聖槍のエネルギーが消え去ったアリーナは、静寂に包まれている。
ほとんどの力を使い果たし、倒れ混む私。
そしてそれを見下ろす、バルザム教官の影────
「け、削り切れなかったっ…………」
もちろん私は、この期に及んで彼の身の無事など考えてはいなかった。
あれは生まれて初めて、相手の命を奪う覚悟で放った一撃だ。
聖槍の力を持ち出しても、私の力ではバルザム教官を倒すことはできなかったのだ。
「聖槍を使ってもまだダメなんて……」
いや、それでも彼は間違いなく消耗はしている。
腕は折れ、身体は貫かれ、全身が焼け、それでもバルザム教官は尚立ち上がっている。
きっともう一押し、ほんのもう一押しでバルザム教官を倒せるハズだ。
問題はもう私の身体が動かないこと、全身に力が入らないこと。
いくら魔力が戻ったとは言え、先程の魔力の消費によって、私は活動の限界を迎えていた。
「エリアル・テイラー」
それでもなんとか上半身をもたげようとしていると、バルザム教官は私の名前を呼んだ。
この期に及んで私の名前など呼んで、一体何を?
逆光で、彼の顔がよく見えない────
「ここからは、貴様が選択した道だ。その責任は果たせ」
「な、何を…………」
その瞬間、突然目の前にいたハズのバルザム教官がいなくなった。
まるでプロマの電源を消して映像が消えたように、そんな人物最初からいなかったかのように。
私を見下ろす影ごと、彼の姿が消えてしまった。
「あっ────」
その時私はようやく気付く。
つまり彼は、呪いによって死んだ。
「そ、そんな……」
私がもっと彼を倒せていれば、拘束して用紙を破り捨て、命令を棄却することもできたのに。
そうすれば彼の命だけは、助けることもできたのに。
今更いくら後悔しても、ここには一人じゃ広すぎるアリーナがあるだけで。
私はヴェルド教官の時と同じようにまた、自分のせいで教官が命を落として────
「素晴らしいわ」
「っ…………!!」
一瞬落ちそうになった心の絶望を取り払い、私は顔をあげた。
今まで闘いの間傍観を貫いてきた魔女ルールが、ついに言葉を発したのだ。
情けない。迷うなら後だと決めたのに、自分で手に掛けたのに、今さら私はバルザム教官の「だったかも」を想像してしまっていた。
今はまだ何も解決していない。
ここにまだ、強力な敵がいるんだ。
「何が、ですか?」
「素晴らしいわ素晴らしいわ素晴らしいわ。何度でも言わせて素晴らしいわ」
私の言葉も聞かず、恍惚としたように彼女は繰り返す。
「この時代に、あんな輝きを見れるだなんて。生きるとはかくも素晴らしいものだったかしら」
「貴女、何で…………」
ルールと呼ばれた目の前の少女は、泣いていた。
ただただ具体性もなく、何かを素晴らしいと称えている。
「えぇごめんなさい、自己紹介をしていないから不快になったのね? 私はルール・ネクと言うの。
貴女はエリアル、エリアル────そう。貴女、エリアルと言うの……?」
彼女に名前を呼ばれると、背筋に寒気が走る。
あんなにも感情的に泣いているのに、眼の奥が暗く底がないのだ。
ただ分かるのは、何となく私は値踏みされているということ。
そして彼女の気分ひとつで、私もここにいる観客たちも殺せるほどの力を持っているということだ。
「私の名前なんてどうでもいいです。帰ってください、ここから帰って。
ここにいる人たちを誰も傷つけず、立ち去ってください」
「それはダメよエリアル? 貴女なら分かるでしょう、復讐を、しなくっちゃ。
言ってみたかったの。私の仲間をよくも、って」
一瞬、彼女の言う仲間と言うのがバルザム教官だと言うことを理解できなかった。
確かに彼女が言う通り、私がバルザム教官と対峙した時復讐心が全く無かった訳じゃない。
彼のことは憎かったし、ヴェルド教官の敵を打ちたかったという気持ちも、無かったわけではない。
本質的に彼女と私は、同じなのだろう。
けれど私は、こんな事はもうたくさんだ。
「それよりエリアル、私と一緒に来る気はない?」
「えっ……? 貴女の仲間になれってことですか?」
「そうよそれがいいわ、ちょうど新しい
貴女のような勇敢なヒトが一緒に来てくれたら、私は嬉しいわ!」
もんろん私は、そんなものに聞く耳など持たない。
「イヤです、いまさらそんな言葉で私が提案に乗ると、本気で思ったんですか?」
「どうして…………?」
一瞬私の拒絶が理解できなかったとでも言うように、ルールは驚く。
「私は貴女の誘いには乗りません。貴女がどう仲間を取っ替え引っ替えしようと知りませんけど。
ここにいる人間を傷付けるなら、私は全力で貴女に抗います」
「────そうだったわね。普通ヒトはこういう時、
別に悔しがる風でもなく、彼女は言う。
「残念だわ、貴女とは分かり合えると思ったのに」
「そうですか。そう思われていた事が、残念です」
「いいのよ別に。さよなら、エリアル」
彼女が両手の人差し指をクロスさせこちらに向けると、とてつもない魔力が集まるのを感じた。
肌がビリビリと揺れ、その一撃だけで“
やっぱり観客たちを足止めしたことで魔力を使いきってしまったと言う彼女の弁は、嘘だった。
バルザム教官に観客を蹂躙させることに意味があったのか、私と彼の一騎討ちを楽しんでいたのか。
はたまた全てが気まぐれで、本当のところ彼女にとっては何もかもがどうでも良かったのか。
そんな事はもはやどうでもいいのだけれど。
それでも私は、抗わなければ────
「これが戦争だってことは理解しています、無駄な抵抗だってことも分かっています……」
私は動かない身体を無理矢理鞭打って、きーさんの槍を杖代わりに立ち上がった。
もちろん足は震え、支える腕も限界だった。
最早戦うことも、バリアの維持装置を壊しに行くこともできない。
「だけれど、ここで倒れてはいけない気がするのです。
ここで死んでしまっては、顔向けができないのです……」
しかし突然身体が揺れ、私は地面に倒れ混む。
鼻がぶつかり、血が飛び散った。
何事かと傍らを見ると、きーさんが猫の姿に戻り、地面に突っ伏していた。
そうだ、きーさんとは魔力を共有しているとはいえ、一度回復した私と違ってずっとここにで張りっぱなしだったのだ。
私が死んでいる間だってバルザム教官と対峙していたわけだし、緊張による精神的な圧力もかなり大きかっただろう。
「ごめんなさいきーさん、気を使えなくて────あっ!」
見上げると、すでにルールの指には魔力が溜まりきっていた。
そして事もあろうに魔力の溜まった両指を、彼女は観客席の床に押し付けた。
あの体制、まさか魔力を暴発させて、自分諸共このアリーナを吹き飛ばす気か!?
「ダメっ!! 止めてくださいっ!」
そう叫んだ瞬間、アリーナ天井のバリアにヒビが入った。
そのヒビはまるで脆いガラスを壊すかのように全体に広がり、一瞬にしてバリアは崩壊した。
そしてアリーナへ飛び込んでくる、複数の影────
「エリアルさあぁぁぁんっ!」
「ララさん!!」