白熱する1回戦Bブロック。
選手たちの試合が進むにつれ、会場の歓声も高まる。
「おう、戻ったぞ……」
「あっクレアちゃんお疲れ様!!」
ゲッソリとした顔のクレアちゃんが、応援席に上がってきた。
先ほどAブロックを勝ち残った彼女は、相当疲れたみたい。
「クレアさん、お疲れ……」
「マ、ジ、で、疲れた────みんな強ェ……」
そう言いつつ、用意しておいた席にドカッと腰かける。
でも、しっかり結果を残してきたんだ、流石だ。
「てか、エリアルどーなってんだよ。
まさかもう落ちてねぇよな?」
「それがね……ほら、あそこ」
「うん?」
闘技場で闘うエリーちゃんを見つけて、クレアちゃんは少しヤな顔をした。
「げ、アイツ追い詰められてんじゃねぇか。あれ落ちるぞ」
「うん、さっきからあの2人にずっと追いかけ回されてて……」
確か、前にエリーちゃんと一緒にデートしていたロイド・ギャレットさんと、スピカちゃんのお兄さんで第三王子ののリゲルさんだ。
「元々おなじ隊だったんだろ?
なんであの2人に追いかけ回されてんだよ、なんか恨みでも買ったのか?」
確かにさっきから2人で闘ったり、エリーちゃんを追いかけ回したり、何をしたいのかよくわからない。
なんか戦いを楽しんでいる感じにも見えるけれど、それで追いかけ回されるエリーちゃんは見ていられなかった。
「きっと痴情のもつれ! 三角関係なのよ! あの3人!」
「それは、ないと思う……」
「えー」
隣にいる妹さんに否定されてしまったら、それ以上なにも言えない。
「あ、エリーちゃん得意の霧張ったわ。あれで逃げるつもりかしら?」
「でもリゲル兄からは、それだけじゃ、逃げれないと思う……」
確かに、エリーちゃんは気配を消すのは得意でも万能じゃない。
狭い範囲でしか使えない霧に溶け込んでも、彼女を捕まえる方法なんていくらでもある。
「流石に悪手じゃ────あっ!」
その瞬間、会場が一気に沸いたのが分かった。
エリーちゃんが張った霧の中から、突然大きな船が飛び出してきたからだ。
「あれって、マグロ村で乗った船よね!?」
「猫ちゃんが、変身したのかも……」
そして船の横から、ロイドさんとリゲルさんが素早く退避するのが見えた。
やがて船は完成するとすぐに縮み、闘技場から姿を消す。
「エリーちゃんは!?」
「あ、いるあそこ……! 逃げきったみたい……!」
よかった、なんとか落とされずにすんだみたいだ。
でも突然会場に出現した船には、他の観客たちはざわついている。
かく言う私たちも、エリーちゃんの一連のプレーにはとても驚いていた。
「エリーちゃん、あんなこと出来たの……?」
「いや、こないだまであんな器用なことするやつじゃなかった。
修行してきたんだ、アイツも……」
隣に座るクレアちゃんの目が、さっきまでの疲れ様子が嘘のようにギラついていた。
「なんだよ──なんだよなんだよなんだよ!!
アイツも、本気で強くなってんじゃねぇか!!」
※ ※ ※ ※ ※
氷の礫が混じった風を浴びて、バランスを崩して最後の彼も落ちて行く。
「“
「ぐぁっ! おーのーれぇっ!」
モニターを見るとあと63人、もう一踏ん張りか。
闘技場の中心は、まだロイドとリゲル君がぶつかり合って、とても入っていける状態ではなかった。
かといって、このまま闘技場の隅にいるのは────
「せいっ!」
「わ、危ない」
急にレイピアが飛んできて私は慌てて体を反らした。
「お初にお目にかかる、エリアル・テイラー殿!」
「だ、誰ですか?」
「私は王国騎士第3部隊所属、ヘレナ・カードナーでありマス!」
騎士然とした装いの女性だ。先ほどの不意打ちとは打って変わって、レイピアを構え仰々しく名乗りを挙げる。
そのハキハキとした喋り方は、フェリシアさんを思い出す。つまりちょっと苦手なタイプ。
「ていうか、やっぱり知らないんですけど……」
「私は知っておりマス! 貴女は、軍からの参加者でも、今回のダークホースであると伺っておりマス! 是非とも、お手合わせをばお願い致しマス!」
「は?? 誰がそんなことを……」
と言うか、王国騎士と言えば、そんなことをのたまう心当たりのある人間はリゲル君一人しかいない。
横目で戦うその人を睨み付けると、目が合った。
あ、笑ってる。くっそ────
「では、いざ尋常に、勝負っ!」
「っと……」
私は後ろに下がり、レイピアの鋭い突きを避けた──と思った刹那、その切っ先が突然、光の光線になって高速で延びてきた。
危うい、耳のそばを掠めて、髪の毛が束で地面に落ちて行く。
「あぁぁ、私の毛が……」
「つっ! 避けたでありマスね? やはりただ者ではない!」
「たまたまです。こっわ……」
残りの人数を見ると、55人になっていた。
危険な敵だけれど、ここは耐えてやり過ごすのが無難だろうか。
あと少しだけ耐えれば、きっと────
「きーさん、このまま防ぎます。盾に────」
「させないでありマスっ!」
「あっ────」
きーさんに護ってもらおうとした瞬間、手元にヘレナの回し蹴りが入り、変身前のきーさんが横凪に飛ばされた。
“ぎゃん!”
