暗い洞窟の中を私たちは走る。
出口は分かったのでもう迷う心配はない。
けれど、その出口を塞がれてしまったら、ここから戻って山を迂回して────
とても、先頭の集団に追い付くのは不可能だろう。
「誰かが出口を、塞ごうとしてる、ってこと……?」
「らしいね。さっきの揺れはそのせいか」
そう言っている間にも、また洞窟が大きな音をたてる。
どうやら猶予はあまりないらしい。
「クソッ、中にいる人間を押し潰したら人殺しだぞ!
そこまでしてそいつらは勝ちたいのかね!?」
「いえ、洞窟を破壊しようとしてるのは1人だけみたいです。
その人は黙っているみたいなんですが────それを男女2人がどういうわけか、止めようと応戦してくれてるらしくて」
「あ、はぐれたスピカの、ちーむの人かも……」
なるほど、自分たちはなんとか外に出られたとしても、チームが分断されてしまうのは非常にまずい。
それが、結果的に時間稼ぎになってるんだ。
「あっ、敵が来たの!?」
「オメーらオレっちを無視しようってか!?」
右に曲がると、ナルスと彼のチームメイトらしい女性がいた。
そう言えば、まずはこの2人を突破しなければ行けないことを忘れていた。
「あっ、オメーはエリアル・テイラー! 無視するな!」
「また絡んでくる……」
どうやら能力を使ったらしいナルスのせいで、私以外のその場の全員が彼に目線を引っ張られた。
「えぇい、邪魔だな! 黙ってろ!」
「ぐへっ────」
イライラしたヒルベルトさんが、彼を一撃のもとに吹き飛ばし、そのままトンネルの壁にぶつかった彼は動かなくなった。
「な、ナルスさん!」
彼の仲間らしき協会員が、そばに駆け寄る。
ここまでずっと2人きりで迷惑させられてきたろうに、やられたら彼女の損になるだなんて────
このチーム戦の弱点がそんなところにもあるとは思わなかった。
「大丈夫だよ、水晶は破壊してないから。よっ」
ヒルベルトさんは倒れたナルスを肩に担ぎ上げる。
「え、アタシのチームメイトをどこへつれていくの……?」
「今この洞窟が何者かに塞がれようとしてるらしい。
コイツは邪魔立てにはとにかく便利だから、使わせてもらうよ」
「使わせてもらうって……」
「洞窟を塞がれるのはなんとしても避けたいから、一時だけでも協力してほしい。
ま、こいつを人質に取られちゃ逆らえないだろうけど。
君もよかったら付いてきてくれ」
彼女も渋々頷き、私たちに付いてくる。
その後、下に降りる穴を抜けて、私たちは出口の方へ走る。
「ねぇエリーさん、この先が出口なのは間違いないの?」
「はい、らしいです。もうここまで近づけば、間違えることはありません」
それにしても、ここまで近づいて洞窟を破壊しようとしている相手の声が聞こえないのは、少し不可解だった。
相手の問いかけにも決して答えようとしないし、相当仕事人気質な人なんだろうか。
「いたぞっ! おい、大丈夫か、傷だらけじゃあ、ないか!」
「つっ────」
「あ、スピカさん、だ……」
「だ、大丈夫……?」
ようやく私たちがトンネルの出口へ到着した時には、すでに2人はトンネル破壊の主に倒されていて、横たわっていた。
まだ水晶は破壊されていないようだけれど、傷がかなり生々しい。
「スピカちゃんの仲間ですか?」
「そう……はぐれて、ごめんね、2人とも……」
「いいよ……それより……」
トンネルの外は、すでに夜になっていた。
外から流れ込む空気を背に、一人の軍人が私たちを静かに見つめている。
【不屈のアーロ】だ────
「きーさん、槍に……」
“緊張してるよ、焦らないでね”
「はい……」
あの姿を見ると、背中がじわりと汗ばむ。
エクレア・アリーナから出てきた彼と同じ、【不屈のアーロ】の皮を被った偽物のアーロだ。
「おいおい、どうしたのアーロ。
そういう性格だっけ……?」
アーロは答えずに、トンネルの壁に拳で一撃を加えた。
壁が崩れ、トンネルの出口が狭くなる。
「させませんっ────」
「エリーさん!?」
槍を突き出してアーロのさらなる追撃を阻止する。
しかしそれをなんなく避けた彼は、怯まずに反撃をしてきた。
