病院を出た瞬間、セルマが叫んだ。
「お願いクレアちゃん! 先行って!!」
「すまねぇ!」
セルマに追い付いたアタシは、他のヤツらを置いて、先にボードでアリーナへと戻る。
かなり近い距離の建物のハズなのに、こんなに遠く感じるのは時間が限られてるからだろう。
「“ドラッヘ・アクスト”!」
アリーナへと着いたアタシは、とりあえずバリアへ一撃を打ち込む。
しかしその障壁はビクともしない。
「クソッ! クソッ!」
いくらやっても傷ひとつ、つきやしない。やっぱりマズはこのバリアをどうにかしなきゃ、エリアルを助けに行くことは出来ないみたいだ。
でもこのバリア、セルマのヤツとは全く別次元の堅さだ。
「どうなってんだよ……」
「足りねぇんだろ! 火力がよぉ!」
下からの声、見下ろすとさっきアタシより早く出てったロイド・ギャレットが地面に手を付いていた。
ついでに言うと一緒に出て行ったイスカは、植物で壁を張って野次馬を退けている。
「“精霊天衣”っ!」
さっきの試合で見た、ロイドが女の姿になる。
そしてザワつく群衆を尻目に、アイツはその脚力でこちらへ跳んできた。
「借りるぞ」
「あぎゃっ!」
ロイドはアタシのボードを間借りして大きく踏み込み、高速のけりで壁に迫る!
「“
大砲のような音と共に空気が揺れ、離れていても分かるほどの衝撃がバリアに走った。
そしてロイドは、そのまま男に戻って下へ落ちていく。
「無理か────」
「おめーも足りねぇじゃねぇか!」
ロイドが殴り付けた場所も、バリアは無傷だった。
そのまま地面に落っこちて死なれても寝覚めが悪い。
アタシは何とか先回りして、彼を拾い上げる。
「おもっ!!」
「悪いな」
せっかく助けてやったのに、ロイドは涼しい顔で顎に手を当てて何かを考え込んでいた。
それとアタシは、さっきボード踏んでったことも許してない。
「おい、クレア」
「馴れ馴れしく呼んでんじゃねぇ! んだよ?」
「
ロイドは自分の攻撃が効かなかったのは気にも止めていないようだった。
幹部候補にもなるとよくあることなのか?
アタシもせめて冷静さは、失わないようにしないと。
「このバリア、あり得ないほど硬い。あとなんか変」
「オレの見立てもだよ。おそらく現生人類に、この障壁の外側からの破壊は不可能だ」
不可能────仮にも幹部候補に選ばれたこの男が、その言葉を簡単に使うなんて、ガッカリだった。
「中にはエリアルもいるんだぞ! 諦めろってのかよ!」
「んなワケねぇだろ! とりあえず下ろせ!」
地面に着地すると、ロイドはかったるそうに肩をゴキゴキと鳴らす。
「あれ見てみろよ」
「……………………」
目線の先にはアリーナの中の様子を映したモニターがあった。
画面のエリアルは全身から血を流し、今まで見てきたどのアイツよりも余裕がなかった。
多少善戦はしていたみたいだけれど、もう既に状況は覆されている。
その顔を見る度に、早くなんとかしないと────という焦りが、胸を突き刺す。
「クソッ!」
「時間はねぇのは分かってるが、無闇に暴れてどうしようもないのも事実。アイツに話を聞くか」
「アイツ……?」
そこでようやく野次馬を掻き分けて、セルマたちが駆けつけてきた。
「クレアちゃんお待たせ!」
「お前身体は大丈夫かよ」
「うん、じっとしてなんかいられないでしょ!」
でもそういうセルマは、見るからにキツそうだった。
そりゃそうか。本当はまだ、病院のベッドから動くのも許されない状態だったはずだ。
「ここに来るまでに、出来るだけの体力は回復させました。
本当はララも、これ以上はムリはさせたくはないのですが」
「そんなことよりDr.ララ、試すことは試した。説明を」
そんなアタシたちを押し退けて、ララさんの前に出たのは、ロイドだった。
「いや、ララさんに聞いてどうすんだよ!」
「この人はただのヒーラーでもヒーローでもねぇ。ある意味では、裏でこの国を支配してる女だ。
あれがここにいることが、エリアルやこの国にとって一番の幸運だろうよ」
全員の目線が、ララさんに向く。
彼女はそれを待って、バリアについての詳細を話し出した。
「あのバリアは、ララたち軍の幹部が数年前に造ったものです。
大勢の国民が避難できるシェルターが必要だと国王からの要望があり、協議の結果ここに建てることになりました」
ララさん曰く、このバリアは一度発動すると外からの干渉は想定していないらしい。
そりゃあ、破壊方法が分かっているなら敵にそれを突かれる可能性もあったわけだけれど、こんなことになっちゃ本末転倒だ。
「そもそも、バリアの起動方法自体、普通は解析できるものではないのですが」
「Dr.ララ、じゃあそもそもこの術式を維持しているのは何だ?
