それからしばらく。シャンプーとリンスを終えた俺は目元の水分を拭くと、目を開けて由那を呼び寄せる。
「えっと、お待たせ。とりあえず頭洗い終わったけど」
「ふふ〜ん。じゃあいよいよ私の出番だね!」
ザパァ。勢いよくお湯から上がり、俺の背後へと移動してくる。もう一つ椅子があれば良かったのだがあいにく一つしかないため、膝立ちで進めるようだ。
「え、えへへ……ゆーしの背中ぁ♡」
「あの、由那さん? なんかすっごい寒気がしたんですけど」
「気のせいだにゃ〜。それか、ちゃんと暖まれてないんじゃない? まっかせて、私がポカポカにするよ〜!」
不安だ。不安しかない。
目の前の鏡越しに見る彼女さんは、それはそれは楽しそうにニヤけている。
背中を流してあげると言っていたが、要するにボディタオルを泡立たせてゴシゴシしてくれる、みたいな意味合いだろう。
というわけでとりあえずタオルを渡そうかと思ったのだが。その瞬間、ピトッ、と。背中に手が添えられる。
「……好き♡」
「ん゛んっ。な、何をしてるんですかね?」
「見惚れてるだけ、だよ。ゆーしのかっこよくておっきな背中に……」
小さく柔らかな手が、肩甲骨に当たって。そのままなぞるように、上下左右に動く。
撫でているような、摩っているような。俺からすればくすぐったい感覚に襲われる、そんな時間。
「ゆーしは、さ。いつも私にドキドキさせられてばっかりって、そう言ってたけど」
「……?」
「それは、私もなんだよ? ゆーしは誰よりもかっこいいのに、自己肯定感が低いんだもん。ふとした瞬間無意識にドキドキさせてきて、こっちだって胸がきゅ〜ってなってばっかりなんだからね」
すりすり……ぴとぉ。
背中のど真ん中に、彼女の頬が当たる。
頬擦りと共に見なくても分かるほど熱烈な視線をぶつけてきて。心臓が跳ねた。
自己肯定感が低い、って。そんなことを言われても、俺には寛司のようなルックスの良さは無い、と思う。身長が高いわけでも、筋肉があるわけでもない。中の下か、良くても中の上。顔という面で言えば自分に対して物申したい部分を挙げ出すとキリがないし。
まあこれでも昔に比べると、随分自分に自信はついた方なんだけどな。一緒にいるだけで好きだと言ってくれて、色んなところを褒めてくれる。そんな世界一可愛い最高の彼女さんが、ずっと隣を歩いてくれているから。褒められているだけでも当然自己肯定感は上がるし、何より。自分はこんな可愛い女の子に好きと言ってもらえる男なのだと思うと、少しは自分のことを好きになれる。
「あっ……首筋のキスマーク、まだくっきり残ってる。ゆーしが私のものだって証、ずっと残ってくれたらいいのに……」
「〜〜〜っ! そ、そんなことしなくても俺はずっとそばにいるぞ? その……俺はずっと、由那のものだし、な」
「本当? えっへへ、やったぁ。じゃあ私も一生をかけて好きって言い続けるね♡」
そう言うと、由那は壁にかけられていたタオルと小さな棚に置かれているボディソープのボトルを手に取って。それの中身を出し、馴染ませる。
「じゃあまずはお風呂時間でた〜っぷり疲れを癒せるよう、練習しなきゃ! 背中、優し〜くいっぱいゴシゴシしていきますね。あ•な•た♡」