叫んだ瞬間、アリーナ天井のバリアにヒビが入った。
そのヒビはまるで脆いガラスを壊すかのように全体に広がり、一瞬にしてバリアは崩壊する。
そしてアリーナへ飛び込んでくる、複数の影────
「エリアルさあぁぁぁんっ!」
「ララさん!!」
軍幹部の彼女が、あの鉄壁の護りを掻い潜り来てくれたのだ。
「エリー!」
そしてその隣にはイスカもいた。
ララさんは瞬時にアリーナの状況を察すると、爆発寸前のルールの元へ空を蹴り上げ跳ぶ。
「っ────! させません!」
「あら?」
着地したララさんは下からルールを蹴り上げ、空中に飛ばす。
「間に合ってください! “ヒーリング・バリア”!」
接近したララさんが球状のバリアを展開した瞬間、敵の攻撃が暴発。
狭いアリーナに閃光と衝撃音が鳴り響く。
強力なバリアに護られ周りの観客に被害はないようだけれど、アリーナの真ん中へ降り立ったララさんを見て、私は驚愕した。
「っ!!」
「エリ、アル、さ────」
ララさんの肩から右胸にかけてが、爆発で吹き飛んで大きく抉れていた。
傷口からは滝のように血が噴き出し、命にか変わるだろうと言うことは容易に想像できる。
「ら、ララさんっ!」
駆け寄りたくても、身体が言うことを聞かない。
そして少し遅れて地面に着地したルールが、ララさんの元へ近付く。
あれ程の自爆をしたハズなのにセルマの時と違い、その身体は傷ひとつ付いてはいなかった。
「せっかく楽しい時間だったのに不粋ね、ララ・レシピア」
ルールが軽く小突くと、マネキンのようにララさんは倒れる。
鮮血が私の顔に数滴かかる。
「な、なぜ自分ごと────」
「えへぇ、私も助けてくれるかと思って。貴女に護ってもらえなくて残念だわ」
その言葉を最後に、ララさんの身体が黒く変色し、ボロボロと崩れ始める。
「エリー、もういい! 早く逃げよう!」
イスカが着地して、ようやくこちらへ駆け寄ってきた。
無理矢理私の腕を肩に回して、立たせようと踏ん張る。
「でもララさんが! ララさんがっ!」
「あの人はあの程度じゃ死なないから大丈夫! それより今はこんなところにいるべきじゃない!」
「それは……」
爆破を止めるため戦闘不能になってしまったララさん。
確かに私がここにいたとして、何ができるわけでも無いのだろう────
私はイスカに掴まり、きーさんを抱えてなんとか立ち上がった。
「言ったろ。何でもひとりで抱え込むんだから、こうなるんだよ」
「それは、ごめんなさい……」
「今は謝罪なんていい、こんな所さっさと出よう。それで君は、早く帰って早く寝ろ!」
彼女の少し心もとない足元が、それでも前へ前へと歩みを進める。
「エリアル、約束が違うでしょう? 貴女は私と来るのではなかったの?」
「っ────!!」
一瞬、心臓を掴まれたかと思った。
気付けば先ほどララさんを見下ろしていたルールは、私達の目の前に立っている。
「や、約束なんてしてません……」
「あぁ、そうだったわね。
ニコニコと笑う少女、しかしその眼の奧はすべての色を吸収するがごとく、真っ黒だった。
この世の何よりも暗い2つの穴が、こちらを覗いている。
「じゃあエリアル、こうしましょう。貴女がお願いを聞いてくれるなら、ここの誰もを傷つけずに帰ってあげる」
「えっ……?」
「大切なんでしょう、他人が」
笑顔の仮面が、私に語りかける。
「思い出したの。さっきみんなを護ったララ然り、人間て他人のためでもなんでも出来る生き物だったわ。
だからエリアル、貴女は他人のために祖国を捨てるの」
一瞬身体を彼女の元へ動かしそうになる。
今、私ひとりが目の前の魔女に従えば、ここの全ての人が救われる。
誰も傷つかないことは、私の望むところだ。
しかしそんな私の身体を引っ張り止めたのは、イスカだった。
「エリー、行ってはいけない。君がバルザムさんと同じことをしては、あの人の敗けが無意味なものになってしまう」
「でも────!」
そう言うイスカは、少し震えていた。
自身の首を引きちぎることさえ躊躇しなかった彼女が、いま静かに怯えている。
「エリー、こないだまた3人で遊びに行くって約束しただろ! それに君を助けるために、外で君の知り合い集まってボロボロになるまで戦ったんだ!」
「そう、ですか────」
「何度でも言う! 君が犠牲になろうとすれば、命を懸ける人間がいることを忘れるな!」
傲慢かもしれないけれど、アリーナを覆っていたバリアが割れた時点で、仲間が助けに来てくれている、そんな気はしていた。
竜脈も使用した国最強の防御魔法だ。
どうやって破壊したかは分からないけれどまさかここまで来てくれるなんて、思ってもいなかった。
「分かるだろ!? 君も僕らも、不可能を押し退けてここまで来たんだ!
