水中での戦いが終わり、私はなんとか水晶を守ることに成功した。
正直、自分でもなぜ勝てたのかよく分からないけれど────
そしてきーさんは再び船に戻り、私たちはミューズへの船旅を再開した。
「いやーまったく、自分でやっといて溺れかけるとかマヌケだよね。
たまたま猫ちゃんがうまく目印になってくれたおかげでこちらで拾えたけれど、見つけられなかったらどうするつもりだったのさ」
「そうだよまったく!! 無茶しないでよ!!」
2人に怒られながら、私はきーさんの船の上で寒さにブルブルと震えていた。
さっきまでは身体を魔力で暖めつつ気合いで誤魔化していたけれど、限界が来てもはや凍え死にそうだった。
ヒルベルトさんが出してくれている火の魔法に、なんとか暖まっている状態だ。
「まぁそう言うなヒルベルト・セッツロ、ああでもしなければ彼女は此方に勝てなかった。
それは間違いないだろう、讃えてやるべきでは?」
フォローをいれてくれたのは、ついでに乗り込んできたソルドさんだった。
水晶が砕けたことですでに敗退はしているけれど、戦闘に出ているわけでもないのでこうして一緒に移動するくらいは、ルール上問題ないだろう。
「相変わらず自信満々な上に甘いな、ソルドちゃんは。
じゃあ君が助けてやればよかったんじゃあ、ないのかな」
「そうしてもよかったが、此方は既に水晶が破壊された身。手助けしていれば反則になっていただろう」
それを聞いてヒルベルトさんは、若干顔をしかめた。
彼ではないけど、目を見れば分かる。コイツ相変わらずイヤミが通じねぇなぁ、と目が語る。
「もういいよ、分かった。オレが悪かった」
「はぁ? 分かればいいが……」
こういうやり取り、何回かしてきたのだろう。
若干ソルド
「何にせよ、船にお邪魔させてもらっている身で悪いが、ゆっくり休むといい。
流石に我々以外で、水中を追って来る者はいないだろう」
「あ、あの……ソルドさんは、だ、大丈夫、なンですか……?」
さっきから寒中水泳を散々していたのに涼しい顔────じゃダメなのだけれど、平気そうな顔で船のへりに寄りかっている。
あんな場所じゃ、余計寒いだろうに。
「ん? 此方は問題ないよ。我々の一族は国境に近い北方の民族でね。
身体を細かく振動させて体温を保ち、凍てつく海を泳ぐ方法が、代々受け継がれているんだ。
むしろこの程度は故郷の海に比べれば、何てことはないよ」
「そそそ、それは姉貴だけだろ!」
隣で一緒に乗り込んできたソルドさんの弟が非難する。私と一緒にヒルベルトさんの炎に当たる仲間だ。
「そうか?」
「そうだろ! じゃあ自分の妹見てみろよ!」
「うぶぶぶぶぶ! ざぶいざぶいざぶい!」
先程岸で震えているところをピックアップした妹の方は、さらに壮絶だった。
もう唇なんかは紫になって、もう少し遅かったら凍死してたかもしれない。
「君も大変だね、少し火力強めるよ」
「あぁ、ありがどうごじゃいまず!」
心底ありがたそうに、ヒルベルトさんの炎に近づく。
「やれやれ、我々全員修行のし直しだな」
「あ、そう言えばソルドさん……どうして最後、自分で水晶割ったんですか……?」
彼──いや彼女だったのか、は、最後自分で水晶を割って、自ら戦いを降りた。
でもその後、水に流されずに残っていたところを見ると、真正面から受けてもこらえることが出来たんじゃないだろうか。
もうすぐこの人たちは船を降りるけれど、それだけは聞いておきたかった。
「あぁ、いや普通に疲れたのと、此方は弟も抱えていたので、巻き込む可能性があったからな。
ああして戦闘を止めるのが、我々にとって一番安全だと判断したんだよ」
「あ……あーー……」
つまりソルドさんは、今回の勝利より目の前の弟を選んで、自ら大会を退いたのだった。
彼女の力量なら、頑張れば弟を守りつつ私を倒すことも出来ただろうに、そのリスクを背負わなかった。
でも、と言うことは図らずも私は弟を人質にとってしまったと言うことか。
これじゃあ、向こうはきーさんを狙うと言う選択肢をわざわざ排除して私と戦った手前、なんとも後味が悪い。
参ったな────
「なんか、ゴメンなさい……私必死でつい……」
「いや、あの宣言は勝手に此方で取り決めたもの。
特に気に止めているわけでは────いや……」
言いかけて、彼女は顎に手を当てた。
「いや、確かにそうだ。此方もこのまま引き下がるわけにはいくまい。
しかしこの場で審議するのも無益不毛な話。
せっかくもぎ取った勝利だ、今自身から大会を降りることも、したくないのだろう?」
「えぇ、それは勘弁してほしいです……」
「此方も貴女には出来るだけ健闘してほしい、それが私の強さの明かしにもなろう」
何だ、だったら何が目的だというんだろう?
