セルマさんは杖、私は操作した重力で移動する。
彼女のスピードはとても早かったけれど、どこかおぼつかない。
ここまでの移動で、セルマさんも疲れてるんだ!
「やっぱりスゴい能力だったわね! ツラい……!」
「負けられないから! 手加減も出来ないけど────」
「それでいい! お互い全力よ!」
そう言った瞬間、目の前に半透明の壁が迫ってきた。
セルマさんのバリアだ!
「おわわっ────!」
身体を捻って何とか激突を避ける。
どうやらこの状況なら攻撃も厭わないらしい。
「そっちがその気なら────”
「危なっ!?」
飛ばした石にセルマさんが反応して素早く避ける。
その隙に、私は素早く彼女を追い抜いた。
「重力操作系の能力!?」
「うん、そう……あの日覚醒した能力、セルマさんに使うのは申し訳ないけれど、出し惜しみはしない!」
巨大ムカデの魔物に襲われた時、セルマさんに助けられたあの日、初めて覚醒したのがこの能力だった。
周りの負荷の向きを操れる【ロード・コンダクター】。
自分を中心に一定の体積を操れるけれど、髪の毛の白が全て元の緑に戻ってしまうと限界が来る。
もうここまでに半分以上が、緑に変わっているから、これが全て戻るまでにセルマさんを引き離さないといけない。
「でも────セルマさん速い!
「何のぉっ!」
飛ぶ力が強すぎて、押し返せない!
力に逆らってどんどん迫ってくる!!
「ぐぎぎっ!!」
「うわぁ、来ないで来ないで!!」
力を跳ね返すくらいじゃ、彼女は止められなかった。
こっちの限界を越えてなお、追い付いてきそうな程の高速に達している。
「正攻法でダメなら────こう!?」
「えっ……」
瞬間、私はスピードを一瞬緩めて、飛ぶセルマさんの下に潜り込んだ。
不意をつかれた彼女と、一瞬目が合う。
「“
「っ────!」
重力を下から突き上げるちからに変えて、不意をつかれた彼女は上へと舞った。
そして、しまったと上空を一別する。
「ヤバっ────高さ制限が!!」
確か大会のルールには、飛べる参加者は一定以上高く上がれないように、高さの制限をもうけていたはずだ。
それを越えてしまうと言うことは────
「失格!?」
「このまま飛んでけえええっ!」
空に上がるセルマさんを、私は追撃・追尾する。
しかし彼女は空中で身を翻すと、両手足を大きく広げた。
「ぐぎぎっ────バリア展開!」
セルマさんはバリアを背中側に展開させ、それ以上の上昇を防いぐ。
「がふっ! グッ……中々痛いわ……」
「だったら、”
もう一度手に持った石を飛ばしセルマさんを狙う。
「っ! やられっぱなしじゃ、いかない! わっ!」
彼女はバリアを足場に
こっちの能力を利用された!
「なんてバランス感覚……!」
「次はこっちからいくわよ!」
「っ────!」
慌てて能力を解除する間もなく、踏み込んだ彼女が杖で強烈な一撃を叩きつけてきた。
「うぐっ!! こっちだって!」
2度──3度とセルマさんと空中でぶつかり合い、お互いに牽制をかける。
「なんのっ!」
「っ────!」
最後の強烈な殴打によろめいて、私は身体3つ分空を下がった。
そして何とかバランスを立て直すと、既にセルマさんは杖にちからを込めて進み始めている。
それを慌てて追うと、前から突然無数の金属が飛んできた。
「痛たっ! なにこれ!?」
「ふふっ、鎖ってこういう使い方も出きるのよ!」
切り刻まれた鎖が、風上から舞ってきていた。
本来ならそのまま落ちるような金属片でも、これだけの速さが出ていたら相当痛い。
「くっ……こんなの飛ばす方向なんて、いくらでも変えれるもん!」
「そう、だったらそうすればいいわ。そろそろだから」
「えっ────」
急いで鎖を叩き落とすと、急に身体が下に引っ張られる感覚に襲われた。
みるみる速度も落ちて、空中での維持が出来なくなる。
「重力の維持が出来ない……? あっ!!」
そこでようやく、自分の髪の毛がほとんど元の緑色に戻っていることに気付いた。
もう自分で見える範囲は、全てのゲージがなくなっている。
「やっぱり、その髪の毛とちからが関係してたのね」
「知ってたの……?」
「見てれば何となく分かるわよ」
そういう間にもちからは抜けて、私はついに地面に足を着いた。
もう、身体を浮かせるほどのちからの操作は出来ない。
「そんな……」
今まで、実践でこの能力を使ったことのない私は、この髪の毛を便利なゲージとしてしか見てなかった。
でもセルマさんは追いかけっこの中で私の髪の毛が戻るのを見て、それに気付いたんだ。
だから、さっきわざと私に余計なちからを使わせるために鎖を沢山ばらまいたんだ────
「ありがとう、一緒にレース出来て楽しかったわ」
そう言うと、セルマさんは先へ進んでいく。
「あっ────」
待って、そう言おうとして、セルマさんを引き留められないことに気付いた。
もう追いかけられるちからは残っていない。
私はここから歩いてゴールまでいけるかも怪しい。
気付くと、もう街の壁の半分くらいまでは来ている。
こんなゴール目前で、何も出来ない私に、セルマさんを引き留められる事なんて、出来るはずがなかった。
「………………」
セルマさんの背中が、どんどん遠ざかる。
あーあ、ダメだったか────
地獄のようなd級試験、敵に捕まって人質にされて、もうダメかもしれない。
そんな心細いあの時、助けに来てくれたのが同期の女の子だって聞いたときには、とても驚いた。
彼女だって怖いはずなのに、痛いはずなのに、経験だって乏しいはずなのに。
たったひとり私たちが監禁されていた廃工場に乗り込んで、しかも化け物にも臆さず戦ってくれたのが、セルマさんだった。
エリーさんやクレアさん、スピカさんも戦ってくれたけれど、大ムカデを相手に歯を食い縛るセルマさんを、私は一番近くで見ていた。
リーエルさんはスゴい隊長だし、フェリシアさんは尊敬する教官だけれど────
私は、そんな身近で遠く離れたセルマさんが、あの日から目標だった。
ああなりたい、助けてもらったあの姿に近づきたい、って。
セルマさんがこのレースで追い付いてきたとき、ここでセルマさんと戦えば、少しだけでも彼女のいる場所に追い付けるかもしれない。そう思った。
ヒルベルトさんたちには悪いけれど、ここで一対一で戦えて、ちょっとよかったかもって思った。
彼女の勇気はまだ、私には真似できないかもだけれど。
もう少しだけ、憧れの人にはこっちを見ていてほしいから────
「まって、セルマさん!!」
声に振り向いたセルマさんが、こっちを見てぎょっとした。
「な、何よそれ……!?」
「私のとっておき。先に行くなら、これを防いでからにしてね!」
ここにくる途中、トンネルの中で拾った特に固い岩石。
それを私は身体の周りで周回させて、そのスピードをどんどんと上げていた。
重力で物が落ちればその加速度で速さが極限まで高まるように、私の周りには隕石のような速さで岩石が回っている。
「それは、止めなきゃ先に進めなさそうね────いいわ! 全っっっ力で受け止めてあげる!」
きらり、と。セルマさんの左の眼が光った気がした。
そして不敵に笑った彼女を見て、私はちからを操れる空間を限界まで伸ばす。
「いくよっ、“
ドンッ────大砲のような音と共に、今の私の一撃が放たれた。