して健やかな新生児だよ」
「よかったー……」
一瞬ヒヤッとしたけれど、問題はないみたいだ。
私、その辺は全然詳しくないのだけど、今度一応調べておこう。
「でもこうして出鼻をくじかれてしまったからな。正直子育てが不安で仕方なかったから、こうしてお前たちの顔を見れて安心したぞ!」
「そう、ですか……」
確かにスピカちゃんの言う通り、私が来てもよかったのかもしれない。
隣に座る彼女も、ふふんと少し得意気だった。
だけれどフェリシアさんに会ってしまった以上、私は、謝らなければいけないことがあった。
「フェリシアさん。その、さっきベランダでも話してたことなんですけど……」
「ん?」
「3年前の約束、私守れませんでした────」
きっとこれは、私が一生後悔することだ。