大会まで、残り、4日、だ────
忘れ広野。そこの東に見える、かつてクレアを探してセルマとさ迷った森の向こうから、朝日が昇る。
澄んだ空気、赤く染まる雲、小鳥のさえずり。
そしてそれらが気にならなくなるほどの、巨大な騒音、暴音、土埃が撒き散らされる音────
「いけー、いまだーやれー」
「そこだーいいよー」
おっさん達の間抜けた声が響くなか、その巨体から振り落とされた鎌の一撃が地面へと突き刺さる。
しかし、鈍く光る刃物は充分に見切れる、しかも上は私にとってはいい足場だった。
“なにっ!?”
土煙の中から、前足の上を走って現れた私に意表を突かれたのは、最近忘れ広野を蹂躙して回っていると噂の荒くれ精霊、“グランド・マンティス”、つまり巨大カマキリだ。
軍への討伐依頼はまだ出てはいないが、これまでいくつかの荷馬車や馬が襲われ、被害者も出ているらしい。
“ふざけるな、貴様のような人間風情の小娘がワシを──”
いいかけたところで、自分の腕が、自慢の鎌が、走って登ってきたその小娘風情に、切り落とされたことに気付く。
しかも得物は、自分にとってはトゲ程の大きさの、ごく短い槍なのに、だ。
“なっ!? きさまぁぁぁぁっ!!”
カマキリの絶叫が走る私の耳を震わせる。
しかし虫がモチーフの精霊だからか、腕を落とされてもさして痛む様子もなく、その複眼をギョロギョロとこちらに向けてきた。
この“グランド・マンティス”は、以前戦った“ノースコル・デス・センティピード”にもひけをとらない大きさがある。
迫力だけは、相対してみると流石にキモが冷える。
ただ、それは迫力だけ────
“がぁっ”
しかし突然、カマキリの顎が大きく外れ、中からまばゆい光が溢れてきた。
魔力が集まってくる、あれは“
まともに食らったら多分命はない────
“この地もろともふきとべェっ!”
途轍もないエネルギーの閃光は、忘れ広野の大地を引き裂き、かなり遠くに見えるグロリア・リバーまでを一直線に爆破した。
“ハァ、ハァ──人類ごときがっ!”
流石に強力な超一撃で力を使い果たしたのか、カマキリは捨て台詞を最後にその動きを止めた。
その瞬間に、捉えたはずの獲物が、首筋まで回り込んでいることに気付かないままに────
「
そして、凍ったカマキリの首が、地面へと落ちる。
※ ※ ※ ※ ※
「や~約1ヶ月、修行の甲斐があったね~テイラー嬢。よかったよかった、特に最後の一撃がよかった」
「ちっ、最後は──凍り浸けか」
「そうだぜリーダー、オレ達の勝ちだ」
ライルさんは軽く舌打ちをすると、エッソさんとジョノワさんにコインを一枚ずつ投げた。
どうやら私で賭け事をしていたらしい。
「まぁ、テイラー嬢ごくろうさん。こいつ卵生むとどんどん増えるから、厄介なんだよね」
「味もよくねぇしな」
そんなことはどうでもいいのだけれど、私はさっさと家に帰りたかった。
いや、帰してくれ頼むから────
「まぁ、それでもまだ足りるか不安はあるけれど、前哨戦としてはこんなとかな。本番も頑張ってね」
「おつかれだ──後はゆっくり休め」
その一言が【怪傑の三銃士】の修行が終わったことを告げる。
私はようやくこの地獄から解放されたのだ。
「じゃあ僕らはこのまま任務に行くから、お見送りはここまででいいかな?」
「はい……」
「丸3日あるからしっかり休めよ!」
「はい……」
「歯ぁ──磨けよ」
「はい……」
ボーッとした私を見て、3人は肩を竦めて行ってしまった。
「じゃあな。ま、せいぜい頑張れ」
「………………」
気がつくと、どうやらここは忘れ広野の端らしい。
少し遠くに、エクレアの街が見える。
「帰らなきゃ……」
歩き出すと、後ろから、トテトテときーさんが付いてくる音が聞こえる。多分、大丈夫だろう。
だから、私も、家に────
「おいっ!! エリアルっ!」
「っ──────?」
急に呼び掛けられて、私は目を覚ます。
気付くと、身体をクレア、セルマ、スピカちゃんの3人に支えられていた。
「あれ、みなさん、どうしてここに────」
「それはこっちのセリフだぜ!? 朝っぱらからなんでこんなとこで、しかも死にかけてんだ! しっかりしろ!」
「もしかして、敵に、やられたの……?」
スピカちゃんが、不安そうにこちらを見つめる。
「違います、ただちょっと疲れちゃって……」
「疲れたなんてレベルじゃないじゃない!
