毎年恒例の体力測定。
持久走、柔軟、瞬発力など様々な種目に分かれている。
そして、今回は校庭にてそれら項目を実施。男女共に体操着に着替え終え、集合している。
休み時間含みで丸々二時間分の授業時間を費やして実施になる。
毎年恒例と言っても、この学園に来て初めての体力測定になるけど、以前の学園ではそうだった。だけど、順番は違えど費やされる時間は同じようだ。
「今年もやってきました。体を動かすのが好きな皆さんのことですから、この日を待ち望んでいた人は多いと思います。一応、補足として説明しておきますと、体力測定の結果は学事祭には関係しません」
クラスメイトみんなで、建物の日陰にある生い茂った芝生の上に座りながら先生の話を聴いている。
雲一つない快晴の元、先生の発言に目から鱗が落ちる気分になった。
学園生となって二年目にしてその説明は初めて聞いた内容。今の今まで疑問に思ったこともなく、学事祭の内点みたいなのに影響を及ぼすものだとばかり思っていたからだ。
「ごめんなさい!」
唐突にそんな声が響いてきた。
僕はその声に反応するように目線をそちらに向けると、そこには頭を深々と下げる1人の少女がいた。
その少女は、後ろ髪を三つ編みで二本にまとめ左側から垂らし、謝罪の言葉を並べている。
あそこまで切羽詰まったような謝意を込めているのだから、よっぽどなことを仕出かしたとしたのだろう。
誠意のある謝罪に寛大な心で接して欲しいな、と希望を込めては、つい相手を探してしまった。
相手は一瞬にして見つかった。
見えるのは背面部になるけど、腕を組んで片足に重心を乗せている。
会話の声は全く聞こえない。でも、察するに相手へ怪我をさせたとか重大な失敗を仕出かしたということではなさそうだ。現に、茶色い髪を肩まで垂らした彼女は痛がっている様子を見せていない。
「どうかしたの?」
「ああ、うん。ちょっと気になることがあってね」
「え、なになに。もしかして、
「いやいやいや、違う違う。全然そんなんじゃない。あれだよあれ」
人を"あれ"呼ばわりしてしまったことに罪悪感を抱きつつも、ぺこぺこと何度も振り子のように頭を下げている少女に指を差した。
「ああ、
「いつも?」
「うん、特にあの2人は良く見るかな。
「なるほどね」
長月さんが発した謝罪の声に振り向いたのが僕だけというのも納得がいった。
視線を戻した時に誰も見てない時は、聞こえたのが僕だけだと思っていたけど、あの光景は珍しいものではないらしい。
大事ではなさそうと安堵する反面、若干と他人事にも思えず気がかりな面も残ってしまった。
でも、他人のことを心配していられる状況ではない――そう、体力テストが始まるからだ。
今日の日程は、四競技となっている。
立ち幅跳び、ボール投げ、短距離走は既に終了しているけど、十点満点中八点の記録までしか届かなかった。
正直なところ、瞬発的な力を発揮するのは苦手な方。
でも、最後の種目として残っている長距離走。ここからが本番だ。
「では皆さん、スタートラインに並んでください」
唯一と言っていい得意な種目。
二組分に分かれて行われるこの競技。最初の組みに振り分けされた僕は10人と一緒に走る。
「いきますよ。よーい」
――パンッ!
先生の打ち手を合図にスタート。
一斉に全員が走り出す。最初からゆっくりペースの人、先頭に立とうとする人、と様々なペース配分で別れているなか、僕は先頭集団から離されないように位置付ける。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
◇
「はぁ……またやっちゃった……」
「まあまあ、同じ失敗をしない様に注意していこ」
「
先ほど謝罪を述べていた長月さんはテンションダダ下がりの状態で、ペアで組んでいる
背中を丸めてため息を吐く様は、悪戯をして飼い主に怒られる動物をつい連想してしまう。
「あぁ、また
「嫌がらせだと思われてないと良いけどね」
「えぇぇぇぇ! やっぱりそういう風に捉えられちゃってるよね、よね……どうしよう、どうしよう」
「あー、ごめんごめん。うそうそ。うーん、同じパーティで色々とやってるから
「そ、そうかなぁ?」
「それに、やらかし頻度は多いにしろ、その都度ちゃんと謝罪してるんだし、そこまで気にしなくていいんじゃない? 後、正直言って謝るようなことでもないと思うんだけどね」
そのオロオロする長月さんの反応が面白く、つい冷やかしをしてしまう
だがしかし、香野さんの言う通りで長月さんのやらかしてる内容は実にシンプル。躓いた拍子に門崎さんに抱き着いてしまったり、門崎さんを呼ぶときに『
当の本人がそれらをどう捉えてるかは、本人にしかわからないことではあるけど。
「はい次、用意してー」
「ははは、はい!」
長月さんは計測係の
◇
呼吸も整って快調に走れている。
でも残念ながら先頭を駆けているわけではない。
先頭には
これは授業。そこまで張り切る必要はないとわかっていても、やはり負けたくはない。
桐吾とは明らかな差がある。この状況から追いつくのは諦めがつくけど、今張り付かれている人に負けるつもりはない。
計七週半のところ、既に六週目。ペースも維持できて焦りもなく集中できている。……ともなると、同じ景色にも若干の飽きが来てしまうものだ。
すると、偶然にも先ほど声大きく謝罪を述べていた長月さんがチラッと視界に入った。そこには、先ほどと変わらずぺこぺこと頭を下げている姿。
走りに集中しているためそこまで思うことはないけど、よく謝る人なんだな。という印象を抱いた。
気づけば、残り半周。
ペースを崩すことなく走り続けるも、未だに後ろの人は張り付いている。
変わらず、負けるつもりはない。
ラストスパートに残りの体力を振り絞り――――ゴール。
体力を使い果たした僕は、内側に入って腰を落とす。
膝を抱え、荒れに荒れた呼吸を何度も何度も繰り返す。
そんな感じに呼吸を整えていると、誰かの足音に気づいて視線を上げると、
「はぁ――はぁ――
桐吾だと思っていたけど、別の人だった。
同じクラスで顔自体は何度か見たことがあるけど名前は知らない。
「あ、ありがとう。キミもお疲れ様」
「あ、ごめんごめん! 自己紹介してなかったよな。俺は
「なるほど、認識自体はしてたよ。
「あっはは、そう言ってもらえると助かるけど、くぁー! やっぱ、悔しい。……そうだ、俺のことは
「じゃあ、僕も
正直に言うと、若干警戒した。
この学園には、
だけど、一樹は少し話しただけでも、陽気で気さくな負けず嫌い。という明るく分け隔てない性格なんだな、というを感じる。
なにより、疲れ果てて顔が死んでいる僕に対して、一樹は終始息を荒げながらも爽やかな笑顔を見せている。たったそれだけで、人物像の良さを察することができた。