あれは────そう、3年ほど前の暑い日だった。
私がまだエクレア軍に入隊したばかりで、ようやく3ヵ月が過ぎた頃。
私たちの教官で上司でもあったヴェルド・コゼット教官が暗殺され、亡くなった。
尊敬していた身近な上司の死────
軍人という立場上身近な人の殉職もあり得ることだったけれど、私はその当時も今も、覚悟なんかこれっぽっちも出来ていなくて。
自宅待機の間毎日心が沈んで、部屋のスミでじっとしている日々が続いていた。
そして長い長い軍での待機と尋問の後、私は同じ隊のミリアたちとは別れ、バルザム隊という部隊に配属になった。
新しく配属になった小隊では人間関係はもう出来上がっていて、訓練でも会話でも私の入る隙は中々なかった。
他の隊員たちも私の事情を知っているので、必要以上に気を使われたことを記憶している。
「た、大変だったねエリアルさん……」
「無理しなくていいから! それオレたちがやっとくから!」
下手に触れられるのは嫌だったけれど、そうやって腫れ物を扱うように接してほしかった訳じゃないのに────当時はそんな、身勝手なことを考えていた気がする。
みんな私に気を使ってくれるような優しい人だった。
何はともあれ、新しい隊でも、私が頑張ればきっと上手くやれたはずだった。
だから、その後私が昇進できずに隊の人たちから疎外されていたのも、きっと私のせいなんだろう────
「バルザム教官、これ完成した資料です」
「あ、そ。どうもね」
私の隊長になったバルザム教官は軍の幹部も勤める、忙しい人だった。
今回もそれだけ言うと、彼は資料を受け取って行ってしまった。
バルザム教官はとても優秀な人で、まだ20代の若さで軍の十人の幹部の一人に抜擢されたほどだ。
部下にも同僚にも優しく、とても気遣いのできる人らしいけれど、入隊してもう数週間。
話す機会が少ないのもあるけれど、彼が私の眼を見て話してくれたことは一度もない。
尊敬しているからこそ、少し残念だったけれど、私なんかに構ってる暇がないのは当然の事だ────
「テイラー! 半周遅れだ、早くしろ!」
「はいっ」
訓練では長い自宅待機のせいで、周りからは技術面も体力面も置いていかれてしまっていた。
追い付きたくとも、元々運動のできない私にはかなり厳しい事だった────
「……………………」
家に帰りながら、ボーッと空を眺めた。
まだきーさんにも出会っていない頃だ、家に帰れば当然ひとり。
たまに厳しいけれど面倒見がよく頼りになる優しい上司、気を遣う必要のない仲間たち、環境で居心地がいいと思えていたのはホンの数ヵ月。
いまは遥か遠くに、その思い出さえも消えていきそうな気がする。
ミリアは忙しいようで隣に住んでいても最近は会えていないし、イスカも自分の夢のために頑張っているので邪魔できない。
バイト先の人たちは優しいけれど、そこへも最近はキツくて行くことが出来ていない。
なんと言うか、あの時の仕事は孤独だった────
『ただいま……』
鍵を開けて、誰がいるはずでもない自宅へと帰る。
今日も本当に疲れた、早くベッドで寝たい────
「よぉ、エリアル。勝手に邪魔してるぞ」
「ごめんね~」
「えっ………………おおおお、おわっ!」
急に自分の家で声をかけられて、心臓が止まりそうなほど驚いた。
私はとっさに数歩後ろに下がり、バランスが保てずにしりもちをつく。
「おいエリー、驚きすぎだろうがよ」
「まぁそりゃ、家に帰ったら友達が先にくつろいでたら、普通に驚くよねぇ」
そこで私が見たのは、ロイドとイスカの姿だった。
私が帰ってくるより先に家にいたのだ。
「な、何ですか……」
「あーちょっとね、用事があって。外で待ってるのもあれだから、勝手に上がらせてもらったよ」
「まぁ許せよな、結構重要秘匿なことだからよ」
そういってイスカは、私の部屋から勝手に出した飲み物をグラスに注いだ。
「僕もララ隊で大変だけど、お互い頑張ってるよね、でいいのかな?
最近会ってなかったから、とりあえず最近の話を聞かせてよ。いいよねロイド?」
「ん……急いでるんだけどな、まぁいいか」
そうじゃない、私が聞きたかったのは、2人がここに来た用事でも、なぜ勝手に家に上がり込んだのかでもない。
もっと、違和感、異物感、問いただすべきことが大きすぎて、私はしりもちのまま身体を動かせなかった。
「そうじゃ────そうじゃないですよね……?
あなたたち2人は、だ、
私は、2人に率直な疑問を投げかけた。
「おいおい、今さら知らねぇ人のフリですよってか?
そんなに勝手に家にはいられたのが嫌だったか?」
「そ、そうじゃなくて────2人はそんな
そう、2人は確かに見た目は私と同期のロイドとイスカだ。
ただそれは見た目だけ、声も似せてはいるけれど、聞こえてくる感覚が、全くもって本人たちとはかけ離れている。
なんというか2人とも、重く凄みのある声で、それでいてこちらを品定めしているような────
「ぁ、あぁ……あなた逹は、だ、誰ですか……?」
だから、私の感じた違和感や疑問は、その震えながら絞り出した問いかけに、収束されていた。
私の同期を偽って私の家に勝手に上がり込み、私をなぜか騙そうとしている、目の前の2人組────
「ほう、なるほど? 固有能力【コネクト・ハート】、個人の識別に対しても有効か」
私の言葉を受けて、ロイドの口調が突然、深く圧力のある声に変わる。
その一言は、間違いなく彼がロイド自身ではないことを示していた。
「でも認識阻害、までは流石に見破れなかったですね。惜しいわ」
イスカもだ。声が穏やかだけれど、それに対してどこか奥に闇と貫禄を兼ね備えた、女性の声に変わった。
「えっ、うそ……」
瞬間、2人の顔の皮膚がドロドロと熔けて、崩れていく。
いやそれだけじゃない、私の部屋だと思っていた場所も、壁や家具がドロドロと熔け出して、中から別の模様の壁が浮き出てくる。
「こ、これは……」
「認識阻害の魔法です。貴女にかけることで、ここを自身の部屋だと思って、帰ってくるように細工させていただきました。
誰かに入るところを見られては、不味いので、ね」
「えっ……?」
そういえば、ここまでどうやって来たのか、ここがどこだかも全く思い出せなくなってしまった。
一体何のために、目の前の2人は、私にそんなことを────真っ先に頭を過ったのは、ヴェルド教官を殺した犯人の事だった。
私は先日軍で尋問されたとき「もしかしたら訓練所から立ち去る時、ヴェルド教官の叫び声を聞いたかもしれない」と、しゃべったのだった。
自分の声も聞いたかもしれないと思った犯人が、私を殺しに来たのか────
「あっ……あっ……」
逃げなきゃ────そう思いつつ必死に下がったけれど、恐怖ですくんだ足は動かなかった。
その間にも部屋全体がドロドロと溶けた光景は消え、目の前の2人と今いる部屋が、本当の姿を見せる。
「あぁ、そんなに怖がらないで。貴女がなにもしなければ、こちらは貴女に危害を加えるつもりはありませんよ」
「ただ4年前、グリーザが拾ったエリアルの迷い子────貴様という『駒』が必要での」
正体を現した。その2人の顔に、私は見覚えがある。
「あ、あなた達はっ……!」