暫く姿見かけないと思ったけどどこ行ってたの!?
リアレさんの紹介した人って誰!?」
「【怪傑の……三銃士……】、です」
「え、あの人たち?」
3人のカッコいいとこしか見てないセルマたちからは、不思議そうな声が上がる。
「と、とにかく手当てしましょう!」
「そうだな──っておい! エリアル!!」
私はそのまま3人に力を預けて、全身の力が抜けていくのを感じた。
「あ、ネコちゃんも……」
「きー、さん……?」
そこで私の意識は、完全に途切れる。
※ ※ ※ ※ ※
「……………………」
「…………あの────」
目を醒ますと私は、知らない家の知らないベッドに寝ていた。
「むーん……」
「あの、スピカちゃん、そんな覗き込まなくても……」
そして、見覚えのあるピンクの髪の女の子が覗き込んでいた。
鼻息がかかるほどめっちゃ近い。
「エリーさん、急に倒れて、心配した……」
「ご、ごめんなさい」
どうやら、ここはエクレアの街にあるスピカちゃんの仮住まいらしい。
と言っても流石お姫様、街のとびきり一等地に超豪邸なのだけれど。
確か、スピカちゃんは春にお城を逃げ出した後から、ずっとここにリゲル君と住んでるはずだ。
「何があったの……? 近くに大きなカマキリ、倒れてたけど、あれにやられたの……?」
「あ、いや──違います。昨晩まで【怪傑の三銃士】に稽古をつけて貰ってたんです」
「え、どんな稽古、だったの……」
「それは……思い出したくないです」
思い出したくない、思い出したくない、思い出したくない。
そう思っても思い出してしまうほど、私にとってはキツかった。
おかげで力はついた気がするけれど、それでも今後は勘弁だ。
完全にトラウマ、この一ヶ月のことは絶対に一生忘れない。
見渡すとベッドの脇で寝ていたきーさんも、少し震えていた。
「よっ、エリー。起きたんだね」
「あ、リゲル君」
ちょうどタイミングよく(というか見計らったように)リゲル君が部屋に入ってきた。
どうやら飲み物を持ってきてくれたらしい。
「はい、ジュース」
「あ、レモンジュース。ありがとうございます」
体を起こしてグラスを受けとる。
ミューズで飲んでた私の好物覚えていてくれたのだろうか。
疲れきったからだに、レモンの酸味がとても染み渡った。
「エリーさん、まだ起きちゃ────」
「怪我をしたわけじゃないですから大丈夫ですよ。それよりスピカちゃん、なんでみなさんはあんなところに?」
「え? あー、たまたま、こないだ会ったの。
それで今日は、3人で訓練しよう、って……」
そうなのか、私がいない間にもみんな強くなってるに違いない。
大会では3人ともライバルなのだから、気を引き締めないと。
「でも、今日はお開きになっちゃったんだよね」
「うん……」
「え、どうしてですか?」
しばらくの間、スピカちゃんが言いにくそうにモゴモゴと呟いていた。
私が目の前で倒れたからだと気付くのに、その後数秒かかる。