クレアやセルマが帰った後部屋でゴロゴロしていると、再び部屋がノックされる。
「何ですか?」
「失礼します」
入ってきたのは、軍の幹部の一人であるララさんだった。
「────っ!?」
「何でしょう、怨霊でも見たような顔をして」
「いや、そうだった。ごめんなさい」
魔女・ルールにアリーナで灰にされた衝撃が強すぎて一瞬ビビッてしまったけれど、ララさんは能力で8人いて、全員が同時に死なない限りは生命に影響がないと前に聞いていた。
もちろん覚えてはいたことだけれど、急に出てこられると心臓に悪い。
「それだけ元気なら、体調は問題ないでしょう。魔力も良好のようです。
少し服を脱いで、背中を向けていてだけますか?」
言われるままに背を向けると、彼女は私の背中から、何やらテープらしき物を剥がした。
いままでそんなもの張ってあるなんて気付かなかった。
「それは?」
「水分補給用のパッチです。貼っておくだけでその人の魔力から体内に水を生成し、水分補給が出来ます」
「へぇ、便利なものがあるんですね」
私の身体に点滴とかが繋がっていなかったのはそう言うことか。
「栄養補給や排泄管理はあるにしろ、身体の損傷はほぼなく水分補給さえ出来ればここに常駐する
貴女に会いに来た客人たちで、病院を囲まれても困るので」
「あー、そういえばお城専属のララさんも一人いるんでしたね。お手を煩わせてしまいすみません……」
確か聖槍を運んだ時、迎えに来てくれたララさんの一人だ。
「まぁここでのララの仕事は少なめなので、いいでしょう。はい、あーん」
「んあっ」
ララさんは私の口の中までグイグイと観察する。
正直何だかこそばゆかったけれど、本人の眼がそんな感じではないので、我慢せざるを得ない。
「は、
「失礼しました、やはり口腔内にも傷は残っていないようです」
「あー」
そういえばバルザム教官に蹴られたとき、私の歯が2本折れたのを思い出す。
中々ハードな体験だったけれど、今その歯は、きれいさっぱり残っていた。
「ララさんがくっつけてくれたんですか?」
「いいえ、私はなにも。貴女が蘇生したとき、一緒に戻ったようです」
「え?」
私は思わず、頬に手を当てて奥歯を確認してしまった。
「えぇ、死者の蘇生とは信じがたい事です。見るに、心臓マッサージや仮死状態からの蘇生とも、違うようでした」
「あの、実は────」
私は心臓を刺された直後に見た例の光景、ペンで私の心臓を刺した謎の腕について、ララさんに説明した。
「なるほど。にわかには信じがたいですが、死者が死の間際に見る、よくある脳の錯覚等では、なさそうですね。
そのペンから流れてきた魔力と言うのは、やはり自分自身の魔力で間違いないのでしょうか?」
「間違いない、と思います。私由来のものだと思います」
「つまり保持している3年の間に、例のペンはあなたの魔力を少しずつ蓄積していた、と」
その魔力が私を蘇生させたのなら、辻褄が合う。
要は例のペンは、所持者の死に反応して魔力を返還する、積み立て装置だったのだ。
「あ、いいえ。エリーさんそれは違います。
魔力とは確かに生命エネルギーですが、それだけで人間は生きることはできません。
光がいくらあっても火にはならないように、光源の火である命そのものがなければ、魔力という光はいくらあっても無意味なのです」
「えっ、じゃあ私は、魔力で蘇生したと言うことではないんですか?」
「それが出来れば、既に誰もが同じような装置を持っているでしょう」
確かにそれもそうか、持ってさえいれば生き返る魔道具なんてあれば、それこそバルザム教官が反旗を翻した意味なんてないのだ。
「じゃあ
「さぁ、ハーパー最高司令もそれは分からないと。
ララが考えるにその『腕』は、エリーさんの魔力をエネルギーに【人を蘇生する能力】そのものを使ったのではないかと」
「そ、そんな能力があり得るんですか!?」
人の蘇生をする能力なんて、素晴らしいような恐ろしいような。
取り敢えず、世界を崩壊させかねないものだと言うことは私にも分かる。
「それしか考えられません。エリーさんの折れた歯まで再生しているのが、その証拠かと。そうだ、これをお返ししますね」
「あ、私の折れた歯……」
「回復魔法でも折れた歯を引っ付けることは可能ですが、そのまま再生は出来ません」
少し手鏡で見てみたが、どうやらアリーナで折られた歯と、私の今生えている歯は、同じ形らしかった。
つまり、可逆的な要素さえも、あの蘇生はなし得たのだ。
私はそこまで考えていなかったけれど、例の体験はもしや────
「能力でなければ神の所業、とでも言うべきでしょうか」
その言葉が、一番しっくり来た。
※ ※ ※ ※ ※
ララさんが部屋を出た後、私は夕食に呼ばれた。
今日は他の家族はみんな忙しかったみたいで、卓に着いたのは私の他にはスピカちゃんとリゲル君だけだった。
「父さんと母さんは先日の戦いの被害地訪問。その他みんな色々と後処理に駆り出されてる」
「みんなをエリーさんに、会わせたかったのに……」
まぁ当の私は、王族の
「自宅警備員もいないのは珍しいね」
「帰ってなくてよかった……」
