肌寒い冬の風が吹き抜ける────
パチパチと焚き火の弾ける音、どこか懐かしさも覚えるような心地よい音色に微睡みながら、私は重い瞼をあげた。
「うぅ────」
「あ、エリーさん……! よかった……!」
気付けば森の中、スピカちゃんに膝枕をされていた。
重く身体を何とか上げると、その場にいた人たちがこちらに注目している。
ヒルベルトさん、レベッカさん、スピカちゃんと──彼女のチームだった2人だ。
「起きたか」
「えぇ、すみません。助けてもらったんですよね……」
気を失う前なので朧気だけれど、崩れる壁からスピカちゃんが髪の毛を張って助けてくれたこと。
レベッカさんも私を助けようと走ってくれたことを、うっすらだけれど覚えていた。
そしてもう一人、倒れた私の襟を引っ張り上げ、洞窟から救出してくれた人がいたはずだ。
「ヒルベルトさん、ですよね。倒れた私を運んで脱出させてくれたの」
「そうだよ」
「皆さん、助けてくれてありがとうございました……」
どうやら洞窟の外まで運ばれた私は、そのまま暖かい毛布にくるまれて、看病してもらっていたようだ。
辺りはすっかり夜に染まり、静かに森がざわめく音と、焚き火の音だけがその場を支配している。
近くで寝ていたきーさんは片目だけ開けて私の無事を確認すると、またスースーと寝息をたて始めた。
「スピカ、その子は目覚めたみたいだ。休憩時間の確保は任せて、ここを発った方がいい」
そう言うのは、スピカちゃんのチームメイトだった軍人の2人だ。
一応応急処置はしてあるようだけれど、見るからに怪我が酷そうだ。
「あの、大丈夫ですか……?」
「大丈夫じゃないよ、私たちはこのまま休憩時間を稼いでリタイアするつもり。
君がスピカや私たち見つけてくれたんだってね。助けてくれてありがとう」
「そんな、私は何も……」
結局何もできなかったのだから、私はお礼を言われる資格はないと思った。
結局最後も、感情に身を任せて飛び出してしまったのだし。
「そうだヒルベルトさん、【不屈のアーロ】のことも教えてください。
最後彼が立ち去るのを見たきりなんですが」
「なんで【不屈のアーロ】の事を知りたがるのかな。洞窟の出口で会ったときも真っ先に飛び出して行ったし、知り合いなのか?」
「まぁ、ちょっとした知り合いです。教えてくれませんか……?」
ヒルベルトさんはこちらを一瞬見据えて、ため息をついた。
しかし目を伏せると諦めたように話し出す。
「アイツなら、先に行ってしまったよ。ナルスたちが追いかけたようだけど、あの調子じゃ無理かな」
「そうだね、なんであんな酷い事できるんだろ……
みんな無事────だったけど」
レベッカさんが、許せないとでも言うように拳を固める。
言っても意味はないけれど、私も彼に対するその感情は頷けるものがあった。
「おいおい、テイラーは彼と知り合いらしいよ。目の前でずいぶん言うね」
「あっ、ごめ────」
「いやレベッカさん、彼とは別に親しい訳じゃないですし、私も同意見です」
むしろ大嫌いだ。
しかし何だろう、この違和感は。
メガネをハンカチで拭きながら、ポツポツとしゃべるヒルベルトさん。
やはり
※ ※ ※ ※ ※
「じゃあ、エリーさん、気を付けてね……」
「スピカちゃんも。まだ暗いですから、ゴールまで気を付けてください」
「うん……」
まだ私の事をチラチラと見るスピカちゃんだったけれど、私は先に行くことを勧めた。
彼女は国王の意向で、結果を残せなければ軍を辞めさせる────という条件の元この大会に出ているのだ。
私が足手まといにはなりたくない。
「じゃあ、私たちもここを離れるよ。もう少しコースから外れた安全なところで療養させてもらう」
スピカちゃんチームの2人も、彼女を見送った後ここを離れていった。
そして私たちは元通り、3人と1匹のパーティーに戻る。
それから教えてもらったことだけれど、私が気絶していたのは2,3時間ほどだったらしい。
随分とゆっくりしてしまったな────
