第5のチェックポイントを通過したエリーさんを見送ってから、どれくらい経つだろう。
押し寄せる参加者、私達はそれを水晶を守りながら2人だけで必死に止め続けていた。
「意識はあるか、アリスガーデン?」
「もちろん、あるよ────貴方こそ大丈夫なの?」
「言うねぇ……」
ようやく参加者が少なくなってから、疲労が突然押し寄せてきた。
2人ともかなりの強がりだ、意識を保つのがやっと。
地面の上で大の字になっても、荒い呼吸が落ち着かない。
「何人、倒したのかな……?」
「20を過ぎた辺りから数えるのを止めた。
中々どうして、骨の折れる仕事じゃあ、ないか」
「それエリーさんに言うのは止めてあげてね、気にしちゃうから」
とは言え、これ以上やってくる参加者を止めるのは体力的にも時間的にも厳しい。
それは隣のヒルベルトさんも同じようだった。
「そろそろテイラーも、ゴールにたどり着いた頃だろ。オレたちも先へ進もうぜ」
「うん、そうだね……」
水晶を見たら、数は16位になっていた。
もしかしたら途中、脱落者が出たのかもしれない。
頑張れば今からでもゴールできるはずだ。
「ま、テイラーがその脱落者かもしれないけどね」
「イジワル言わないで……」
「アハハ、まぁ彼女なら大丈夫だろ。
それよりオレたちにゴールする体力があるか、オレたちのどちらかがゴールしたらどうなるか、だよな」
それはレースが始まった辺りから、少し気になってる。
3回戦に上がれるのは16人。エリーさんがゴールしてもう1人が16番でゴールしたら、最後のチームメンバーはやっぱり勝ち残れないのかな。
「ま、それじゃあ今からオレらはライバルか」
「今さら闘えないよ、体力的にも私は……」
「ふぅん。じゃ、遠慮なくオレが先に行かせてもらおうかな」
ヒルベルトさんはそう言って2,3歩進んだけれど、すぐに足を止めた。
「あれ、何だ?」
「へ?」
彼は鞄から双眼鏡を取り出すと、西の方を覗く。
「何かあったの?」
「あぁ。しかも、とってもマズいかもしれないよ。君も見てみるといい」
そう言ってヒルベルトさんは、双眼鏡を投げて寄越した。
「うわっとと、落とす!」
「浮かせればいいだろ」
「あっ、そっか……」
まだ自分の能力には慣れない。
落としそうになった双眼鏡を地面ギリギリで止めて、私は同じ方向を見た。
向こうには、今日通ってきたグロリア・リバーが見える。
あの先南に辿ると河口、そしてミューズの街へ着くのだけれど────
「なに……あれ??」
川岸に砂ぼこりを巻き上げて、超高速とも呼べる速さで移動する「何か」が移動していた。
しかもそのまま、ミューズの街の方へ向かっている。
「遠くて全然見えないけど何あれ……? 速すぎじゃない!?」
「参加者が移動してるのかもな。だとしたらすぐに追い付いてくるんじゃあ、ないのか?」
「うっそでしょ……」
今もうボロボロなのに、あんな速さで近づいてくる相手なんか止められない。
先に行くライバルたちを、見送るしかない────
「やっぱり、ここに来て本気を出してくる参加者も多いのかもね。
君が最初から本気を出してはくれなかったのと、同じことだ」
「うっ……」
確かに、私の能力を使って3人浮かせてコースを移動すれば、もっと速く移動できたかもしれない。
ヒルベルトさんが信用できなかったから、いざエリーさんと逃げるというときのため────だったんだけけれど。
結局ヒルベルトさんは私達の心を読めるわ、昨日の晩以降何も企みを実行しないわで、ただチームの遅滞に繋がるだけになってしまった。
「いや確かに我ながら、オレの行動は君たちからしたら怪しかったろうよ。
