「単刀直入に言うぞ。お前ら、もっと勉強しろ」
はぁ、とため息を吐きながら。奈美は目の前の成績不良者二名に向かって言い放つ。
放課後、受け持ちの授業も終わりようやく一息つける時間にこんな事を言うためわざわざ二人を呼び出したのは、他でもない。
「赤点とる奴が出てくると私が怒られるんだぞ」
怒られたくないからである。
まだ二人は一年生。一年生の一学期の期末テストという序盤も序盤であまりに酷い成績不良を叩き出す奴がいれば、怒られるのはその担任。それをなんとか回避しようと説教に乗り出した次第だ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 薫ちゃんの成績は知らないけど、私は赤点一つも取ってないです!」
「ああ、そうだな。取ってはない。取ってはないが……四十点ジャストの教科、三つあったよな?」
「う゛っ、そ、それは……」
この学校での赤点というのは、四十点未満を指す。
数学、化学、生物の計三教科であと一点でも低ければ赤点という点数を取っていた由那がここに呼び出されるのは、至極当然のことであった。
「お前なぁ、神沢とイチャつくのは別に構わんけども。頼むからこの期末、赤点なんて取ってくれるなよ? 夏休みの補習、割とドギツイって聞いたからな。神沢と一緒にいられる時間も減ること、忘れるなよ」
「ひゃぃ……」
しゅん、と下を向く由那を見て「これだから説教するのは嫌なんだ」と思いつつも。言いたいことはあったので、一人目への文言を終える。
おそらくテスト期間中は勇士と勉強をしていたのだろうという予測も立てていた。実際勇士の点数は特別いいとはいかなくても赤点を想起させるようなものではないから、一緒にちゃんと勉強できれば必然的に彼女も点数が上がるはず。そう踏んでいる。
だが、問題は……
「っし、じゃあ帰ろっか由那ちゃん。テスト頑張ろうな」
「オイ待て問題児。一番ヤバいのはお前だぞコラ」
もう一人。赤点所持五つの、大問題児だ。
現代文、古典、数学、化学、英語と。もはや文系だから理系だからなんて言い訳の効かないほど完璧な赤点。それも全部三十点台前半で、赤点を逃れた残り教科も一番高いもので四十点後半と、中々のカオスっぷり。
小学校から中学校に上がるうえでの一発目のテストというのは、点数が低いのも頷ける。定期テストなんてシステム小学校にはないし、ナメてかかって痛い目を見た生徒は多いはずだ。
しかし、高校一発目は訳が違う。確かに中学の頃よりやっている内容は難しいだろうし、教科数も多いが。定期テストという点においては初めてではないし、何より「受験」という、人生の岐路を一度突破している存在。あまり、言い訳はできないだろう。
「お前、仮に五教科もう一度赤点なんて取ってみろ。多分あの感じ、夏休み一日も無いぞ?」
「むぁじか!? それは困るな。やりたいこと、いっぱいあるのに……」
「なら死ぬ気で勉強しろ。結局はお前のやる気次第だからここで私がしつこく言っても仕方ないけどな。たったの一週間テスト勉強するのと一ヶ月半毎日補習漬けでしかも宿題まである夏休みを過ごすの。どっちの方がマシかくらい、分かるだろ」
「はぁ……しゃあない、な。分かったよ奈美ねえ。夏休みのためだ。やればできる子で有名な薫ちゃんを信じててくれ。全教科華麗に赤点回避してやるからな」
「オイ、奈美ねえはやめろ。学校では湯原先生、な。あと敬語」
「おっと、つい。分かりましたよ、湯原先生」
「ったく……本当頼むぞ」
奈美の声に応えるように、最後に軽く頭を下げて。薫と由那は職員室を出る。
「…………はぁ。ヤニ吸いに行こ」
改めて教師という仕事は面倒臭いと。奈美は、本日何度目かも分からない、大きなため息を吐くのだった。