「テメェ逃げんじゃねぇよエリー! おらぁっ!」
「あははは! 待て待て!」
色々とヤバい2人に追いかけられて、私は闘技場の中心を全速力で走っていた。
「おおおおおおおおおっ? おおぉぉっ? こーなーいーでーくーださぁぁぁいっ」
周りはと言うと、そんな私たちから距離を置いてスミの方に逃げていた。
所々闘ってはいるものの、ほとんどの選手が休んでいる。
きっとロイドとリゲル君が私を落とすのを待って、試合はその後再開するつもりなんだ。
くっそ、人が必死で逃げてるのに呑気に傍観しやがって、最悪だ。
そしてドームの観客席からは、私への憐れみの声や、追いかける男2人に対する卑怯だという怒号──もっと言ってやれ──あとは微かな笑い声が聞こえる。
確かに、こんな絶望的な状況で一人逃げ続ける私は、見る人から見たら滑稽だろう。
憐れむ気持ちも、2人を卑怯だと罵りたい気持ちも分かる。
でも、私がそれを呪うのはお門違いだ。
それを否定したら、2人に初めて出会ったあの日、軍での初日、コゼット隊に入隊した日からの全てを否定してしまうようで────
「それは……っ、嫌ですねっ……」
「何が嫌だ、エ、リぃ」
「────っ?」
突然、私を追いかけるロイドの声がブレた。
声の主が相手がその場から高速で動いたんだ。
そしてその移動先は────
「“前だこの────」
「きーさん大盾っ」
「────野郎“っ! ってなにっ!?」
瞬間、突然目の前に現れたロイドの蹴りを防御する。
「んぎゃっ」
しかしその威力で吹き飛ばされた私は舞台のスミ近くまで転がった。
落ちるとこだった、危機一髪────
「ちっ────なんで見切れた、お前ホントにエリーか?」
「き、急加速で回り込んで蹴りは、貴方の常套手段でしょ……」
「そうだっけ? それでも、出来るとやれるはちげぇだろ。
ま、強くなったのは分かったよ、短い抵抗ご苦労さんだな」
まずい、すぐ後ろはもうステージ外。そして右前からはロイド、左前からはリゲル君が歩いてくる。
前門の虎後門の狼──じゃないけれど、絶体絶命。
そしてすぐ隣には────
「ひっ、な、なんなんだよ! 来るなよ!」
「………………」
私が飛ばされた先にたまたまいたのか、怯える小柄な男性軍人が。
人が必死で逃げてるのに呑気に傍観してた中の一人だ。
「ちょっとごめんなさいっ」
「えぇっ? ええぇっ!?」
私は彼の襟首を引きちぎれるほど強く引っ張り、近くに引き寄せた。
「“ウィステリアミスト”」
「霧……?」
「うわっ見えないじゃん」
周りに霧を張って目を眩ます。
2人の周りが見えなくなったタイミングで、私は前方に走り出した。
「そこかっ!」
そしてやはり、霧の中でも驚異的な野生の勘でロイドが手を伸ばしてきた。
「ぎゃっ────!」
「んん? 間違えたか?」
ロイドが掴んだのは、さっき私が掴んだ男性軍人だった。
霧で視界が悪い中私に突き飛ばされた影を、私と間違えてくれたようだ。
〈行きますよきーさん〉
〈任せて!〉
尊い男性軍人が犠牲になっているうちに、私は再び走り出す。
「って、その程度のおままごとに引っ掛かるかよ!」
「僕にも流石に分かった!」
「っ────」
素早く男性軍人を場外へ殴り飛ばしたロイド、それと同時に反応してきたリゲル君の腕が、両方向から同時に攻撃を仕掛けてきた。
「終わりだ雑魚がっ────おわっ!?」
「あれ、エリーじゃな──船ぇっ!?」
しかし、飛び出してきた影に攻撃した2人は、突然私と思っていた物体が膨れ上がったのを見て、とっさに距離をとる。
「っぶねぇ!! なんだこれ!?」
「猫の仕業かな────一瞬大きな船に変身して、もとに戻っていった」
そして霧がそろそろ晴れ始めた頃、再び私を探そうと2人は周りを見回していた。