「きーさんっ」
そのままきーさんは闘技場の外へと落ちて行く。
しまった、ゴールが近いと思って、油断してしまった。
私としたことがっ────
「エリアルさんの闘いは、始めの方から拝見していましたでありマス。
あの女性になる軍人やリゲルさんを振り切った技術、見事でした。
しかしそれならば使われる前に、使えなくしてしまえばいい!」
「目はずっとつけられてたってことですか……」
幸い、ルール的には精霊や武器は落ちてもノーカウント。
私さえ落ちなければ失格にはならないけれど、今正真正銘の丸腰になってしまった。
〈きーさん、大丈夫ですか?〉
〈まったく響いてないから、試合に集中して!〉
レイピアを構え、ジリジリとこちらの隙を伺うヘレナ。
私もそれに合わせて、お互い円を書くように睨み合う。
相手はどうやら、間合いという物がないレイピアの使い手。
それに比べこちらは、最大の強みであるところのきーさんと離れて、身ひとつ。
さすがに後がない────
「おっ、ピンチみたいだねぇエリー?」
「ぎゃっ! リゲル殿!!」
びっくりした。緊迫した空気の中、またもやリゲル君が割り込んできた。
「リゲル君──てことは……」
彼の視線の先を追うと、やはりいた。ロイドだ。
「おもしれぇな、マジでここまで楽しめると思ってなかったぜリゲルぅ!!」
「そりゃどーも」
“精霊天衣”をして高めた力が、一歩一歩進む度に闘技場の床にヒビを入れてゆく。
そしてその身体からは、熱くなった故なのか蒸気が全身から吹き出ている。
「りりり、リゲル殿!? あ、アレなんでありマスか!!?」
「僕の友達。仲良くしてあげて」
先ほどまで私を狙っていたヘレナも、ロイドに向かって臨戦態勢に入る。構図は、完全に王国騎士2対軍人1だった。
「おいおい、エリーにリゲル! そしてそこのレイピア騎士っ!」
「あ、私もカウントされてる……」
「丁度
そう言うと、ロイドは右手を引っ掻くような形にして、構えの体勢をとった。
「マズイ! ヘレナ、エリー! 逃げるよっ!」
「無理です、間に合わないっ」
リゲル君の咄嗟の叫びに反応する前に、既にロイドからは技が放たれていた。
「“精霊亜空”!」
「っ────」
「うおっ!」
突きだされた拳は空を切っただけなのに、その威力をそのまま空気中に伝わり辺りを暴風に変える。
そして、視界の端でヘレナが嵐から脱出するのと、私の身体が浮き上がるのはほぼ同時だった。
「あっ、やばば……」
「あ、エリー」
慌てて隣のリゲル君の服を掴もうとしたが、それも掠めて私は場外へと飛ばされる。
回転する視界の中で、モニターに51が写っているのが見えた。
でもきーさんもいない、空中での方向転換ももちろん出来ない。
『っ────そんな……』
何かを考える余裕もなく、私はただ飛ばされ、嵐が収まると同時に、舞台の上から────落ちた。
「ぎゃっ……」
私の呻き声とともに、Bブロック終了を称える歓声が客席からあがる。
※ ※ ※ ※ ※
「イタタ……」
先に落ちていたきーさんが、私のすぐそばまで寄ってきた。
そして、何万人と言う観客があげる一斉の声は、広いアリーナを揺らすほどの勢いだ。
「ああぁぁ……」
「あーあ、エリーはここで終わりか。
まぁしょうがないか。とりあえず、終わった終わった~」
そして、一仕事を終えたリゲル君が、満足げな声を上げる。
「さ、エリー残念だったけど来年頑張りなよ。それとも今年じゃなきゃいけない理由があるのかい?