物の要求か、はたまたそれ以外の何かか────
私が出来ること、あげられるものなど、本当に少ないはずなのだけれど。
「何か妙案があんですかね?」
「あぁ、貴女は来年もこの大会に出場しろ。
それまで今回の勝負は持ち越そう、次回も貴女と戦えるならいい、此方も譲る」
迷いなく、彼女はそう言ったのだった。
なるほど、なるほど、ね────
「えぇー……」
「えー、て。それぐらい良いだろ」
「来年も出ろってことですか、やだなぁ……」
でもなるほど、次回の大会で確実に勝てる相手と、戦う約束を取り付けられるというなら、それはより良い成績を確実に残すために、ひとつ近づけることになる。
ソルドさんにとっては確実にメリットだ、来年のことをもう考えているなんて、恐れ入る。
「エリーさん、それはちょっと違うんじゃない……?」
「え、どういうことですか?」
「それはオレも違うと思うなー」
「…………?????」
まぁ、来年も大会に出なければいけないのはとても嫌だけれど、背に腹は代えられない。
ここで変な遺恨を残したくはないし、私に選択肢はないだろう。
「分かり……ました。来年、お相手お願いいたします……」
「あいわかった、それまでお互い鍛練を怠らぬようにしよう」
そんな不安なことを言って、ソルドさんたち3人は船から降りていった。
※ ※ ※ ※ ※
「ようやく出ていってくれたね。オレ、アイツが苦手なんだよ。冗談つーじねーし」
「でしょうね、眼に出てました」
ようやく乾いた服を着て、私はヒルベルトさんのぼやきを聞いた。
まだすごく寒いけれど、そうのんびりもしてられないだろう。
「あのそう言えば、まだお2人にお礼言ってませんでした。
助けてくれて────あと、協力してくれて、ありがとうございました」
「まぁ、約束は守るよ。それに礼ならレベッカに言ってくれ。
オレは上からあの弟を投げ込んだだけだし」
確かに、ヒルベルトさんにも感謝しているけれど、今回のキーはやはりレベッカさんということになるだろう。
戦いの最中船に変身したきーさんを通して伝えてくれた、彼女の固有能力【ロード・コンダクター】は、ちからの方向を操ることが出来る能力らしい。
以前試験の時覚醒して、それから能力監査機構にてちからのコントロールをこなしていたという話だったけれど、能力の詳細までは知らなかった。
レベッカさんが自分とヒルベルトさんを浮かせて水に落ちないようにしたことで、私はソルドさんのように落ちてきた誰かを気にすることなく、最後に技を放てた。
今回彼女が協力してくれたので、誰も欠けることなく残れたのだろう。
「ありがとうございました、レベッカさん」
「いいんだよ、あの時は本当にマズそうだったし。
本当はヒルベルトさんが何かした時、逃げ出せるように隠しておいたんだけど、どうせ目を見てバレてるなら意味ないでしょ」
「まぁ、知ってたしね」
「ぶー……」
不満そうなレベッカさんだったけれど、彼女も一応はヒルベルトさんを信用し始めてくれたみたいだった。
でなきゃ、彼も一緒に助けたりはしなかっただろう。
「よし、そろそろミューズだな。いい感じに順位も上がってきたじゃあ、ないか?」
「あぁ、順位。そう言えば────」
寒くてそれどころでなかったので、しばらく水晶は覗いていなかった。
かじかむ指で懐から取り出してみてみると、そこに表示されていた順位は、20位だった。
「おぉ……」
「相当上がってるね!」
「でもあと一息、ギリギリで逃す可能性もあるな」
船の操縦をしていたヒルベルトさんは、振り返らずに言った。
そしてその向こうには、ついにミューズの街が見えている。
この船での移動もそろそろ終わりか────
「アリスガーデン、さっき言った方法、そっちが乗るならオレはやるぜ。どうする?」
「────分かった、この際私たち協力しよう。勝ちを目の前で逃すわけには行かないし」
そして、そっと目配せをする2人。
「へ、何かあるんですか……?」
それは2人が考え出した、この長い長いレース最後の一手だった。