「ごめんなさい。私たちも先へ急ぎましょう、話は歩きながらでも」
水晶に表示された順位を見ると58位。
トンネルに入るまでと、ほぼ変わらない順位だった。
「いや、ここで夜を明かす。どうせノルマあるから、休憩はどこかでとらなきゃいけないんだよね。
3人とも満身創痍、ちょうどいいじゃあ、ないか?」
「でも先へ行かないと────」
「エリーさん、協力するとは言ったけど、これ流石に私もヒルベルトさんに賛成だよ。今動くのは危ない」
2人に宥められて、私もしぶしぶ今は先へ行くことを諦めることにして、水晶を地面へ置いた。
私が気絶している時間も2人が水晶の休憩カウントを貯めてくれていたので、稼げたのは約5時間。
ここまでに1時間半ずつくらい休んできたので────
「今から5時間近くは足止め、ですか……」
「まぁ、君の友達の植物ビックリ人間ちゃんのチームじゃあるまいし、上位のやつら程、まだ休憩もとれていないはずだよ。
彼らも同じ時間足止めを喰らっているだろうから、今は焦るだけ無駄無駄」
ヒルベルトさんのその言葉には、納得せざる負えなかった。
仮に今急いて先に進み私たちがゴールしたところで、休憩ノルマ未達成では失格なのだ。
ここは大人しく、休むべき、か。
「まぁ、ここで暇をもて余すのもなんだしさ、テイラー。
少し話でもしないか? 少し込み入った話になる、のかな?」
「話って何を────あっ」
そう言うと彼は突然まさか、地面に置かれた私の水晶に手を伸ばし、それを握りしめた。
「き、ヒルベルトさん!? どうしたの突然!?」
「っ────か、返してください……私の、水晶ですよ……」
「返すと思うか、わざわざ取ったんだぜ」
彼はかけていたメガネを代わりに地面に置くと、こちらを真っ直ぐに見つめてきた。
レンズ越しでない、彼の目線と私の目線が、直接に交わる。
「あなたやっぱり何か隠してた!! 怪しいと思ってたんだよ! エリーさんに何するの!?」
「動くなよレベッカ・アリスガーデン。テイラーの水晶はオレの手元にあるんだ」
この眼、多分本気だ。
少しだけ、彼の手が強く握りしめられるのが分かった。
「それでもこれは、看過できない! ごめんエリーさ────」
「待ってくださいっ」
助けてくれようとしたレベッカさんにも、つい大声で怒鳴ってしまう。
私はこの大会を勝ち抜かなければならない。
だから、ヒルベルトさんに奪われてしまったその水晶だけは、何としても破壊されてはならなかった。
「いい、の……?」
「いいのです、待ってください。
ヒルベルトさんは、何が目的なんですか?」
今この瞬間、彼が私たちを出し抜くメリットは少ないはずだ。
私たちを脱落させたければ、すぐにでも水晶を砕いてしまえばいい。
そもそも今までだってそんなタイミングたくさんあった。
それにまだ休憩時間のノルマも、チームで達成できていない。
今彼が私を脅す理由は恐らく、私の意図しない何かをしたいか、させたいか、だろう。
「目的、と言う程でもないさ。少しだけ、オレの話を聞いてくれればいい」
「話を聞く、ですか……?」
彼は頷くと、自身の上着を脱いで手に持つ私と自分の水晶をくるんだ。
「アリスガーデン、アンタの水晶の分も頼みたいんだけど」
「え、いやだよ……」
「いいや、テイラーに協力すると言ったんだ。
なら、それくらいやるだろ?」
レベッカさんもしぶしぶ、上着を脱いで水晶をくるむ。
やはりその顔は、不服そうだった。
「地面に着けないで、時間を稼がないようにさせるつもり?」
「ちがいますよね。これ────防音のためですよね?」
「正解だ」
水晶は中継のために使われているかもしれないと、先に話したところだった。
今から、よほど聞かれちゃ不味いことをするのだろう。
「何ですか、話って……」
「時間はたっぷりあるんだ、まずはオレの固有能力の話さ。
オレの能力は眼が合った人間の、心を読むことが出来るんだ」
「えっ!?」
一歩引いたのはレベッカさんだった。
