「それは、止めなきゃ先に進めなさそうね────いいわ! 全っっっ力で受け止めてあげる!」
きらり、と。セルマさんの左の眼が光った気がした。
そして不敵に笑った彼女を見て、私はちからを操れる空間を限界まで伸ばす。
「いくよっ、
ドンッ────大砲のような音と共に、今の私の究極と限界の一撃が放たれた。
岩石は真っ直ぐに、空を飛ぶセルマさんへと向かって行く。
「凄まじいわね、でも────」
瞬間、セルマさんの左眼から一筋の閃光が放たれた。
その光は真っ直ぐ延びて、私の飛ばした岩石と正面からぶつかる。
「あれは……」
強力な魔力から漏れ出た光が、辺りを包み込んだ。
“
でもその光は、私が見たそれのどれよりも強烈で激烈だった。
「くっ────」
衝撃波で私は思わず顔を覆った。
そしてそれが収まり顔を上げると、そこはもう元の景色に戻っていた。
眼を潰すような閃光もなく、ただ見慣れた街の壁と自然の風景が広がっているだけだ。
「ハァ……ハァ……!!」
空でセルマさんが、肩で息をしているのが見える。
それは私の全力を込めた一撃が、相手に沈められたことを意味していた。
私はもう既にゲージ切れだった。
それに先に進みたくても、もう一歩も動けそうにない。
「そんな……勝てなかった……」
アッサリと、彼女は私を破ったのだった。
「そうかもね、でも────」
私が憧れた人は、こちらを見て確かに言た。
「なんだかとっても、戦えてよかったわ。ありがとう」
※ ※ ※ ※ ※
ゴールである街の入り口に着くと、人々の歓声が聞こえてきた。
観客席の方に映し出されたパネルには、困った顔で取材を受けるセルマさんの姿が────
『2回戦突破、おめでとうございます!』
『あ、ありがとうございます……」
『3回戦に向けて、意気込み等ありますか?』
何だかレースの後でしんどそうだったのは分かったけれど、内容はあまり頭に入ってこなかった。
「セルマさん、エリーさん、ゴール出来たんだね……」
私もゴールしたとき、係員の人が来て17位の紙を渡してくれた。
けれど、観衆は予選突破をした参加者たちに話題が向けられているから、注目してる人は少ない。
おかげであまり緊張はしなくてすんだけれど、無いものみたいに扱われるのは、少し悲しかった。
「頑張ったのになぁ……」
「まぁ君は頑張ったよ。自分で認められるなら、それでいいんじゃないか。
そうだろ、アリスガーデン?」
「わっ、ビックリした!」
街路樹の辺りでしゃがんでいると、ヒルベルトさんが覗き込んできた。
レース途中で別れたときそのまま、ボロボロの服で見るも無惨だから、余計ビックリした。
「もう追い付いてきたの!? 速すぎじゃない!?」
「君とテイラーが気になったんだよ、悪いか?」
「いや悪くないけど……」
自分も相当限界のはずなのに、そこまでしてくれるとは正直思ってなかった。
「あの双子は?」
「あぁ、あいつらも服が少し燃えたからって一度家に行くつもりらしいから別れたよ。
つってもとっさに服守るのに魔力のリソース割いたらしいから、少し焦げる程度だったらしい。
その防御を、水晶に使ってたらどうなったのかね?」
「それは……」
もしかしたら、ヒルベルトさんだけが脱落して私は3対1になってたかもしれない。
レースの結果が大きく変わる訳じゃないけれど、最後セルマさんと戦えなかったかもしれないと言うのは、私にとっては大きな違いだ。
「オレの眼鏡もぶっ壊れたし、迷惑千万なヤツらだよ全く。
それより16位のヤツとの戦い、映像がさっき流れてたから見させてもらったけど、中々だったじゃあ、ないか?」
「そう? それはありがとう」
「まぁ、相手が悪かったな。ありゃあオレでも
ヒルベルトさんはため息をつきながら、まだ困ったようにインタビューされているセルマさんを見ていた。
「えっ、ヒルベルトさんてa-3級じゃなかった!?」
「そうだよ。でもあぁいうのは普通の人間の範疇を越えてる。
満身創痍の状態からあの“
そんな化物に善戦したんだから誇っていいとおもうぜ?」
どうやらヒルベルトさんは、私を励まそうとしてくれてるらしかった。
ここまでお膳立てしてくれたのに結局勝てなかった私に、イヤミのひとつも言わない。
最初は怪しい人だと思って警戒していたけれど、もう自分の中で完全に、彼を悪人だとは思えなくなっていることに気付いた。
