「ようお嬢ちゃんたち。悪い、少し遅れちまったみたいだな」
その軍人が、低い声でしゃべった。
一瞬アデク隊長に近い雰囲気を感じたけれど、違う。
しかし私は、その人の顔と名前を知っていた。
「あっ、そういや初めましてかな。おじさんはアルフレッド・クレイグ。
一応軍で幹部もやってるからね、ヨロシク」
「し、知ってます────」
仮にも私は、最高司令官を勤めていた身。知っていて当然だ。
おそらく、この国で最強の戦士と呼ばれるなら、彼をおいて他にいない。
「な、なんであのアルフレッド・クレイグがここに……?
どうしてエリーのペンダントから? ホントに本人?」
怪訝な顔で、イスカが目の前に現れた軍服の男性を見つめる。
確かにそうだ。このタイミングで、このペンダントから、どうしてこの人が────?
「それについては、後で充分に説明してやるよ。先ずは────!」
瞬間、ルールが構えていた光線が、問答無用でアルフレッドさんに飛ぶ。
しかし目が眩む程の魔力を、彼は右手一本で受け止めた。
「少しは信じてくれたかね?」
「なっ……」
そしてその腕には、傷ひとつついていない。
バリアを張ったのか?
いやそんな気配は無かった、確かに彼は手のひらで攻撃を受け止めていた。
そしてその様子を冷たく見つめていた少女は────
「驚いた、ハッタリでも幻想でも投影でもない。本物だわ、本物のアルフレッド・クレイグ。ここへ何しに来たの、アル?」
「国を救いに」
アルフレッドさんを前にして、初めてルールが一歩引いた。
そしてその指先を、静かに納める。
「この国の人間は、どこまで不粋なのかしら……? よりにもよって、貴方が来るのね」
「それはオレもだよ。ここはテメェが来るべき場所じゃねぇ」
「あら私、バルザムの敵討ちがしたいのよ?」
「オレもだ」
一瞬だけ水を打ったように、2人の間に沈黙が走る。
本当ならば今のうちに逃げるべきなのだろうが、身体が動かなかった。
それは多分疲れから、だけではない。
2人の圧に押され、私もイスカも、その場を下手に動けなくなっていた。
「魔女ルール、もう一度だけ言う。ここはお前のいるべき場所じゃねぇ。オレ達の国から、帰れ」
「……………………」
そして何時間にも感じる程永遠に思えるにらみ合いの後、先に言葉を発したのはルールの方だった。
「ふふっ────ははは! 貴方のせいでとんだ茶番に成り下がってしまった!
いいわ、その不調法に免じてここは去りましょう」
「あー、そうしてくれ」
そしてその一言を最後に、魔女ルールが目の前から消えた。
まるで最初からそんな人間存在しなかったかのように──と言えばバルザム隊長の時を彷彿とさせるが、今度の場合は彼女自らが撤退したのだろう。
とりあえず周りに意識を凝らしてみたが、ポッカリと空いたような不気味な気配は、完全に消えていた。
「行ったか? いやぁ久しぶりに魔女相手は危なかった。あー、マジで緊張した!」
「そ、そうですか……」
アルフレッドさんが、大きく伸びをする。
しかしその緊張の抜けた声を聞いても、私は突然訪れた戦いの終焉に、未だに心が追い付いていなかった。
「あ、みんなは────観客の人たちもっ……!」
「大丈夫だよエリー。目立った負傷者もいなさそうかなー、君以外には」
「そうですか……」
よく見ると、ルールが会場からいなくなったことで、観客達もちらほらと起き上がる人が出てきていた。
段々と静まり返っていたアリーナが、混乱する人々の声に染まって行く。
気を失ってしまったきーさんも、今は私の腕で心なしか、満足げに眠っているだけだ。
「エリーちゃーん!」
声に振り向くとセルマを先頭に、クレアとスピカちゃん、ロイドがこちらへ走って来た。
「おいエリアル! 大丈夫か!?」
「エリーさん怪我とか無い? ワケないよね……」
近くで口々に心配されて、私はグルグルと目が回ってしまった。
どうやら4人とも、アリーナの外から走って応援に駆けつけてくれたらしい。
アリーナのバリアが割れてから今まで、私にとっては永遠に感じたけれど、時間にしたら余り経っていなかったようだ。
「ご、ごめんなさい皆さん。ずっと黙ってて……」
「それは後で死ぬ程文句言ってやるから、今は自分の心配しろよ」
正直クレアには一番罪悪感を感じていたのだけれど、そう言ってもらえると少し安心する。
いや、後で死ぬ程文句言われるのか────
「おいエリー、いつまでうちの隊員の肩使ってんだ」
「ぬわっ」
突然ロイドが、私を支えていたイスカを引き離す。
「えー、せっかくだし、僕はもうちょっとくらいならいいんだよ?」
「お前だって限界だろバカ。病院帰るぞ」
「の、わわわわ!」
そのままロイドは、彼女を担いで行ってしまった。
そして代わりに支えを失った私は、フラフラとその場でよろめく。
「おっと」
アルフレッドさんが身体を支えてくれたので何とか私は倒れずに済んだ。
けれど私は、極限の緊張から解放され、正直もう意識を保つのがやっとだ。
「あ、ありがとう、ございます……」
「こっちこそ、ありがとな嬢ちゃん。オレたちの国を、護ってくれて」
「そんな大層なものじゃ、多分ありませんよ……」
最後聖槍を放ったとき、気付いてしまった。
結局私は未来の事なんてどうでも良くて、ただ私の知る人たちに生きてほしかっただけなんだ。
私の選択ひとつで戦争を知らずに生きられたかもしれない、多くの人たちの可能性を摘んでしまったのだ。
「いんやオレはスゴいと思うぜ? 何せこの国の、新たな英雄の誕生だ。
さぁ、これから忙しくなるぞ。取材に会見、王から表彰とかあったりしてな」
そうニヤリと笑うアルフレッドさん、確かに彼ほどの人物なら、そういう場所の経験も多いのだろう。
けれど正直私はもう、そういう面倒くさいことはしばらく勘弁だった。
「え、それは嫌だな。私帰っていいですか?」
その言葉を最後に、全てを出しきった私は完全に意識を失った。
ただ何となく、イヤな感じはしない。
とりあえず今だけは、きーさんと一緒にぐっすり眠れそうな気がした。
~ 第3部4章完 ~
NEXT──第3部最終章:Sleep in 【White Gloss】ice