ま、何はともあれ一緒に闘えて、楽しかったよロイド────」
「テメェも落ちろっ!」
「なんでっ!」
試合が終わり完全に気を抜いていたリゲル君は、ロイドの攻撃をまともに食らって、私の近くに悲鳴をあげて落ちてきた。
「────いったぁ~。
ロイド、無駄な暴力は最低だよ?」
「無駄でも無闇でも無益でもねぇよ、よく見てみろ」
「えっ……?」
その瞬間、表示されていた残り人数の表示が、50へと数を減らす。
そして、Bブロック試合終了の号砲が、今ようやく鳴った。
「えぇ!? なんでっ!?」
「バーカ」
モニターには、1回戦を勝ち残った選手の名前が羅列されて行く。
Bブロックを勝ち残った選手たち。その中にリゲル・スキナーの名前はなかったけれど、代わりに────
「『エリアル・テイラー』──なんでエリーが残ってるのさ……?」
観客や選手たちの中にも、試合終了のタイミングがおかしいことに気づいた者が、ざわつき始める。
そんな理解が追い付かないリゲル君に、ロイドが上から覗き込んだ。
「まだ試合は終わってなかったんだろ、油断したお前が悪い」
「試合が終わってなかったって? え──まさか……」
リゲル君が、険しい目付きでこちらを睨んできた。
彼のここまで危機迫った顔は、始めて見たかもしれない。
「えぇ、危なかったです……ここに落ちなきゃ、負けてました」
私は、ゆっくりと身体を起こす。
その下には、魔力で結晶化した氷が張っていて────
「“
「うわ……落ちた瞬間、周りを凍らせて地面に着くのを防いだのか」
「はい……」
ルールは『地面に自身か衣服が触れたら脱落』──だからこの状態はまだ、セーフのはず。
でも、正直認められないかも、とか審判に認識されないかも────と言う焦りはあったけれど、試合は私が落ちても試合はまだ続いて、結果私は1回戦を突破できたらしい。
騙すような形でリゲル君には申し訳ないけれど、勝ち残ることができて本当に良かった────
「この大会の審判は軍や協会でも審判に関してはプロの技術を持った人たちだよ。
そんな人たちがこのファインプレーを見逃さないわけないだろ」
リゲル君のその言葉で周りを見ると、審判の人たちの何人かは苦笑いやため息をついていた。
あぁ、なんかごめんなさい────
「あぁ、よく見たら地面が既に濡れていたのか。こんなにビチャビチャ……
それであんな瞬間的に氷が展開できた、と……」
「えぇ、そうです。水溜まりができてなきゃ私の敗けでした」
今回は珍しく、「運」が味方したらしい。
私を序盤で襲ってきた軍人男性の、洪水を起こす技。
あのおかげで、地面が既に冠水していたので、凍らせるのも間に合った。
あと、きーさんが先に落ちて地面の状況を“魔力共有”で教えてくれなければ、闘いで余裕がない私には到底思い付かない方法だったこともある。
「でも、リゲル君にバレる可能性も、失敗する可能性もありましたし、そもそも追撃されておしまいかも──と思ったんですけど」
「そこは僕の油断────と、アイツの目敏さだね」
「うるせぇよバカ。1回戦でこんなあっさり負けやがって」
ロイドはそう言うと、ようやく“精霊天衣”を解いた。
全く、警戒心が強いことこの上ない。
「うわぁ、じゃあ結局僕はロイドとエリーに嵌められたのか。
2人とも僕に内緒で共闘してたんだね……」
「いやいや、人聞きの悪い」
「分かってるよ。でも、あぁ、2人にしてやられたか。
これは、うん、悔しいな……」
リゲル君は、拳を握って固めるとそのまま仰向けに倒れこんだ。
その顔は清々しいけれど、きつく奥歯を噛み締めているのも、また彼の感情なんだろう。
そしてリゲル君は空高くを見つめたまま、確かに呟いた。
「来年もまた出よう……」