第160話 スーパーボール掬い1

 ほとんどが縁日のお店で構成された別校舎、二階。


 渡り廊下と階段を使ってそこまで行くと、辺りには小学校のお祭りの如く体験型の出し物が並んでいる。


 ヨーヨー釣りやスーパーボール掬いに、射的、ストラックアウト等々。まさに縁日といった感じだ。


「なんか一足早い夏祭りに来たみたいだな」


「ね〜っ! テンションあがっちゃうよぉ!!」


 夏祭りと言えば。昔、由那とは毎年親連れで小学校のに行ってたっけ。焼き鳥やポップコーンが美味しかったり、あとは由那が力任せにスーパーボールを掬おうとするもんだからポイが簡単に破れて泣いちゃったり。


 断片的だけど、頭によぎる光景がある。今年はそんなまぼろな物ではなく、一生忘れられない思い出を作りたいな。


 なんて……正直最近は毎日が濃すぎて常にそういった思い出の更新ばかりを繰り返しているが。


「ね、ねっ! スーパーボール掬いやろうよ! 何個取れるか勝負しよ!!」


「おー、いいぞ。望むところだ」


 勝負、か。由那には悪いけど全く負ける気がしない。


 料理も裁縫もできる由那だが、昔のあのがさつにポイを水につけて一瞬にして大穴を開けていた光景を覚えている俺としては、もはや勝負にすらならないと思っているほどだ。


 かく言う俺もスーパーボール掬いなんてもう何年やっていないか分からないが、俺が特別上手である必要はない。何故なら、相手が勝手に自滅する前提だからだ。


「もし私が勝ったら、今日新発見したお腹なでなでキスを常設化してもらうよ! いっぱいいっぱい、なでなでされながらキスするから!!」


 常設化て……。いや、まあこれからもするつもりだったし全然良いんだけどな。お腹撫でられて熱くなってる由那、死ぬほど可愛かったし。


「じゃあもし俺が勝ったら?」


「え? う〜ん……じゃあご褒美にイチャイチャハグとたっぷりキスしてあげる!」


「よし、乗った!」


 なんだこの勝負。最高か? 由那が勝ったらお腹なでなでキス、俺が勝ったら甘々ハグをしながらのキス。どれだけ俺にやり得な条件を与えてくれるんだこの彼女さんは。


 一回百円、と書かれたスーパーボール掬いやヨーヨー釣り、他にもいくつか縁日系出し物を掛け持ちしているクラスの教室へと入り、ボールプールの前へ。


 中には水が敷き詰められており、色とりどりの、そして大きさもバラバラなスーパーボールが浮いていた。


「ふふんっ。こんなの由那ちゃんにかかれば余裕だよ〜!」


 ポイと小さなボウルのようなものを受け取り、準備万端。濡れてもいいように袖をまくると、ゆっくりとポイを水面に付けていく。


(サクッとニ、三個くらい取って勝たせてもらうかな……)


 ポイの端っこ、縁と紙の間で少し段差になっているところにスーパーボールを寄せて、引き上げる。


 少しだけ水に濡れて紙がふやけるが、当然まだまだ破れない。まずは小さめのボールを一つ獲得。


 昔の由那を思い返せば、もうこの一つだけで勝利してしまえそうな気もするのだが。


「ほいっ、ほいっ、ひょいっ!!」


「…………あれ?」





 まるで漁船でマグロを一本釣りしていく漁師さんのように。ポイを下げては上げ、下げては上げを繰り返す彼女はもう……たんまりと、スーパーボールを掬い上げていたのだった。