「“パフ・プロテクト”! つっ────」
「エリーさん無茶しないで!」
よろよろと下がる私を、レベッカさんが受け止める。
あっさり退けられた私に、ヒルベルトさんが近寄ってくる。
「水晶は大丈夫?」
「あ、はい。なんとか」
「それはよかった」
ダメだ、焦ってうまく調子が出せない────
「ん、なんじゃい────?」
「あぁ、起きたねナルス」
ヒルベルトさんの肩のナルスが、呻き声をあげて起きた。
回りの状況を把握しかねているようだ。
「あっ、オメーよくもオレっちに不意打ちを!!」
「私じゃないでしょ……」
どうやら、さっきのヒルベルトさんの不意打ちは私がやった判定らしい。
こんなときでも迷惑な人だなぁ────
「ナルス、説明は後にするから、あそこにいるアーロ邪魔できないかな」
「アーロ? あー、オレっちあいつ別に好きじゃ────」
「いいから早くっ!!」
ナルスは渋々と言った感じて声を出す。
「“こっち見ろ”!」
その場にいる全員の目線がナルスに集中して、彼が注目の的になる。
【不屈のアーロ】も、同じように目線を引き込まれていた。
「今です、“ティール・ショット”!」
「ちっ、相変わらずアイツには効かねぇのかよ!」
ナルスの声に影響を受けない私が、氷の弾を【不屈のアーロ】に打ち込む。
止まったトンネルへの攻撃────それを合図に、その場の全員が彼に襲いかかる。
「うぉだっ! あれアーロじゃねぇーだろ! なんだあいつ!!」
「いいからお前も行け! ほらっ!」
ヒルベルトさんに蹴られて、ナルスも【不屈のアーロ】と戦う。
彼が声を出す度に、その場の全員が目線を引き込まれるが、その隙に私が攻撃を打ち込み、また全員で襲いかかる。
でも────
「つ、強いっ……!」
「なにあの人! ホントにこの大会に出れる人なの!?」
1年目のレベッカさんとスピカちゃんが、【不屈のアーロ】の攻撃に耐えきれずに何歩か下がって叫ぶ。
「一応8対1のはずなんだけど、手も足も出ないのか。
ここは崩壊を止めるのは諦めて、全員脱出だけ考えた方がいいか」
「中にいる他の人がどうなるか、分からないじゃないですかっ」
「オレらだって、どうなるか分からないだろ!」
私たちだって、普段チームを組んで動いてるわけでもなければ、誰がリーダーと決めているわけでもない。
だから、戦いも作戦も、完全にまとまりがなかった。
いや、私が今ここで本気を出せば、アーロを止められるかもしれない。
折角してきた修行、本当は取っておきたい
「エリーさん危ないっ!」
「えっ……? がっ────」
瞬間、アーロの強烈な蹴りで私は横ざまに薙ぎ払われる。
トンネルの壁に背中が強く打ち付けられて、一瞬にして意識がトンで行くのが分かった。
ナルスの妨害に効果がない、私をまず狙ったんだ。
「うぅ……あっ────」
私がぶつかった衝撃で、崩壊し降り注ぐ岩。
そして、視界に私に覆い被さるように止める影があった。
「え、エリーさ、ん……!!」
「スピカ、ちゃん────」
綺麗なピンクの髪の毛を伸ばして、落ちてくる岩から私をなんとか守ってくれている。
しかしここから逃げようにも、頭がクラクラして身体が思うように動かなかった。
「そんなっ────────」
霞む景色の中で、立ち去る【不屈のアーロ】の姿が見える。
追いかけなきゃ、脱出しなきゃ、止めなきゃ────それでも私の身体は動かなかった。
あの時と同じように────
「アイツがいなくなった!! 全員出口に向かって!!」
「も、もう限界……」
「今助けるからスピカ! 待ってて!」
「オレっちアイツを追いかけにゃならねぇ!」
「待ってナルスさん!! そんな状況じゃない────」
様々な人の声が頭をガツガツと揺さぶり、私を意識の底に落として行く。
意識を保とうにも、限界だ。
「寝てる場合じゃないだろ、テイラー」
そして最後誰かに襟を引っ張りあげられ、私の意識は完全にオチた。
~ 第3部1章完 ~
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