街を越え、こちらに近づく「何か」の轟音が聞こえる。
黙視できる距離だ。それが瞬きほどの間に距離を詰めてくる。
「やっぱりアイツらかよ……」
ヒルベルトさんがそう呟く。やっぱり、相手は例の後輩だったようだ。
「ヒルベルトさん! ヒルベルトさ────」
「少し静かに……」
彼が眼を瞑り2本のナイフを構えた瞬間、ついに接近してきた3人が眼前にまで迫ってきた。
「飛雷光流────」
彼が上空に飛び上がった瞬間、高速の物体がそこへ激突する。
それが両者ぶつかると覚悟して、しかし眼を離さすその瞬間が眼に焼き付いた刹那────
「斬!!」
迫る物体が3つに割れ空中分裂する、その一瞬を捉えた。
「くぎゃっ!」「ぎゃあぁぁっ」
「2人とも!?」
その3つの分裂体は叫び声をあげながら、あらかじめ、決まっていたように、私の展開した重力の歪みに飛ばされていった。
「えっ……」
3人が地面に落ちてからようやく思考が追い付く。
ヒルベルトさんは相手の通る空中のルートを予想して私の能力を展開させ、そこへ至るまでの瞬間に彼らを繋ぐ器具を粉砕して見せたのだ。
お見事────!
「ま、こんなもんか。この狭い道じゃ、通る場所なんてあらかじめ決まってるようなものだからね。
クララとアリアの躍進劇も、ここまでってことだ」
「ううぅん、やられた……」
「セルマ、バリアは?」
地面に落ちた左右の2人が起き上がると、もう1人もすぐに飛び起きて、私たちと距離をとった。
「うぅ、バリアがなんか切られた……!
嘘でしょ、ナイフに破られるなんて、こんなこと初めて!」
「“魔力纏”ならこれくらいは出来るんだぜっ、てね。
でも、2人ともずいぶん素晴らしい仲間を見つけてきたじゃあ、ないか?」
そう言って、ヒルベルトさんはセルマさんを指差した。
「あっ、セルマさん……」
「ん? レベッカさん!? 久しぶりね!」
彼女が手をブンブン降ってきたので、私も軽く降り返す。
なんか緊張した場面なのに、セルマさんの明るい性格で少し緩んでしまった。
「げげ、ヒルベルト先輩……セルマ手降ってる場合じゃないよ!
あの上裸の人、相当やべぇよ~……!」
「上裸で悪かったね、上裸で」
そう言いながら、ヒルベルトさんはようやく地面に落ちていた服を着た。
ホントにただ脱ぎたかっただけなんじゃないだろうか?
「私の先輩で、よく2人で模擬戦に付き合ってもらってるの。すごく強くて……」
「ねー、今のところ248戦248敗だね」
「うわぁ、絶望的。2人とも負けまくってるわね」
セルマさんはそれでも向き直ると、私たちに言った。
「早くしないといけない。ここ、通してもらえますか?」
「あんだけ豪快に切られといて、よく交渉が成立するとおもったね。い・や・だ」
「私もちょっとムリ、かなぁ……」
正直セルマさんは恩人だし、あの時のお礼もまだ出来てないから断るのは申し訳なかった。
けれど、ヒルベルトさんもいる手前「はいどうぞ」と通すわけにもいかない。
「誰かが先にゴールしちゃうことを気にしてるのかい?
今のオレの水晶は16位、長い時間このアリスガーデンと道を塞いでたから、ここからゴールまで参加者はいないと考えていいだろうよ」
そんな私の心境も知らず、彼は3人を煽る。
「この中から、ゴールできるのは1人だけ……?」
「君お気楽だね。後ろから別の参加者がやってきたらどーすんのさ」
一色触発の空気────そしてその横で、双子が杖を構えた。
「ねぇ、セルマ。あのさ……」
赤い髪の彼女が、セルマさんにコソコソと耳打ちをした。
「昨日からヘトヘトだと思うけど、やれる?」
「どうかしら……頑張ってみるけど……」
「オーケー、やれるだけやってみよ。えいっ」
緑髪の子が杖を振るうと周りの砂が巻き上がり、目の前が塞がれた。
「うわっ! 眼にゴミが入った!」
「しまった……」
横のヒルベルトさんは眼を細めつつ、苦々しく言った。
「やられた、オレの能力対策! まさかこのまま突破する気か!?」
「えっ!」
ヒルベルトさんの能力は眼を合わせなければ発動しない。
それを知ってる双子に対策されたんだ!