なるほど、確かにいままで心を読まれていたと言うなら彼の見透かしたような発言や、先を読んだような行動も分かる気がする。
レースのスタート地点で初めて会ったときも、レベッカさんのことを「安全だ」と断言していた。
他にも相手の隠してある水晶の位置を正確に把握ていたり、先ほども会話の一歩先を読んだりと、思い返せばそれに繋がる要素はたくさんあった気がする。
「そうだよ、君の思い返している場面は、全て能力を使って、オレが心を読んだから出来た」
「────っ……」
どうも心を読まれると言うのはスッキリしない。
一瞬不意打ちでも試みようと思ったけれど、それも私の眼を真っ直ぐ見ている彼相手では、無駄だろう。
「不意打ちは諦めたか? 賢いじゃあ、ないか」
「私の行動はお見通し────と言うわけですか」
「あぁ、だけれど、この能力も万能ではなくてね。
相手の次の行動くらいなら簡単だが、より深く知りたければ長い時間眼を合わせなければいけない。
お互いまばたきも許されなければ、知りたい情報を正確に思い起こさせる必要もあって、やっぱり万能とはいかないんだよ」
そういいつつ、彼は尚も眼を逸らさずに言う。
「それで、オレはレースのスタート地点で、見たんだよ。
君の思考の一部を。君がこの大会に参加する動機を」
「えっ……」
それは、あまりにも不覚だった。
想像すること、思い起こすこと、は止められないとしても、眼を見られただけで私の全てを見られるだなんて、完全に不覚をとられた。
「どこまで、ですか……?」
「ホンの一部だよ。君が、この大会で何か大きな事をしでかそうとしていること。
それがさっき洞窟で戦った【不屈のアーロ】と関係していること。
君が計画するそれが成されれば、国が傾くほどの大きな事態になると言うこと!!」
間違いない、彼は段々と確信に迫ってきている。
私がこの大会で何を目的としているのか、それを知ろうとしている。
だから周りに聞かれないために、水晶に布を巻いたのか────
「最初はまさかと思っていたけれど、念のため君と同じチームになって正解だった。
さっきアーロを見たとき、それを確信したよ。
何度か一緒に仕事をしたことがあるけど、アイツはああいう事をするやつじゃない、と思う」
「でしょうね、彼は本物の【不屈のアーロ】ではありません」
「そこだよ、オレが気になっているのはそこだ」
ヒルベルトさんが、グッと前に一歩乗り出してきた。
「何故それを知っている?
オレのように心を読めるわけでもないのに、何故それが分かる?」
「それは────言えません。知られたくない、です」
「それでも、アーロかアンタのどちらが敵か、それとも両方か。
それが分からない以上、安全性は確かめなきゃならないでしょ、軍人として。
なぁ、オレから眼を逸らすなよ……」
濁す私に、ヒルベルトさんが尚も詰め寄る。
もう彼と私の間には、そう距離がなくなっていた。
「まぁ、いいよ。
オレの能力は眼を合わせた相手の思考を読むけれど、相手の過去の全てを読むことが1度だけ出来る。
眼を合わせる必要はないけれど、それには条件が重要なんだ」
「条件、ですか?」
ならその条件を達成される前に、逃げられるかも。
こう心を読まれた状態では、難しいだろうけれど────
「あぁそうだよ。オレはこの固有能力の名前を相手が知った瞬間視界にいれば、過去の出来事が読みとれる。
そしてオレは、アンタの能力も把握済みだ」
「それって─────っ」
回避しようと耳を塞ごうとしたけれど、遅かった。
いや、どちらにしろ耳を塞いだ程度。
わずかでも声が聞こえる限り、音が届く限り、【コネクト・ハート】は止められない。
どんなに嫌なことを言われても、どんなに知りたくないことでも、どんなに残酷な事実でも。
この能力は声が届く限り全ての障壁を越えて、私の脳を貫く。知ってしまう。
それが、絶対条件の必定要素なのだから────
「悪いが、公共のためだ。見るぞ、エリアル・テイラー。
オレの能力の名前は【マインド・リーディング】。
さぁ、