これほどの魔法なら、相当な魔力が必要なハズだ」
確かにそれはアタシも思った、このバリアの堅さも規模も
それは最早、人の力では再現不可能だと思えてしまう程に────
「えぇ、このバリアは、“龍脈”から魔力を得ています。そして維持するための装置は、バリアの中に」
「そういうことかよっ……」
憎々しげにロイドは上を見上げながら言う。
「あの堅さのバリアを作る技術力があるなら、この街にはもっとおあつらえ向き場所があると思ったが。
ここじゃなきゃいけないワケがあったっつーことか」
「ふさわしい場所? あっ、お城!」
「うち……?」
さっきからボーッと聞いてるだけだったスピカはピンときてないみたいだけど、確かにロイドの言う通りだ。
この街で一番このバリアが必要なのだとしたら、それはアリーナよりも、城に他ならない。
「ロイド、なんで……?」
「王様やオメーら姫様が殺られちゃ、それこそ詰みだろうが。
どこまで国民の命の数と天秤にかけるかはお国の方針次第だろうが、少なくともこんなアリーナにデカデカとかけるより、規模も小さくて済む城の方が、正気だと思うぜ?」
そう言えばミューズでも、たった数時間国王を護る別荘にバリアを張っていた。
今回のものとは種類が違うみたいだけれど、あの規模の方がこのバリアより再現しやすいのは明白だ。
「“龍脈”とはつまり、地下を通る魔力の川、とでも思っていただければいいでしょう。
ここの場所に丁度この国の自然魔力が集まるように出来ているのを計算し、地下に穴を開け魔力を吸い出す仕組みを作ったのが、このバリアです」
何か凄い規模の話過ぎて付いていけないけれど、つまりバリアが桁違いだったのは、自然から力を得ているからだってことだろう。
そりゃあ、人の力で何とかなる代物でないのは、目に見えている。
「え、じゃあララさん。放っておいたら、どのくらいバリアは起動し続けられるの?」
「造った当時は、数千年と」
「す、すうせん……」
その数字を聞いて、一瞬頭がふらつきそうになる。
これは外からの破壊は不可能としか思えない。
じゃあ中から維持装置を壊す────いや、それもいまのでっかい敵を前にしてるエリアルに出来る事じゃない。
そもそも伝える方法さえない。
そうして全員が時間もない中黙っていると、その場に突然甲高い音が響いた。
プルルルル、プルルルル────
「スピカちゃん! そのゴーグルじゃない……?」
「え、これ……?」
音が出ていたのはスピカのゴーグルからだった。
確か大会前にーちゃんもらったらしいけれど、全然使えなかったとぶつぶつ言ってた。
「え、え、えぇ……!?? クレアさんどーやって止めるの……??」
「アタシに聞くなよ!!」
「うわーんっ!」
緊迫した場面で今にも泣きそうにながら、スピカは必死にゴーグルをいじっていた。
いや、ゴーグルかけても音は止まらんだろ。
「あ、何これ」
スピカは何かを見つけたように空中を触った。
まるでアタシたちには見えない何かが見えてるみたいだ。
「あ、音止まった……」
「マジかよ」
〈あー、驚かせちゃったかな。ゴメンゴメン〉
しかしその音の代わりに、ゴーグルから声が聞こえてきた。
しかもどこかで聞いたことのあるような、軽薄そうな男の声だ。
〈やぁスピカ朝ぶり〉
「え、あ、何でリゲル兄の声が……?? くーき読んでよ、いま忙しいの……」
どうやら、ゴーグルがどういう要領だか、通信機の変わりになってるみたいだ。
そして何故かその場の全員が、その声に釘付けになっていた。
〈これでも読んだつもりだよ。くーきってヤツは。
その場の全員、そのバリアを壊さなきゃならないんだろ〉
「どこで見てるんだよ……」
何か嫌な気がして周りを見渡してみたけれど、周りにそれらしい姿はなかった。
〈そんなことよりそこにいる全員、よく聞いて欲しい。あのバリアに供給される魔力がほぼ無限だとしても、出力自体は必ずはあるハズだ。
例えば河の流れは何千年と続くものでも、その瞬間に流れる水は決まっているよね〉
「ま、まぁ確かに……」
ただその原理で言うなら、河にいくら穴を開けたところで、水はすぐに流れてきてしまう。
バリアに当てはめれば、いくら攻撃を与えたところですぐに復活してしまうことに他ならないハズだ。
「ララさん、人間の通れる穴をバリアに開けることは可能なのか?」
「かなりの出力があれば僅かに穴を空けることは可能かもしれませんが、人間が通れる穴となるとこの戦力では……」
ララさんは首を横に振る。
〈そこでこれさ、いま送ったからスピカ、ゴーグルをかけてみてくれ!〉
「かけたよ。この赤い点、なぁに……?」
スピカが再び、空を掴むように手を振る。
やっぱりゴーグルをかけると、スピカにしか見えない何かが見えているみたいだ。
〈その点は維持装置の位置だよ。どこにいても
「まさか貴方……」
ララさんが王子さまに向かって、驚きの声を上げた。
しかしそれに構わず、彼は続ける。
〈わずかな穴でも、弾丸なら通る。そして弾丸さえ通れば、装置は破壊できるハズだ。頼んだよ?〉
「────へ?」
予想だにしていなかった話に一旦硬直したあと、当の本人は珍しく叫んだ。
「すすす、スピカがやるのっ!?」