「させない、今霧を晴らすから!」
「やったれ相棒!」
「うるさい黙ってて!」
しかし、重力を操作しようとした瞬間、目の前に影が迫ってきた。
「させないわ!」
「ぐっ────」
セルマさんに吹き飛ばされて、私は地面を転がる。
そこへさらに追撃とばかりに彼女のバリアが覆い被さった。
「ど、どかしてセルマさん!!」
「ごめんねっ! ここまで来てくれた仲間のためにも、ここは譲れないわ!」
「っ────」
重力操作を使って力ずくで引き剥がそうとも思ったけれど、動かない。
バリアには効かないんだ────!
「くそっ、何なんだお前ら!」
そしてヒルベルトさんは、向こうで双子が身体をガッチリとホールドして、動けなくなっていた。
筋力で無理矢理覆そうとしているけれど、どうやら身体強化の魔法を使ってるらしい。
「ありがとう2人とも、今のうちにその人の水晶破壊を────」
「まってセルマ、今近づくのは危険だよ~!」
「え?」
赤髪の子に止められて、セルマさんが戸惑う。
「私たち考えたんです、どうやったら眼を見て心を読めるヒルベルトさんに勝てるか……」
「ねー、セルマに警戒してるうちに、私たちが動きを止めるの」
「確かに、対象が多ければお前らへの警戒度は自然と下がるし、こうなっちまっちゃオレの能力も形無しだ。
それで、それから────?」
時間が経つにつれ、だんだんと彼の身体がホールドを無視してギシギシと動き始める。
すごい怪力だ────
「前にもやったけどこうやって2人で身体強化しても、押さえつけるのがやっと。
下手にセルマが近づいたら、どうなるか分かりませんし~」
「ねー。それに、セルマに手伝ってもらっちゃ、ズルじゃないですかー」
そして2人の身体が発光し始めた。
ヒルベルトさんは諦めたように眼を閉じる。
「クソがっ」
「じ・ば・く・です!」「ボ~ン!」
ドンッ────と。
強烈な閃光と共に、目の前の3人が爆発に包まれた。
「まさか、自爆!? こんな作戦────!」
隣を見ると、セルマさんも唖然としている。あ、作戦知らされてなかったんだ。
いや、それがヒルベルトさん対策で功を奏したのか────
何はともあれその隙に、私は押さえつけたバリアと地面の間から脱出をした。
「っ────あっ、2人とも!!」
「ヒルベルトさん! 大丈夫!!」
我に帰ったセルマさんと、まだ視界が晴れない中近づくと、向こうから声が聞こえてきた。
「これで249戦248敗1引き分けですねー」
「ちっ……」
爆発による土煙と閃光が晴れると、そこにはヒルベルトさん1人が立っていた。
「ヒルベルトさん! だ、大丈夫!?」
「いや、見りゃ分かるだろ。大丈夫じゃないよ、ほらほら」
「えっ、そんな……」
手から溢れ落ちたのは、彼の砕けた水晶だった。
ここまで来て、チームメイトであるヒルベルトさんが失格になってしまった────
その事実が、私の心に重くのしかかった。
「お前らは?」
「私もダメ~」「ねー、これは再起不能」
自爆を仕掛けた2人も、ジャラジャラと砕けた水晶を取り出す。
「でも私たちは満足だよ。始めてヒルベルトさんから引き分けに持ち込めた!」
「ねー、大進歩! だからセルマも、心置きなく行って?」
ボロボロの2人は、それでも満足げだった。
「お前もだ! オレに構うな! 行けっ、アリスガーデン!」
「っ────!」
大声で弾かれたように、私もまた我に帰る。
「色々と悪かったな、期待してるぜ?」
「分かった……ヒルベルトさん、ありがとう!」
数歩先、杖で飛び始めたセルマさんを、私は追う。
もうとっくにボロボロなはずなのに、不思議と少しの力だけは沸いてきた。
「ありがとう2人とも! ごめんね! 絶対負けないから!!」
双子に声をあげるのは、あの日私達を助けてくれた人。
ある意味私の、目標とも呼べる人────
だからこそ、私はセルマさんに、負けたくない!