第171話 王様ゲーム4

「…………きゅぅ」


「ありゃりゃ……ちょっとやり過ぎちゃったかな……?」


 数分後。たらぁ、と鼻血を出し昇天した蘭原さんは、今在原さんの膝の上で眠っている。


 原因は間違いなく幸せの過剰摂取。大好きな在原さんの成分を摂り過ぎた結果、脳がオーバーヒートしたのだろう。


 鼻にティッシュを詰められ倒れているこの姿はあまりにも無惨だが、まあ多分すぐに起きるか。……起きた時自分が膝枕されてることに気づいてまた倒れなきゃいいが。


 というか在原さん、もしかして意外と鈍感なのだろうか。


 いつも周りのあれこれを誰よりもいち早く察知するのに、どうやら蘭原さんの気持ちには気づいていないらしい。あれか、自分に向けられた好意だけ極端に勘付けないタイプか。


「と、とりあえず仕切り直して! 次行こう!!」


 こうして蘭原さんは脱落。割り箸の本数は五本となり、再び王様ゲームは再開された。


「「「「「王様だ〜れだ!」」」」」


「あ、俺だね」


 次に王様の特権を握ったのは寛司。


 コイツもコイツで、中々にいやらしい命令をしてきそうで少し怖い。なんというかこう……ギリギリのラインを突くのが上手そうだ。


「う〜ん、そうだなぁ……じゃあ」


 少し悩んで、寛司は言葉を続ける。


「一番の人に、初恋の話をしてもらおうかな」


 は、初恋の話か……。これ、刺さる人には刺さる命令だろうな。


 ちなみに俺は四番だったので、当たったのは別の誰かだ。余裕綽々な雰囲気を出しているところを見るに、多分在原さんも違う。


 ……というか、明らかに一人。黙りこくって下を向いている人がいる。どうやら寛司は、一番当てたいであろう人を当てたらしい。


「わ、私……なんだけど」


 わなわなとしながら一番と書かれた割り箸を見せるのは、中田さん。


 正直俺としては由那に当たって欲しい気持ちも微かにあったが。いや、在原さんでも面白そうだな。


 ただこの局面。寛司が王様となれば、一番面白いのは確実にこの人。


 と言ってもまあ……寛司から馴れ初めの話を聞いている俺としては、彼女の答えは分かりきっていたのだが。


「わ、私の、初恋……」


「へえ、有美に当たったんだ」


「……私の番号、盗み見た?」


「まさかぁ。俺としては誰に当たっても面白いかなと思ってたよ。まあでも、有美が当たっちゃったからには有美に話してもらわないと」


「そ〜だぞぉ。有美、素直に初恋の話をしろぉ〜」


「か、薫まで……っ!」


 ああ、なんというデキレースなのだろう。


 多分この場にいるメンツで中田さんの初恋相手が誰なのか察しがついていない奴は、一人もいない。知らないとすれば蘭原さんくらいなものだが、彼女は今昇天中だ。


「ふっふっふ〜。有美ちゃんの初恋話、私も気になるにゃぁ♪ ね、誰なの〜? 早く言っちゃいなよぉ〜」


「つっう……うぅ!!」


 中田さんの顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「わ、私の初恋、相手……」


 そして、途切れ途切れに小さな呟きで。中田さんは茹蛸のようになってしまった顔を少しだけ上げると、じいっと寛司を見る。


「寛司、だから。新しく話せること、ない……」


「ん゛んッ」


 珍しく寛司が喉を詰まらせ、変な声を出す。


 目論見大成功、といったところだろうが。多分予想以上の攻撃力だったんだな。分かるぞ、寛司。好きな人の恥ずかしがる顔って、変に唆るというか。意識の外から急所を狙われたみたいな感覚になるよな……。


「っぐ。ふ……ちょ、なんでみんなしてそんな……黙らないでよぉ……っ」


「ご、ごめん有美。その、今のは流石にパンチ力が……。頭、フリーズしてた」


「お、女の私でも思うところがあったぞ、今のは。私の親友、可愛すぎんか?」


「有美ちゃん、女の子だぁ。なんかラブコメ漫画読んでるみたいでキュンとしちゃった!」


「寛司、アンタ……覚えてなさいよ。絶対仕返ししてやる……」


 耳まで赤くしながらせめてもの抵抗にキッ、と寛司を睨むその目にはもはや強い眼力は備わってはおらず、子猫のように弱々しい。




 だが、確かに心の内に寛司への復讐という目標を見据えながら。割り箸を在原さんへと返すのだった。