「よーやっと出れたぜ外! にしても下手だぜご主人よオイ! オレならもっと上手く
そう叫びながら軍服は、歪な体勢で未だ眼を覚まさないバルザム教官を立ち上がらせた。
まだ
巻き付いた呪いと歪められた体勢のせいで、彼の左腕がメキメキと音を立てて折れた。
「まさか────
推測だけれど、恐らくあの軍服はバルザム教官の契約精霊では、多分無い。
精霊なら、契約者の負傷を省みず行動することはまずないのだ。
それに対して彼は今、マリオネットのように外側から軍服に操られ、身体を勝手に動かされている。
「このガキを殺せばいいんだなオイ!? うわ起きねぇ」
下品に笑う軍服と、だらんと動かないバルザム教官。
あまり見ていて、気持ちのいい光景でもない────
「その人は今、最高司令官の権限で押さえつけています。ムリに動かすと、命に関わりますよ……」
「じゃあテメェが何とかしてやれ、よっっ!」
軍服は袖の一部を槍のように尖らせ、予備動作も殆んど無しにバルザム教官が突っ込んできた。
「喰らえよ!」
「きーさん盾にっ!」
鋭い突きを、何とか弾く────
しかし軍服の猛攻はそれに収まらず、2回、3回とたて続けの攻撃は、休まることがなかった。
とてもとても珍しい系統の能力で、殆んどの詳細が分かっていない。
故に現状では対策の立てようがないから、己の身で闘って判別するしかない!
〈エリー、大丈夫?〉
「限界ですっ」
当然、貫かれた左肩が頸烈に痛む。
セルマみたいな魔力の扱いに長けた人なら、止血も上手く出来るらしいけれど、私はそれがどうにも下手だった。
〈来たよ! ボーッとちゃダメ!〉
「くっ……」
肩を庇いながら横に転がり、何とか突きを避ける。
攻撃が外れた軍服の槍は、勢い余ってそのまま地面へと突き刺さった。
やはり能力によるものなのか、生半可な武器より強度が高い。
「そっ! ちょこまかうぜぇなぁ!? だったらこうしてやらぁ!」
「えっ────」
突然地面に刺さった槍の穂の部分が、各方向に枝分かれした。
そして切っ先のひとつは、確実に私の心臓を目掛けて延びてきている!
「があっ……あぁっ!」
左腕を盾に、心臓への直撃は免れる。それでも痛いものは痛いが!
「いいねぇ! 外したのは残念だけど、いー声で泣くじゃねぇの!?」
「くっ……きーさん槍! “
何とか動く右腕で、軍服の肩を切りつける。
しかし確かに当たったはずの槍なのに、まるで鉄の支柱を虚しく叩いたように、手応えがない。
「えっ……!?」
槍の切りつけた部分は、軍服の新たなクチが、ガッチリと受け止めていた。
槍の時といい、この軍服は変幻自在らしい。
しかも────
「効かねぇなぁ、効かねぇよ? そして不味ぃ!」
「魔力が食べられてる……!?」
ガッチリと噛まれたクチに、槍に纏った魔力が吸い上げられているのを感じる。
「きーさん戻って! “
「ぐっ!! ちべでっ!」
足裏からの放水砲の反動で、力任せにその場を離れる。
代わりに左腕の刃が抜け、痛みで私はバランスを崩し、再び地面を転がった。
「ぐぁ…………」
「おいおい! どの技この技も不味いったらねぇなぁ!」
ご丁寧に、私の放った水でさえ、軍服にとっては食事になってしまったらしい。
恐らく私の出力では、魔力由来の攻撃は全て、あの軍服に食べられてしまうだろう────
「きーさん、無茶してごめんなさい」
“それよりあれマズい! 相当ヤな感じ!”
何とか立ち上がって、体勢を立て直す。
左腕はもう、この戦いで使い続けるのは無理だろう。
そもそもこの出血量のせいで、大分背中が寒くなってきた気がする。
「貴方本当に、バルザム教官の固有能力ですか……?」
「見りゃ分かんだろぉ? 産まれたてのオレ様よりオツムが弱いのか!? 泣けるな!」
バルザム教官が失踪するまでに、固有能力が使える・発現しているだなんて情報は一切なかった。
さっきの軍服の言葉からも、恐らく今さっき初めて固有能力が覚醒したんだろう。
最悪だ、自分の運の弱さを呪いたくなる。
それに今この状況はバルザム教官にとっても、よろしくないもののハズだ。
「なら尚更、私たちはもう戦う必要がないハズです。
貴方もバルザム教官の一部なら、今彼を縛っているのがどういうものか、分かってますよね?」
第1段階は先のように、違反者の身体への
「そして第2段階は、その拘束が対象者の命を奪います。
恐らくもうあまり時間はありません」
ここでバルザム教官が死ぬ必要はない。
彼にはまだ、聞き出さなければいけないことがたくさんある。
「だから、せめてその人の命だけは────」
「あぁん? 何をバカ吐いてんだ!?」
ハナから交渉の余地など無かったとでも言いたげに、軍服はせせ笑う。
「とにかくオレぁは今、血が欲しくてたまらないっ!
この男だってそうだったんだぜ? 世の中思い通りに行かなねぇよな! だからいつか血に染めてやりてぇってのが、唯一オレとコイツを繋ぐ感情だ!」
「それに従って、今貴方は行動していると」
確かに平和を願ったバルザム教官の中にも、そういう感情はあったのかもしれない。
ここにたどり着くまでの葛藤の中には、そういう
現に今彼は、私を下した後はここの観客たちも襲おうとしていた。
「それに、そう言うテメェはどうなんだ? あぁん!?
オレ一人にご主人様の負担を擦り付けようって魂胆だろうがなぁ! この拘束は誰でもないテメェが掛けたものだろうがよ!」
演技をするように、軍服は両手を顔に当てた。
ただ、折れた片腕はダランと不格好に垂れ下がっている。
「この人殺しめ!」
「っ────」
その言葉で一瞬、私は意識
それは私自身の
この紙を私自身が破り捨てれば、確かに制約は解除され、彼の命も危険に晒さずに済む。
ただ、それは彼の身体が自由になることにも、他ならない────
「やはり出来ませんよ。例え貴方の主人がここで死ぬことになっても、この命令は絶対です」
「んだよつまらねぇ。気持ち良く暴れてやろうと思ったのに、興が削がれることしてくれるなぁ!?」
それはお互い様、私の気分だって最悪だった。
散々覚悟していたハズなのに、今さらバルザム教官が私のせいで死ぬことを躊躇ってる。
「まぁいいさ! これだけのことをしでかした
どちらにしろ捕まりゃ死刑! 短い命! 産まれたオレもサヨナラって訳だなぁオイ!」
もう一度、軍服は両腕を槍へと変えた。
ギチギチとそれを鳴らし、こちらを威嚇する。
「そうですか、残念です」
「試合じゃなくて殺し合いってか!? 派手に死に花咲かせてやるよ!」