リゲル君とスピカちゃん、優しい2人の手厚い介護のおかげで、私はその後普通に動けるくらいまでには回復した。
きーさんはまだすやすや眠っているけれど、まぁ抱えて帰ればいいか。
「エリーさん、泊まってって、いいよ? 夜道、危ないよ?」
「大丈夫ですよ。夕飯おいしかったです、専属のシェフが作ってくれる料理なんてお城に行ったとき以来でした」
「よかった……」
というか夕飯のみならず、お姫様に一日看病させた上に王子さまにジュースを運ばせた身だ。
これ以上ここに居座ったら、申し訳なさで私のメンタリティが持たないので、なんとしても帰らせてもらう。
「じゃあ、次は大会──ですかね?」
「うん、エリーさん、頑張ろ……」
お互いの健闘を祈ってそこで別れる。
辺りはもう暗いので、気を付けて帰らないと。
冬も本番を迎えたような寒さが、どうも病み上がりの足を急かして大変なのだけれど。
「……………………」
「……………………」
「で、あの、リゲル君」
「なぁに?」
「なんでついてくるんですか?」
何でだろう、当然のように私の後ろをリゲル君が付いてきている。
こんな時間に、こっちの方角に用事があるわけでもないだろうに。
「いや、女の子一人じゃ夜道、危ないじゃないか」
「ふーん??」
同じ兄妹の同じセリフなのに、どうしてここまで胡散臭いんだろう。
例え心配してくれているというのが本当だとしても、なにか裏があるように思えてしまう。
「あー、そういうのよくないよぉ。イスカにも言われたんでしょー。
『君が周りに及ぼしてる影響を、まるで理解してない』って」
「い、言われましたね……」
きーさんにも言われたことだ。そこを突かれると、痛い。
「2年半前──コゼット教官だって闇討ちされたんだよ。
一人で心配じゃないはず、ないじゃあないか」
「あ──────」
そうだ、そうだった、イヤでも思い出す私のトラウマ。
闇の中で、軍の幹部である、彼は、声をあげて────
「あとは情報偵察かな。話してるうちになんか大会に有益な情報ポロっとこぼさないかなと思って」
「うえぇ……」
おっと、それが目的か。私の弱みに漬け込んだすんごい手口だ。
今度詐欺をやる機会があったら参考にしよう。
「ていうか、私に情報こぼさしてどうするんですか。スピカちゃんにならまぁ、バレても──イヤ、ダメだわ」
「おっと、良い判断だね。確かにスピカは君の思う何倍も強くなったよ。それこそ少しの情報が命取りさ。
楽しみだなぁ、大会でスピカが君を千切っては投げ千切っては投げ……」
「いま私、2回千切っては投げられましたね」
そんな悪魔の化身みたいなスピカちゃんイヤだ。
たった1ヶ月で何をどうしたらそうなる。
「うちのスピカちゃんに、変なこと教えてないでしょうね……」
「ふふ、うちのスピカに変なこと教えるわけないでしょ」
「ですよね」
とりあえず強敵なのに変わりはないだろうけれど、千切っては投げられる事はなさそうだ。
「まぁ、リゲル君もスピカちゃんがそんなことになったら嫌ですもんね」
「そうさ? 僕はいつだって家族思いの優しいリゲル君だからね」
「はいはい──ん? あれ?」
「どうかした?」
でも待てよ。リゲル君がホントに、私から得た情報をリークするようなことするだろうか。
私の知る限り、リゲル君はもっともめんどくさい方向にフェアにこだわる男だ。
以前スピカちゃんを王国騎士が捕まえようと時だって、「フェアに戦うべきだから」と言う理由で、スピカちゃんのために式典が開かれると言う嘘をついたり、私たちを戦わせるよう大掛かりにしむけるくらい。口癖と言うより、信念と言ってもいいと思う。
「まさか……」
だから、おかしいと思った。そういえば、リゲル君は大会の情報偵察とは言ったけれど、それがどういう情報偵察とは言わなかった。
スピカちゃんが強くなっていて、私を千切っては投げするとか言っていたのは覚えている。
でもそれは、元を辿れば最初に彼女の名前を出したのは誰でもない私だし────
「って────まさかっ!?」
イヤな推理と言うのは大抵当たる。
弾かれるように振り替えると、そこには一人の男が立っていた。
リゲル・ベスト──いや、確かついこの間、王国騎士第4部隊に配属されたと語っていた、偽名の元軍人王子リゲル・スキナーだ。
「ふふふーん? ばれちゃったぁー?」
「あっぶなっ……!」
口許に手を当ててニヨニヨとするリゲル君。
スピカちゃんの話では彼女の兄姉たちに訓練を付けてもらうと言っていたので、勝手にリゲル君はスピカちゃんのバックアップに回るものだと思っていた。
