家に帰って、さっそくバッテリーを充電する。内臓式ではないビデオカメラのバッテリーは、専用のチャージャーに差し込むことで充電ができる。つまるところ、充電しながらカメラを起動することはできないわけだ。
その間に、スマホで動画配信サイトを立ち上げて、印字されたメーカー名と型番らしき英数字列を検索してみる。目論見通り、動作レビューと思われる動画がヒットしたので、帰りに買ってきた弁当屋のお弁当を食べながらそれを眺めていた。
動画によれば、一般家庭用の普及モデルらしく、使い方はそれほど難しくないようだ。テープを入れて、本体に備え付けられた物理ボタンを操作するだけ。録画モードではなく再生モードへの切り替えの仕方と、再生、停止、巻き戻し、早送り。操作はいたってシンプルだ。
お弁当を食べ終えた舞衣は、チャージャーからバッテリーを外して、本体のスロットへ装着する。フル充電には程遠いが、とりあえず起動する分には十分だろう。動画で必要なところをリピートしながら、適当なテープを再生してみることにした。ラベルがないのだから、どれを選んでも同じなのだが、なんとなく一番端っこから選んでしまうのは性格が出た。
テープはスムーズに吸い込まれていく。ウィンウィンと響いた大げさなギアの音にちょっぴり驚いてしまった舞衣だったが、気を取り直して操作を続ける。再生ボタンを押してみると、僅かなノイズと共に映像が映し出された。
「なにこれ、真っ暗じゃん」
何が映し出されるのかと期待半分、不安半分だった舞衣の気持ちは、黒いままの画面を前にして肩透かしを食らってしまった。壊れたのか、それとも単に再生されてないのか。液晶ディスプレイの隅っこで、再生時間の表示がコンマ秒単位で増え続けている。つまり、再生はされている。
「液晶が死んでるのかな」
こういう時に、何となくブツを振ってしまうのはなぜだろう。振りながら耳を近づけると、本体のスピーカーから突然、「ブー」っとけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
「うわっ」
飛びのきながら、咄嗟にカメラを取り落としてしまいそうになったのを堪える。画面を覗き込むと、何も映っていないと思っていた画面に、少しずつ光がこぼれだした。画面下の方から、文字通り帳が開くように。
それが緞帳だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「これ……舞台を録画したやつだ」
なんとなく、この先を見てはいけないような気がした。だけどそれでも「見たい」という興味が先行して、スマホよりも小さな画面に釘付けになってしまう。
緞帳の上がったステージでは、手作り感あふれる簡素な室内の大道具セットが並び、数名の演者が劇を進行する。舞台を録画した時独特の、ちょっと遠間に響く演者たちの声。その中に、聞き馴染みのある、だけど聞きなれない声がひとつ混ざっていた。
「お母さん……」
呟き、食い入るように画面に顔を寄せる。しばらく遺影の写真しか見ていなかったので、動いている姿を見たのは久しぶりだった。鼻の奥に熱いものがこみ上げかけたが、そこで繰り広げられる舞台の方に舞衣の意識は集中する。
見るからに低予算だが、観客の興味や視線の移動を意識した、奥行きのある空間づくり。聞き取りやすさと理解しやすさに重きを置いた発声と演技。まったく知らない演者たちと演目でも、この舞台の作り方に、舞衣は既視感があった。先生の作る舞台。
つまりこれは、母親が先生の劇団に所属していた時の記録映像というわけだ。
彼女が演技している姿を見るのは、当然のことながら初めてだった。どれほど昔の映像か分からないが、画面の中の彼女はかなり若い。たぶん、今の舞衣とそれほど変わらないくらい。
だけど、舞衣とは似ても似つかないくらいにパワフルで、エネルギッシュで、スポットライトを燦々に浴びて輝いていた。
「……楽しそうだな」
こんな小さな画面の中でも、すっかり心と視線を奪われてしまった。そこにいるだけで気持ちが明るくなるのは、家庭だろうと舞台だろうと変わらないようだ。
呆れたというか、納得したというか。家でも外でも自然体。それは紛れもなく、彼女の強さだった。
ふと脳裏に蘇ったのは、祖母の家で見た、幼い頃の母親の写真だ。十数年後に娘を生んで、そのさらに十数年後にはこの世を去るだなんて微塵も考えていないであろう屈託のない笑顔。
彼女は、何を思って自分を劇団に紹介したのだろう。
娘の夢を応援していたのだろう。
考えても分かるはずのない答えは、テープから響く声に重なり、溶けていった。