「あまり有美に動揺してるところ、見られたくないからさ。隠してたんだけど……」
熱々になった手を繋ぎながら、言葉を続ける。
「有美のメイド姿。可愛すぎて、さ。正直理性ギリギリなんだ……。多分二人っきりだったらもうハグしたりなでなでしたり、いきなりキスまでしちゃってるんじゃないかってくらい。さっきから触れたくて仕方ないんだよ」
「っっ……っっうっ!?」
滅多に見せない動揺と、微かな赤面。
違った。寛司は決死でメイド服を着た私を前に平成を保って、いつものように接しているように見えたけど。本当は、動揺を隠すためのものだったんだ。
思わず頬が溶けてニヤけそうになり、それに気づいてすぐに顔へ力を込めてそれを阻止する。
(ちゃんと、ドキドキしてくれてたんだ……)
この時初めて。私はこの服を着て良かったと、心の底から思えた。寛司の執事服を見るための潤滑油なんかじゃない。
この服を着たことそのものに、彼を喜ばせるという意義がちゃんと備わっていた。それを確認できただけで、もうどうにかなってしまいそうなくらい喜びが溢れてくる。
「え……へへっ」
あの寛司の余裕面を剥がした。私が、私の力で。
ざまあみろ。いつもいつも私を甘い言葉で唆して、ドキドキさせて。好き好きって、いっぱい言わせて。
これはそのツケだ。跳ね返りだ。今度は私のターン。
いつもいつも私ばかり振り回されてるんだから少しくらい……仕返ししても、いいよね。
「ふ、ふぅん。寛司の変態っ。私にこんな格好させて……ムラムラしちゃってるんだ」
「む、ムラッ!? そそ、それは違うよ! あと俺は変態なんかじゃ────」
「彼女にメイド服なんか着せておいて?」
「う゛っ……」
ふふ、言葉に詰まってる。いつも何言ってもスラスラ受け答えしてくるコイツが、私のメイド姿の前で弱ってる。
そうだ、寛司だって男の子。いつも私が甘えたりキスを求めたりしたらやれムッツリだのエッチだの言ってくるけれど。
男の子で狼な寛司の方が、変態に決まってる。もう私のことをどうこう言えないようにしてやる。
「た、確かに……今の有美を見てると変なこと考えそうになるけど。でも! それは有美が可愛すぎるから、いけないわけで……」
「ぴっ!? う、ううううるさい! 口答えするなぁ!!」
「あの〜、二人とも? 私はいつまでこの夫婦漫才を見せられ続ければいいのかな……」
「「ご、ごめんなさい!?」」
しまった、先輩に見られていたのを忘れていた。
いや、先輩だけじゃない。今このクラスで唯一のお客さんな私達を、先輩のクラスメートの人までクスクス笑いながら眺めている。
久しぶりに反撃できるチャンスだと思って……周りを、見ていなかった。というか正直先輩のことまで完全に忘れていた。
「ほら、いい加減撮るよ〜」
先輩が私たちに向けて寛司のスマホを構える。
私は咄嗟に、右手でピースを作る。
視界の端で、寛司も。左手でピースを作って、スマホのレンズを一直線に見つめていた。
(あ、かっこいい……)
「はい、チーズッ!」
カシャッ。乾いたシャッター音が響く。
続いてニ、三回ほど。気づけば撮影は終わっていて。正直、ちゃんとレンズの方に目をやれていたか自信はなかった。
だって……咄嗟に吸い込まれてしまったから。彼が、私に告白してきた時と同じ。あの、まっすぐな目に。
「はいはい、有美ちゃん彼氏君に見惚れないの。このままチェキも撮るよ〜。ポーズ、さっきと同じでいいの?」
「あっ、じゃあせっかくなのでお姫様抱っこします。この格好なら、メイドさんをそうしていても違和感ない気がしますし」
「は、はぁっ!? ちょ、まっ────そんな、簡単にっ!?」
「ふふ、有美は軽いね。メイド服の重さ込みでもこれなんて」
「あっ……ひゃぁ……」
結局、さっきまでの口論で頑張っていたのは何だったのかと思うほど簡単に形勢は逆転されて。
男の子の力でひょいっ、と持ち上げられてしまった私は、まるで借りてきた猫のように寛司の腕の中で縮こまり、じっとしていることしかできない。
「ふざ、けんなぁ……っ」
己の全方面的な弱さに。本当、飽き飽きしてしまいそうだ。