「次期国王ですよね、あの人?」
リゲル君達の一番上の兄・デネブ様は、次期国王の人だ。
まぁ派閥争いとかはあるかもしれないけれど、兄弟仲を見れば彼が国王になるのは間違いないだろう。
一応私もスピカちゃんを助ける時に山の下で会ったことがあるけれど、スピカちゃんの溺愛ぶりといい、王家兄弟の例に漏れずクセの強い人だった。
「そうだ、さっきもう一人帰ってくるって聞いてたけど────あ、きたきた」
「よぉ久しぶり!」
勢いよく扉を開けて、ドレスの女性が入ってきた。
彼女を見て、真っ先に動いたのはスピカちゃんだった。
「エルナト姉ぇ!」
見たこともない勢いで飛びついたけれど、その人は一切後ろに下がらず、そのハグを受け止めた。
体格も大きくないのに、体幹がスゴい。多分訓練を積んでる人だ。
「おーおー、スピカ久しぶり、元気だったか? 鼻水拭け?」
「あ、ごめん……」
その女性は慣れた手付きでスピカちゃんを引き剥がす。
「姉さん久しぶり」
「リゲルも元気だったか? それと【白練】のエリアル・テイラーさん!」
「こ、こんばんは……」
どうやら女性は私の存在を既に聞いていたみたいで、握手を求めてくる。
断るわけにも行かず仕方なく手を差し出すと、笑顔でブンブン振られた。痛い。
「え、えっと? 2人のお姉さんということは……?」
「えぁ申し遅れたね! 私はエレナト・ソルビー、嫁ぎはしたが第一王女やらせてもらってるよ」
「ど、どうも。えっ、ソルビー?」
確かリーエルさんの苗字だ。
「あぁ、そうそう。リーエルさんのお兄さんが、エレナト姉さんの旦那さんだよ」
「リーエル隊長の、お義姉さんだよ……」
なるほど最初はその関係で、あの人の隊にスピカちゃんが配属になったわけか。
そう考えると、世の中は狭いものだ。
「あっちの妹にはまた挨拶に行くよ。それより君にお礼を言わないとと思ってこの街に戻ってきたんだ」
「私ですか?」
「あぁ、あんな大事件を解決してくれたんだ。話を聞いた瞬間、里帰りのチャンスだ~って思ったよ!」
そう言って再び腕をブンブン振る。痛いのなんの。
「すぐ着替えてくるから! 待っててね!」
「あ、ごゆっくりぃ……」
エレナト様の城の中をドレスのまま駆けていく姿は異様だったけれど、悪い人ではないのは分かった。
グイグイくるから、苦手なタイプだけど。
「あの方、本当に2人の血の繋がったお姉さんなんですか? 義理とかでなく?」
「そうだけど、そんな意外?」
何と言うか言っちゃあれだけど、気風が違う。
私の知る王家の兄弟たちはみんな少なからずグネグネした性格なので、あんなにカラッとした正確な人がいるとは思わなかった。
「本人達の前で言うかね、普通?」
「ふつー言わない……」
そう言いつつ2人とも、否定はしなかった。自覚はあるんだ。
「兄弟の中でもエレナト姉さんとレグルス兄さんは、母さん似のカラッとした正確なんだよ。あとはみんな、父さん似」
「ちなみにアダラ姉はイレギュラー、深く考えたらダメ……」
あー、そう言えばあの人がいたか。
会ったのは2,3回だけれど、兄弟の中で一番濃い口の人だった。
弟のカペラさんが手綱を握ってるからいいのだけれど、野放しにするとなにするか分からないはっちゃけた人だ。
「少し前まではエレナト姉さん寄りの性格だったんだけどね」
「えっ、性格が変わっちゃったってことですか?」
「仕事とかで部下を持つようになって色々思うところがあったんだって本人が言ってた」
あー、確かに昔ここにお呼ばれしたときはすれ違っただけだったけれど、美人さんくらいの印象しか残らなかった。
確かに当時はあそこまで変わった人ではなかったんだろう。
ホントにそれだけでああなるのか?
※ ※ ※ ※ ※
食後、部屋に戻ろうとすると扉の前でスピカちゃんに呼び止められた。
エレナト様は病み上がりの私に気を使って早めに話を切り上げてくれたけれど、慣れない人に誉めまくられるのはそれだけで疲れる。
それなのにスピカちゃんは自分に関係ないからとさっさと部屋に戻ってしまったのだ。
「何ですか」
「エリーさん、今からちょっとお出掛けしない……?」
「しない」
私が即答したことに、スピカちゃんは何だか驚いたようだった。
いやいや私、今からお風呂借りて寝るんだし。断ることくらい予想できてただろうに。
つっけんどんになってしまったのは申し訳ないけれど、病み上がりからの度重なる来客に、私は辟易していた。
夜くらいゆっくり休ませて欲しいのに────
「あのね、用事があって……!」
「用事ぃ? こんな夜中に?」
「うん、そう。ララさんは、エリーさんも一緒に行っていいって言うから……」
ララさんにまで許可をとってきたなんて、根回しが行き届いてで逆に勘ぐってしまう。
本人も何だか言いにくそうにしてるし、何だか要領を得ない。
「で、用事って何ですか?」
「フェリシアさんの、赤ちゃん産まれたんだって……だから、一緒に会いに行かない……?」
「えっ…………」
予想だにしなかったその言葉に、私の全思考が逆を向く。
そうか、そうだったんだ、フェリシアさんが、ついに────
「どうする……?」
「行く! 行きますっ!」