「あっ、私です……」
次に王様を引き当てたのは、蘭原さん。
彼女は多分命令したいことなど無い気がするが。それ故にどんなことを言ってくるのか、少し気になるな。
「ひなちゃんかぁ〜。さぁ、なんでも命令してくれ〜!」
「な、なんでもっ!?」
お、オイ。一番それを言っちゃいけない人が言ったな。アンタが蘭原さんにそれを言ったら多分大暴走するぞ。
「にゃん、でも……へへっ、へへへっ……」
ヤバい。本当にヤバい。絶対なんか変なスイッチ入ったぞ今。
大人しい顔をしていた彼女の口角が、ゆっくりと上がる。
今蘭原さんは一番安全な人物から、一番危険な不審者へと不名誉な昇格を果たした。正直彼女の口から何が命令されるのか、もう想像もできない。というかしたくない。
「じゃ、じゃじゃじゃあ、三番さんが!」
三番ッ!?
まずい、まずいまずいまずい。三番は俺だ。
絶対変な命令される。ああ、終わった。明らかに不審者モードの蘭原さんから下される命令が、まともなわけが……
「あ、あのっ……私に頭なでなで。してくだしゃひ……」
「へ……?」
あ、頭……なでなで?
「おいおい、なんだよそれぇ。もはやご褒美じゃねえか! クッソ、なんで私が三番じゃないんだ……」
「私も三番じゃないよ〜?」
「あ、えと……俺だ。三番」
よかった。てっきりもっとエグい命令が来るのかと思っていたけど。蘭原さん、心は乙女だったみたいだ。
多分在原さんになでなで、してもらいたかったんだろうな。うん、その気持ちは分かる。好きな人に頭を撫でられるのは死ぬほど心地がいいからな。俺も基本は撫でる側だが、たまに甘やかしたいモードの由那から撫でられると心が穏やかになって幸せが溢れる。
「ゆ、ゆーしが三番!?」
「え? お、おう。そうだけど」
「はいは〜い、じゃあ神沢君、ひなちゃんになでなでしてあげて〜!」
「す、すすすみません。変なお願いしちゃって……」
「い、いや……うん。まあ大丈夫」
なんというか、ちょっと気まずい。
俺が彼女の頭を撫でることそのものは別に大丈夫なんだが。もはや誰が見てもこの命令は在原さんに対してやりたかったものだ。それを俺が代わりにしてしまうというのは、少し忍びないが。
小さな頭を差し出してくる蘭原さんに、そっと手を伸ばす。
早く撫でて次に行こう。そう、思ったのだが────
「ぶぅ……」
「あ、あの。由那さん? 凄く不機嫌そうですね……?」
「べぇっつにぃ。……ゆーしのなでなでは私専用なのにとか、思ってないもん」
思ってるなぁ。思いすぎて口に出ちゃってるよなぁ。
いや、正直言うと俺もあまり乗り気ではなかったけども。ただここで俺一人の意見で断ると蘭原さんが自分を卑下してしまうかなぁ、と。
だからあまり深く考えずさっと撫でようと思ったのだが。どうやら嫉妬深い彼女さんはそれも嫌らしい。……いや、よくよく考えたら俺でも嫌だな。俺以外の奴に由那が撫でられてたら発狂する自信がある。
(……やめるか)
王様の命令は絶対、なんて言うけれど。こればっかりはどうしようもないな、うん。
「ごめん、蘭原さん。やっぱり代役立ててもいい?」
「えっ……?」
「おいおい、どういうことだぁ?」
「ごめん、彼女さんNGが出ちゃったんで。それに、俺よりもっと適任がいるし」
俺は蘭原さんに伸ばしていた右手を引っ込め、代わりに由那の頭へと伸ばす。
実はと言うとさっきから、その光景をちょっと羨ましそうに見ていた人がいる。俺が撫でるよりも、そうしたいと思っている人がやった方がいいだろう。
「権利、譲渡で。在原さんお願いしていい?」
「まぁじで!? いいのっ!?」
「はひ、ふにゃぁぁぁっ!?」
その瞬間。在原さんは蘭原さんに思いっきり抱きついて、まるでペットでも撫でるみたいに頭をわしゃわしゃする。
「へへっ、ひなちゃんめっちゃ良い匂いするぅ。わしゃしゃしゃしゃ!!」
「へ、ひひっ♡ ふへへへぇ♡ ふにゃにゃにゃにゃにゃ……っ♡」
うん、幸せそうでなによりだ。明らかに王様ゲームのルールから逸脱した行動をとってしまったが、在原さんもそういうところを厳格にするつもりはないらしい。
嫌がってるなら強制しない。まあ今回に関しては自分の欲望に忠実だっただけの可能性もあるが、在原さんは空気を読めると言うか、引き際が分かっているから、中田さんとも今こうしてずっと仲が良いんだろうな。クラスのみんなから一目置かれているのにも納得がいく。
「ほぉれ、ここがいいんか? ここが気持ちええのんかぁ!?」
「あへへへへへへへへっ♡」
あのぉ。人が割と見直してる時に変態オヤジみたいなことするの、やめてくれませんかね……。