「おいエリーは?」
「あら、逃げてるよ」
「危なかった……」
気配を消すのがうまくて助かった、なんとか舞台の端から逃げ切れた。
尊い犠牲者1名のおかげで、なんとか最強の包囲網からも突破できたらしい。
「猫を頭の高さで飛ばして船に変身させつつ、エリー自身は気配を消しながらその下をスライディングしてったんだよ。
霧を放出してるから、なおさら滑りやすかったろうね。
あとは自分が下で船に潰される直前に猫を元に戻して、脱出成功だね。やるじゃない」
「嘘だろ、逃げられたわ……畜生怒れてきた、面白れぇじゃねぇか……」
きーさんを回収しつつ逃げる私を見ながら、2人が相談している。
どうやらまだ私を追ってくるつもりらしい。
「ありがとうございました、きーさん」
“どーも。今度はちゃんと手放すとき相談してくれたね”
思っていることが共有できるようになった分、こういう綿密な打ち合わせが必要なことも合図なしで出来るようになったのは大きかった。
修行の成果は一応出ているらしい。
「ねーねー、リゲルううぅ?
『その程度のおままごとに引っ掛かるかよ』って、カッコつけて叫んだのに見事してやられたねええぇぇ??
今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ちぃぃぃ?」
「うるっせぇぇぇよテメェもだろ! てか邪魔すんなリゲル!
テメェと仲良しこよしでエリーを落としてもただの『死んだ魚狩り』だっ!」
「僕だって君と協力するつもりはないよ!?」
どうやら2人とも、これ以上徒党を組むようなつもりはないらしい。
仲がよろしいことこの上ない。なら
「うーん、君と闘うのは疲れるだけだ」
「同感だ、バーカ! さっさと落ちろ!」
そして急に仲間割れ(?)を初めて衝突し始める。全く何やってんだか。
周りを見渡すと、同じように困惑した選手たちが迷惑そうな顔をしていた。
まぁ、それもそうか。
最初は闘技場の真ん中で派手にドンパチ、かと思えば、急に私を追いかけ回し、そしてまたお互い闘い始める。
そんな滅茶苦茶なことが許されるのも、2人がこの集団の中で圧倒的に強いからだ。
今この闘技場の流れは、中心で闘う2人の動きに支配されていると言っても過言ではないだろう。
『なら、どこかにチャンスも────』
“ねぇ、ボーッとしてると危ないよ?”
瞬間、リゲル君の鞭が私に迫ってきた、急いで身体を捻って回避する。
「ホントに危ないっ──早く言ってくださいよ。
何のために目が4つあると思ってるんですかっ?」
“君のためではないねぇ”
まぁいいか、避けられたし。
しかし、その一撃に避けれない人もいたらしい。
「あーーーーっ! いでぇ!!」
「ナイッスー、当たり当たりぃ~。
エリー当たりそうになってごめんねー」
「ごめんじゃないですよ……」
リゲル君の強烈な一撃が、ロイドを撥ね飛ばし彼を端まで寄せる。
ちょうど何人か選手が固まっているところだ。
「げっ! ロイド・ギャレット!」
「来んな来んな来んな!」
「きゃーーー!」
アリの巣にカマキリを投入したように、そこの集団がいっせいに逃げて行く。
「なんだ人の顔見るなり! 落ちろっオラッ! 落ちろっ!」
ロイドがその場の3人を蹴り落として、またリゲル君の方へ走り出す。
可愛そうに、完全に災害だな────
「おっとととと!」
「あ……」
蹴りが甘かったのか、ロイドに蹴り飛ばされたうちの1人が、縁でなんとか踏み留まっている。あれチャンスだ。
「“
「ぐぁっ! おーのーれぇっ!」
私が放った氷の礫が混じった風を浴びて、バランスを崩して最後の彼も落ちて行く。
モニターを見るとあと63人、もう一踏ん張りか────