「…………ふぅ。ったく、高校ってのは喫煙所が無くて困るな」
私、こと荒野照は、喫煙所を求めてしばらく。ようやく近くのコンビニの前に灰皿が置いてあるのを見つけると、そこで一服していた。
そもそもなんで私が二十歳にもなって高校の文化祭にいるのかというと。ズバリ、部活の後輩から手伝いを頼まれたからである。
元々占い部に所属していた私は、今ではOBという扱い。本来なら部に干渉することももう無いのだが、三年の時に可愛がっていた当時一年生の部員からいきなりLIMEが来た。
ま、要するに人員不足だ。そして藁にもすがる思いで私に声をかけてきた、と。新入部員を増やすためにも今回の文化祭にはかなり力を入れていたらしく、親が会社でもらってきたのだという高級酒を引き合いに出されついつい手伝うことにしてしまった。
「……にしても、まさか恋愛占いとはな」
これは私の持論だが、占いとはすなわち雰囲気だ。タロットで言えば出たカードが持ついくつもの意味から一番相手に適したものを口にして、さも自分の占いは当たっていますよと錯覚させる。占い部だった私がこんなことを言うのもあれだが、結局は口からでまかせを言う職業なのだ、これは。
というか、カップルのイチャイチャばかり見せられて胸焼けが凄い。とくに最後の客。髪が真っ白でやけに美少女だったからよく覚えてる。女帝のカードが出た子だ。特にあの子はもう幸せオーラが凄過ぎて胃がキリキリしてしまっていた。
「流石に恋人の逆位置なんて引くとは思ってなかったし、めちゃくちゃ焦ったなぁ……あれは」
恋人の逆位置にはあの男の子に言った優柔不断という意味の他に、不倫とか関係の崩壊なんて物騒な意味のものもある。会話術で無理やり話を繋げてそれっぽい占い内容をでっち上げてはみたものの、本来なら恋愛占いとしては「最悪」と言ってもいいくらいのカードだ。
けど、それを伝えたところであの子達が幸せになるわけじゃないし。嘘をつくまではしなくても、せめて結果の中で一番マシな組み合わせを選んだつもり。彼氏君が優柔不断そうなのはなんとなく分かっていたから、あれでも充分信憑性はあっただろう。
「っと、ヤベ。そろそろ戻らなきゃいけない時間か」
短くなったタバコの先端を擦り潰し、灰皿の中に落とす。
「あ……靴紐。解けてる」
と、同時に。視線が下に落ちると、自分の履いていた靴の紐が解けていた。
咄嗟に私はしゃがんで、紐を結び直そうとする。だが、その時。
バサァァっ。
「おわ!? クッソマジか。ついてない……」
上着のポケットに入れていたタロットカードを全て、コンクリートの地面にぶちまけてしまった。
ちょうどさっきまで占いに使っていたものだ。きっと無意識にポケットに突っ込んで出てきてしまったのだろう。
見事に散乱したカードたち。それを拾おうと、手を伸ばす。
「…………ん?」
異変に気づいたのは、その時だった。
ほとんどのカードが裏向きであっちこっちに散らばっている中、何故か二枚だけ。表向きになったカードが、私の足元で綺麗に揃って落ちている。
女帝のカードと、恋人のカード。並んだそれらはどちらも……私から見て、正位置の方向を向いていた。
「お、おいおい。怖いって……私が間違ってたとでも言いたいのか……?」
でまかせばかり言う私だが、的中率には自信があった。勿論それはカードの結果と相手を観察した結果を擦り合わせているからではあるが、占いを信じていないくせに私の占いが一番当たると、部活の中では割と有名だったくらいなのに。
まるでさっき私があの二人に出した結果が間違っているとでも言いたげに、その二枚はこちらを見つめていた。
きっとただの偶然だ。たまたまだ。カードが勝手に動くなんてことはありえないし、落ちた時に奇跡が重なっただけ。もしかしたらあの二人の占いが休憩前の最後だったから、この二枚だけ表向きにしてポケットに入れていたのかもしれない。
「それでも怖いっての……」
恋人の正位置。それが示す意味は「相手を信じることが愛につながる」、「迷わず自分の気持ちに従って行動している」など。
あの彼氏君が、早速勇気を出したということか。私に言われた通り愛を伝えまくっているのだろうか。今二人を占い直したら、この結果に────
「なんて、な。ないない。こういうの信じてないだろ、私は」
くだらないことを考えるな。自分にそう言い聞かせ、さっさとカードを回収し靴紐を結ぶ。
「よーし、頑張りますかぁ。アイツらと高級酒のために、あと二時間!」
ニコチンを摂取し冴えていく頭と共に、軽快な一歩を踏み出した。
さっきのことは、忘れることにして。