だからまだやりきったなんて思うな! もう動けないなんて考えるな! どこかになんて行こうとするな!
僕らがいるんだ、まだここは君の
「イスカ────」
そして彼女にしては珍しく、睨み付けるような視線を敵に向ける。
「それに魔女ルール、貴女の言う
ノースコルの事を言っているようには、僕には思えない!」
「ふふっ──ハハッ! どうやらこの国には、不調法者が多いみたいね」
ルールはララさんが崩れた黒い砂を、手からさらさらと風に流した。
そしてその指先が、まばゆく光る。
「貴女はエリーを、どこへ連れ去る気なの」
「教えない」
ルールの光る指先から、光線が放たれた。
光線はイスカの肩を貫き、彼女の顔が苦痛に歪む。
「ぐっ────」
「イスカ!」
「ぼ、僕は大丈夫……! 早く逃げ、なきゃ……!」
いや、植物として身体を再生できるとしても、限界があるはずだ。
それに何となく気付いていたけれど、連日に渡るムチャな能力の使用に、アリーナでの緊張感。
ここに来るまでの間にイスカも相当疲弊している。
「次はその子の心臓。わからず屋のエリアルのせいで、ごめんなさいね」
「止めてください……!」
どうすればいいのか、そう思っている間にも2発目を放とうと、ルールが指先を構える。
どうすればいい、どうすれば逃げれる、何が正しい!?
何かみんなで、生き残る方法は────
その瞬間ルールの指先とは違う光が、私の視界の端で光った。
「エリー、そのポケット!!」
「っ────何これっ?」
光が漏れていたのは、私のポケットの中身からだった。
急いでまさぐると、中にあった小瓶のネックレスが、太陽より激しく光輝いていた。
渡されてから、念のためずっと身に付けていたものだ。
「え、エリーそれ何!?」
「分かりません、ただ1回戦の後、リゲルくん経由でヒルベルトさんに渡されたもので────うわっ」
小瓶が割れ、中から何か肌色の肉塊が飛び出る。
それはムクムクと形を変えて行き、大きさを変質させる。
その異様な様子を、私はただ見守るしかなかった。
「ヒルベルト? えっ、それってあの隊の……」
イスカが呟くと同時にその肉塊は膨らんでいき────
やがてそれが、軍服を纏った中年男性の姿になる。
「ようお嬢ちゃんたち。悪い、少し遅れちまったみたいだな」
その軍人が、低い声でしゃべった。
一瞬アデク隊長に近い雰囲気を感じたけれど、違う。
しかし私は、その人の顔と名前を知っていた。
「あっ、そういや初めましてかな。おじさんはアルフレッド・クレイグ。
一応軍で幹部もやってるからね、ヨロシク」
「し、知ってます────」
仮にも私は、最高司令官を勤めていた身。知っていて当然だ。
おそらく、この国で最強の戦士と呼ばれるなら、彼をおいて他にいない。