「お疲れ、有美。俺たちのシフトやっと終わったね」
「う〜ん。意外と疲れたぁ」
午後四時。私と寛司は最後のシフトを終えて、着替えてからまた廊下で再集合する。
この後まだ一時間シフトが残っているひなちゃんのことは、神沢君にお願いしておいた。薫が変な事をしないよう見張っておいてあげてほしい、と。何故かその時やけに不思議そうな目をして「逆じゃなくて……?」と言われた意味はよく分からなかったけれど。まあ神沢君に加えて由那ちゃんもいることだし。多分大丈夫なはずだ。
「文化祭終わるまであと二時間かぁ。楽しい時間は本当あっという間だよね」
「ね。結局行きたいお店もあまり行けてないし……」
「? それは有美があのあとずっと甘えてきたからじゃ────」
「う、うるさいな。そんなことより早くどこか行こ! 時間もったいない!!」
余計な事を言うな、と脇腹を小突いてから。左手を強引に右手で掴み、離さない。
本当は少しだけ休憩してまた一時間くらいはお店を回れる予定だったのに。恥ずかしいけれど私が死ぬほど甘えたい気持ちになってしまったせいで、シフト前までの時間をベンチの上で全部使ってしまった。
(あ、あれは寛司だって悪いし。仕方ない、よね……)
確かにキスを迫ったのは私だったけど。寛司も寛司だ。人が甘えたくなっているところにハグをして、全肯定でなでなでしてくるなんて。あんなの……ズルい。
「あ、実は俺一箇所行きたいところあるんだ。有美が先に行きたいところあったらそっち先でもいいけど、どうする?」
「じゃ、じゃあそこ行こ! 私の行きたいところはあとででいいから!!」
私の行きたいところ。いくつかあるけれど、それらは全部うちのクラスみたいな喫茶店やよくあるタピオカ屋さんなど。正直文化祭でしか行けない、みたいな特別感のあるところではないし。
何より大事なのは、寛司と一緒に行きたいというところなわけで……。二人きりで行けるなら、多分どこでもよかった。あと私があそこで一時間以上も甘えてしまったせいで、こうして時間が減っているわけだし。寛司の行きたいところがあるならそっちを優先してあげたい。
「どこ行きたいの? 食べ物系?」
「いや、何系……って言い辛いかな。まあ行ってみれば分かるよ」
「ふぅん……」
なんかちょっと誤魔化された気もするけど。まあ文化祭に変なお店があるわけもないし、普通に縁日系とかかな。もしお化け屋敷に行こうとしてるなら……入る直前でグーパンしてやる。
「大丈夫、お化け屋敷じゃないよ」
「へっ!? なっ……ちょっと、心読まないでよ」
「いやぁ、だってなんかちょっと不安そうだったから。有美が行きたくなさそうなところってお化け屋敷くらいかなぁーって」
「ぐぬぬ……絶妙に考えが読まれてる……」
「まあ彼氏だからね。あと有美分かりやすいし」
わ、分かりやすいって。なんか自覚はあるけど改めて言われるとちょっと癪に触る。
というか……寛司に完全に心読まれたらめちゃくちゃ意地悪されそうでやだ。
「とりあえず、行こ?」
「……うん」
結局どこ行くのか教えてくれてないし。少し怖いなぁと思いつつも、自分で言い出した手前あまりここでごねるわけにもいかないし。
不安を胸に抱えつつも、私は寛司に手を引かれて歩き始めるのだった。