フェリシアさんに会いに行った3日後の午前、私は軍の小会議室にいた。
他に声をかけたメンバーはロイド、イスカ、そしてリゲル君。
かつてヴェルド隊だった時の小隊の仲間達だ。
「皆さん、集まってくれてありがとうございます。それと先日も、ありがとうございました」
「エリー身体はいいの?」
「私は充分休みました」
お城での手厚い看護のお陰で、もう私の身体は全快していた。
そこはララさんに感謝だ。
「皆さんはどうですか? 特にイスカ」
「大丈夫だよ~。ロイドも問題ないよね?」
「……………………」
私が話を振っても無視の男が一人。カンジ悪いな。
「さっきからその男、何かあったんですか?」
「こないだからずっとこの調子。多分不貞腐れてるんだよ」
まぁ、何となく理由は察しがつく。
この男は、私がルーキーバトル・オブ・エクレア決勝戦に出られなかったことを根に持っているんだ。
本来なら準決勝の次の日に行われるはずだった決勝は、意識を失っていたことで私の不戦敗と言う形に終わった。
私としてはバルザム教官が大会の目的だったので結果にはこだわらないのだけれど、ロイドは不戦勝優勝という結果が気にくわなかったんだろう。
「優勝できたのに本人が一番納得してないなんて、無駄に真面目なんだよね」
付き合いの長いリゲル君も流石に苦笑いだった。
「悪かったな不貞腐れてて」
「否定しないんですね……」
「テメェのせいで機嫌が悪いのは事実だからな」
そう睨みを効かされたって、私にはどうすることもできないんだけど。
それに例え決勝が行われたとしても、私がボコボコにされて終わるだけだっただろう。
「言いたくねぇけど、オレはお前に苦戦する。バルザムとの戦いを見て、お前を簡単に倒せるとは思わなかった」
「えっ、えぇ!? そ、そりゃどーも────えっ、どうしちゃったんですか?」
「だから、正面から戦いたい。そう思って悪いのか?」
別に私の立場が変わったから、おべんちゃらを使おうだなんてタイプでないことは千も承知だ。
ゆえに彼が誰かに、特に私にそこまで人を認める発言をすると言うのは、信じられなかった。
戦う義理も約束もしてないので、クレアの時のようにやってやろうなどと私も思わないけれど。
「んで? オレの事はいいじゃねーか。
オレたち呼んで何なんだよ、下らねぇことだったらタダじゃおかねぇぞ」
「あ、そうそう。なに? ちょっとだけなら、お金も貸せるけど」
「このメンバー集めてそんな話、しないですから……」
こないだお店が燃えてたばかりなのにそんな余裕がイスカにあるとは思えないけれど、まぁいつもの軽口だろう。
場をこれ以上茶化されても困るので、私は少し間を置いてから本題を伝えた。
「ミリアを捕らえる、準備が出来ました」
その言葉で、3人の雰囲気が急に張りつめたものになるのを肌で感じた。
私から彼女の名前が出ると言うのは、それだけ特別な意味を持つ。
流石に誰も、この話題を茶化そうとは思わないみたいだ。
「詳しく」
「彼女は先日の街での北東の戦いに参加していました。近辺にいる今なら、誘き寄せる策が私にはあります」
むしろ、このチャンスを逃せばもう永遠にアイツとは会えないだろうと、私は思ってさえいる。
戦いで3日も寝てしまった事さえ惜しい。
今しか────今だけしかないのだ。
「ちょっと待って、ミリアが戦いに参加していたってのは何で知ってんのさ」
リゲル君が、当然の疑問を投げる。
「大会前、私の家に彼女が襲撃してきたんです。
一応ハーパー最高司令官を通して、国王には伝わってると思います」
「あ、そう。聞いてない」
まぁ国王からも、全ての情報をリゲル君に伝えているわけではないのだろう。
「お前まさか、ミリアに自分の立場の事、ベラベラ喋ってたのか? それで暗殺に来たと?」
「いや、アイツにもそれは言ってません。おそらく、今回の報道で初めて知ったはずです。襲撃は、別の理由です」
残したアルバムを、自分の手で燃やすのがあの時のミリアの目的だった。
そして魔眼により私の記憶の消去、あわよくば暗殺を狙ったのだろう。
「ミリアを捕まえたら、どうするの? まさか国王様暗殺未遂までしといておとがめ無しって訳にはいかないでしょう?」
「おそらく処刑されます。彼女はそれだけの事をしたんです」
最高司令官という立場をもってしても、揉み消しは不可能だ。
国王から直々に処断の話が来ている以上、もう私にはどうしようもできない。
「で、結局オレ達にさせたいことは? ハッキリ言えよ」
「手伝って欲しいんです。ミリアの捕縛を」
その言葉に、誰も声をあげなかった。ただ私も、ここで食い下がれない。
「皆さんにこんな事、頼める義理なんてないって、分かってます。
私がやりたくないのに無理強いはできませんし、むしろこんな事言う私が、許せないかも知れません……」
皆だって、ミリアと共に訓練した仲間だ。
国を裏切ったから悪人だと、処刑される結末が分かっている作戦に協力させるなんて、私は最低だ。
「でも今回の事で分かりました。私一人じゃ、ミリアは絶対に捕まえられない。
あの速さに追い付くためには、信頼できる仲間がいてほしいんです」
彼女は実際強い。抵抗してきた場合、正面からも不意打ちでも、私に勝機はない。
やるならここにいる全員で、完膚なきまでに叩きのめすしかない。
「最高司令官としてじゃなく、仲間としてお願いします。ミリアを捕まえるのに、協力してください!」
私は深く頭を下げた。
押し黙る一同────しかし私も、これ以上私も説得の言葉を持ち合わせてはいない。
そして最初に口を開いたのは、リゲル君だった。
「イスカ、これはどう?」
「ん~、及第点かな」
「え……?」
顔を上げると、3人が立ってた。
その顔は深刻というよりは、どこか安心したようなうんざりしたような顔だった。
「エリーにしては、めっちゃ成長だよ。僕の言うこと半分くらいは分かってくれたのかな?」
「んだよ、まどろっこしい。一言やれよでいいじゃねぇか……」
ため息をつくロイドの言葉を聞いて、私は不安になる。
「あの結局、オッケー?」
「全員やる。やるに決まってんじゃん。迷惑なんて思うなよ」
リゲル君の言葉に、2人も頷く。
その言葉を聞いて、私は崩れ落ちた。
「えっ、大丈夫!?」
「ごめんなさい、なんか力抜けちゃって……」
「まだ合格には早かったかな」
なんだか一気に気持ちが溢れだしてしまった。
正直何て言われるか、自信なかった。殴られるとさえ思っていた、のに────
「早く立って。作戦会議するんでしょ」
イスカに引かれて、私は立ち上がった。
「では、よろしくお願いします……!」
その日、街にとある噂が流れた。
捕らえられた裏切り者バルザム・パースが、街から護送される、と────