申し訳なかったと思うし、君のように簡単には人を信用しないのも時には必要だしね」
「うん……」
「それに長くは使えないんだろ、その能力も?」
確かに私の能力は制限もあって、無限に使えるわけじゃない。
全てお見通しって訳ね────
「そうだよ、確かに私達3人でずっと移動するのは無理かな。
やったことないけど、しばらくしたら能力使えなくなっちゃうと思う」
実際今も後続の参加者との闘いで、半分くらいはちからのストックを使い果たしてしまった。
「髪の色が、半分くらい白から緑に変色してるね」
「うん、緑がもとの色なんだけど、髪の毛が白い部分は能力の残りゲージみたいな感じ。
体力とは関係ないけれど、その分調整が難しくて」
「なら、まだ能力は使えるんだな? 少し協力してくれ」
そう言うと、彼は街へと続く道の先を見据えた。
「さっき川の方を移動していた奴らには、心当たりがあるんだ。
どうせあの速さじゃ、じきにあいつらも追い付いてくるだろ。
この先にいい場所がある、オレたちで最速の参加者とやらを迎え撃ってやろうじゃあ、ないか」
※ ※ ※ ※ ※
しばらく進んだ林道の真ん中で、私たちは敵を待ち受けることにした。
と言っても、私はヒルベルトさんの指示に従うだけなのだけれど。
「あの辺の重力を、あっちの方に曲げられる?」
「えっと────こう?」
「そそ、いい感じ」
ヒルベルトさんは石を投げて重力の変化を確認する。
改めて考えると、これを自分でやっているって不思議な感覚だなぁ────
「なにボーッとしてるのさ。そろそろ敵が来るから構えててよ」
「あ、ゴメンゴメン。ごめんなさい」
「しっかり集中しててくれよ。ふぅ……」
そう言いながら彼は突然、上半身の服を脱ぎ出した。
えっ────!?
「えっ!?」
「あっ、しまったごめん」
ヒルベルトさんはそう言いつつも、服を着るどころかその場に捨ててしまった。
「イヤッ、何変態! イヤーーッ! 服着て!! て言うか来ないで、話しかけないで!」
「違うからな!? そう言う趣味で脱いだ訳じゃあ、ない!」
「じゃあ何で!?」
彼は上半身裸のまま、悪びれもなく腰につけたナイフを2本、クルクルと回した。
「前の隊の時から所属が男所帯だからつい、デリカシーってもんを忘れちゃうんだ。
「は、はぁ……」
そう言いつつ、どうやら着るつもりはないみたい。
まぁ、ホントに変な意図はないみたいだし、もう時間ないから、どうでもいいか────
「“
「馬鹿にしないで、それくらい知ってる」
「それは人間の身体でも応用できるんだよ、人体じゃ大した威力にならないけどね」
彼は敵が来るであろう方向を見据えながら言った。
「でも、身体に薄く纏わせることで、別の使い方が出来る。
例えば鼓膜で音を感じるように、周りの何かの接近を空気で感じたり」
「船で使った魔力レーダーみたいな事?」
「そうだね。ま、あそこまでの精度を出すには相当極めなきゃ難しいだろうけど。
眼を合わせれば心を読めるオレは、その方法にも少しだけアドバンテージが生まれるのさ」
彼はそれ以上しゃべらなかったけれど、それでも自分は出来る、言っているようなものだった。
「眼で追ってちゃ、あの猛スピードで移動する人たちは捉えられない。
幸いにも双眼鏡で覗いたらどんなヤツらか分かったよ。多分、俺の後輩たちだ」
「後輩さん?」
「そ、オレの隊の後輩とその双子だ。だから俺もプライドをかけて、アイツらは止めなきゃいけないってワケ」
ちょうどその時、向こうの方から土ぼこりと共に何かが此方に迫ってくるのが見え始めた。
「ミューズ街を出たな────ぶつかるぞ!」