でも、そうだ、ルーキーバトル・オブ・エクレアの参加条件は、軍や王国騎士など、5つの組織に入隊して5年以下の新人たち。
軍と合わせて3年にはなるけれど、それでももちろん、リゲル君にだって参加資格がある。
今分かった、この男も「ルーキーバトル・オブ・エクレア」に参加するんだ────
「もう大会は水面下で始まってるんだぜ、エリー?」
「わ、分かってますよもちろん。危ないなぁ……」
危うく洗いざらいとはいかないまでも、大会のライバルであるリゲル君に色々話してしまうところだった。
もちろん誰にも教える気はなかったけれど、話術巧みに情報を引き出そうとするリゲル君を警戒できないなんて、こんなに恐ろしいことはない。
「なんで今さら大会なんて出ようと思ったんですか……」
「ほら、去年ロイドが惜しいとこまでいったろ?」
「えぇ、確か4位でしたっけ?」
あの頃から幹部候補といわれ始めたんだっけか。
でも未だにその席に彼が座っていないのだけれど。
「結構良い結果なのに、それでもあいつからしたら納得いかなかったらしくってね。
最強を決める大会なんだから、来年はお前らも出ろって、僕ともう一人同じ隊のやつに言ったんだよ」
「ロイドらしい──あれ、でもその隊って、リゲル君が辞めて解散になったんじゃ?」
「そんな理由で約束はなかったことにはならないよ、出なかったら後で殺される。僕王子なのに。
ホント、もう慣れたとは言え、アイツの乱暴横暴はヤになっちゃうだろ?」
そういいながら、リゲル君は胸ポケットから大会の参加証明書をチロチロと出して見せた。
エントリーのナンバーは36番。初日にエントリーした私より早い。
なんだ、めちゃくちゃやる気じゃないか────
「ちなみにスピカも僕が参加することは知ってるから、わざわざ黙ってたあの子も同罪だね」
「同罪じゃないですよ、貴方が100%悪いでしょう……」
というか、それなら同じ参加者である兄のリゲル君に、スピカちゃんは全て情報を握られているのか。
逆にスピカちゃんが心配になってきた────
「僕は君が心配だけどね────っとと、ここだっけね。君の家」
「私が? あ、そうです、久しぶりの我が家」
「いいアパートメントだよねぇ」
何がいいアパートメントだ、あんな豪邸に住んでおいて。
実家はお城です、普段は王都の一等地に住んでます、それでアパートがいいなぁ、はないでしょう。
「ほら、着きましたよきーさん」
抱えてきたきーさんに声をかけると、彼は音をたてずに地面に降りると、軽く翼を揺すった。
どうやら今日の私の腕の中はそれほど気に入ったものじゃなかったらしい。
「じゃ、僕も失礼するよ。いつもの僕らにしては、会話に花が咲いたね」
「花の定義を問いたい」
確かにいつもなら2人でいるとお互いボーッとしてしまうから、今回は会話は多い方だったけれど。
咲いたとしたらトリカブトかジギタリス。そんなとこがお似合いだろう。
「で?」
「で、とは?」
結局、リゲル君は肝心なことを聞いていない気がする。
「リゲル君は、私のどんな情報を知りたかったんですか?」
「何をって、え? あっ────あっはっは!!」
「え、あははって……」
なに怖い急に笑い出した。私もう何か喋ってたっけ?
「君には
「え? あ、はいサヨナラ……」
そういうとリゲル君は特に私からなにも聞き出すことなく帰っていった。
こんなところまでお見送りしてくれたくせに、なにもしない王子様だった。
『なんだったんだろ……』
どう考えても敵に有益な情報を喋ったわけではないし、これじゃただ家まで付いてきただけじゃないか、変なやつ。
「なにやってんですかね、リゲル君」
“なにやってんだは君だろ。なに言ってんの、か……”
「は?」
“あの男、せっかくエリーを心配してついてきてくれたんじゃないか”
それだけ言い残すときーさんはスタスタと家へ入っていった。
※ ※ ※ ※ ※
家へ帰ると久しぶりの空間だった。
ようやく落ち着ける私の居住スペース。
そのままベッドに倒れ混みたい欲求を押さえる。
周りを軽く掃除して、おしっこして、お風呂に入って、お布団敷いて────
そして実に、約1ヶ月ぶりのベッドと布団だった。
「きーさん、お休みなさい」
“ん、おやすみ”
大会までは残り3日、なにより何日もの遠征で疲れた心と体を休めたい。
明日は午後まで寝て、買い物に行って、また寝て────決めなくてもいいような明日の予定を考えていると、不思議と頭が緩んでそのまま眠りに落ちてしまう。
そしてその晩、私は夢を見る。