「とは言え、アデク隊の参加者は全員2回戦突破か。
教え方がいいんだか、他に何か持ってるんだか」
「あっ、スピカちゃんもゴールしてる! よかった……」
トンネルで会ったときはかなり不安そうだったけれど、きっと一晩中一人で進み続けたに違いない。
同じ隊だった彼女が活躍しているのは、何だかんだ言って自分のことのように嬉しかった。
「何にしても、テイラーのゴールにこぎつけられたのは、オレたちの勝利と言ってもいいんじゃあ、ないか?」
「エリーさんの実力だよ」
「どうかな、あの調子じゃああっちは次からはもっと苦労するぜ。
もう少し頑張ってもらわないと、困るんだけどなぁ」
ヒルベルトさんは、そう言うと軽くため息をついた。
「あの、2人とも……」
「ひえっ!」
突然後ろから声をかけられて振り替えると、エリーさんが中腰で申し訳なさそうに立っていた。
「ビックリした、何で気配消してるんだよ」
「エリーさん、ゴールおめで────」
「お2人とも本当にありがとうございましたっ!」
言い終わらないうちに、エリーさんが全力で頭を下げてきた。
その勢いに、もう一度ビックリする。
「どどど、どうしたの!?」
「今回お2人の協力がなければ、3回戦へ進出は出来ませんでした。
ヒルベルトさんの言う通り、私1人じゃ何も出来なかったですから……」
「あ、さっきの聞こえてた? そこまで言ってないけどね」
気まずそうにヒルベルトさんは頬を掻いた。
「だから、このご恩は必ずいつかお返しするので────」
「あー、いいよいいよ。そもそもエリーさんへのお礼に協力申し出たんだから」
それを繰り返してたら、お礼のお礼がグルグル回ってしまう。
「オレも同じく。別にいいよ、仕方なくやったことだし。
わざわざ律儀にどーもね」
「でも、お2人とも私に構わなければ、突破できたかもしれないのに……」
「それは違うよ! 3人で最後まで協力できたから、ここまで来れたんだよ!」
そう思うと、最後にセルマさんと競い合えたこと、自分の実力や弱点が知れたことは、とても幸運だったと思う。
最後はがむしゃらに頑張れたし、今の私にとっては何よりも最良の結果だ。
「負けたけれど、後悔はないよ。何だかんだで楽しかったし。
エリーさんやヒルベルトさんと組めて、本当に良かった」
大変だった試合。結果はどうあれ、そう、心から言えた。
「まぁ、オレもあの双子にやられたのは君と別れた後だしね」
「そう────ですか……」
エリーさんはまだ何か言いたそうだったけれど、やがて辺りにお知らせが響いた。
「あ、参加者の会見やるみたいだぜ。まぁ勝ち残ったんだし、オレらのことは気にしないでいいからさ。
これで遅刻じゃあ締まらない、早く行った行った!」
「────分かりました、でもホントにいつかお礼させてください。じゃあっ」
エリーさんはそれだけ言い残すと、足早に走って行った。
その背中を見送って、私たちはまた2人に戻る。
「律儀だよね、エリーさん。でもあの人だけでも残れて良かった……」
「そうだな、君はよくやったよ」
「うん、うん……」
気付くと目元の辺りがつんと痛くなって、雫が流れてきた。
エリーさんは素直に勝ち残れて良かったと思っているし、セルマさんとも競い合えて良かったし、私たちが協力できたからここまで来れたって言うのも、ウソじゃない。
でもウソじゃなくても、悔しい気持ちや届かなかった切なさは揉み消すことはできなかった。
エリーさんに会って、その気持ちが爆発してしまった。
「ありがとうヒルベルトさん、エリーさん行かせてくれて。
あんなこと言ってる前じゃ、泣けないもんね……」
「んぁー……」
自分でも気付かなかったけど、ヒルベルトさんにはそんな気持ちもとっくにバレてたのかもしれない。
何せ、彼は心が読める能力だもん。
「あーあ、負けちゃった! 来年頑張んなきゃ!」
「おっ、いいな。その意気だアリスガーデン、来年こそはオレも勝ち残るぞ!」
「うん、お互い頑張ろ。絶対強くなってこの国に私の名前を轟かせてやるんだから!」
こうして私の長かった大会が、幕を閉じた。
悔しさと満足感────今回の経験できっと何か変わった私は、きっとこれからも新しい小隊のリーダーとして頑張れそうだった。