「へっ!?」
唐突な踏み込んだ質問に、思わずコントローラーを持つ手を滑らせてしまう。
画面に表示された「LOSE」の文字。机の上にコントローラーを置いた憂太の視線は、ひしひしと俺に突き刺さる。
『俺は、由那のことが好きだ。お前から……お姉ちゃんを奪い取るぞ』
あの日、勝負宣言をした。幼なじみから赤の他人となり、そして再び戻ってきた俺が。ずっと由那のそばにいてくれたコイツに。
俺は結果的に、憂太から初恋の人を奪い取った。改めて今、そのことを再認識させられる。
「ああ。俺から告白して、今は付き合ってる」
「……そっ、か」
きっと聞かずとも本人は察していたのだろう。そこに動揺の色はなく、ただ静かに言葉を受け入れているように見える。
気に入らない。そう思われてしまうのは当然だ。
俺達はもう、由那への気持ちに気づいていなかった昔には戻れない。純粋な仲良し三人組には、もう────
「おめでと。ゆーしにい……」
「え?」
憂太は寂しげにしつつも、俺に祝福の言葉を送る。
どうしてだ。絶対に怒りを向けられるか、嫌われて会話が消えるか。そのどちらかだと思っていたのに。
コイツからはそういった負の感情の類が全く出てこない。俺のことを嫌いに、なっていないのか……?
「お姉ちゃん、ここ最近毎日嬉しそうなんだ。嬉しそうで、楽しそうで。今までで一番、幸せそうな毎日を送ってくれてる。多分それは全部、ゆーしにいのおかげなんだと思う。……だから、ありがと」
ああ、違う。
そうか。憂太はもう、俺が思っている以上に……
「でも、まだ諦めてないよ。お姉ちゃん取られっぱなしじゃいられないもん。まだ負けてない。僕も、頑張るから」
「憂太……」
成長していた。俺の知らない間に憂太もまた、変わっていた。
勉強をするようになったとか、身長が伸びたとか。そういう話ではなくて。
恥ずかしいな。憂太の精神的な成長を感じ取れていなかった。コイツは多分、俺のことを嫌ったりなんてこれっぽっちもしていない。喧嘩別れだと思っていたのは俺だけで、憂太自身のなかではもうとっくに決意がなされていた。相手をただ拒絶し否定するだけではなく、一人の敵として迎え撃つ決意が。
「大きくなったな、ほんと。俺も案外うかうかしてられないか?」
「むっ。ゆーしにい、僕のことそんなに子供だと思ってたの?」
「今も思ってるよ。まあただの子供じゃなくて……。そうだな、意外と手強い弟って感じか」
「そ、それって褒められてるの……? というかゆーしにい、早くゲームの続きやろうよ。さっき良い勝負だったのに自爆されちゃったし」
「よーし、やるか。由那と違って骨がありそうだ」
「こっちの台詞だよ。簡単にやられないでよね」
「言ったな? 弟のくせに生意気な奴だ!!」
再びコントローラーを握り、ゲームを再開する。
全ては俺の勘違いだった。確かに恋心を知る前の三人に戻ることはもう、できないと思う。
でもそんなの関係なかった。俺は憂太の初恋の人を奪ったお兄ちゃんとして。堂々とここにいよう。
「ゆーしにい……たまには家、来てよね。お姉ちゃんとするばっかりじゃつまんないから」
「仕方ないな。じゃあ憂太にナメられないよう、俺ももっと練習しとかないと、なっ!」
再び表示されるのは、「LOSE」の文字。
残機二を残した憂太の圧勝だった。最初から全力で挑んだものの、むしろそれが空回りして簡単にいなされてしまってばかり。気づけばすぐに敗北していた。
けれど、どこか清々しい気持ちがある。憂太はどうか分からないけれど、少なくとも俺は。心のつっかえが取れたような気がした。
「な〜んだ。ちゃんとお兄ちゃんしてるじゃん、ゆーしっ」
やがてその試合が終わると示し合わせたようにタイミングちょうどで戻ってきた由那は、次は俺の膝の上に乗って。また三人でゲームを始める。
由那が俺の邪魔をしてきたり、憂太が俺と一騎打ちをするためにそんな彼女を優先的に殴り飛ばしたり。逆に俺がその隙をついて憂太に会心の一撃をぶち込んだり。
一人一人に実力さはあれど、足を引っ張り引っ張られでそれなりの均衡が取れた大乱闘はとても楽しくて。一度終わってもまた次、また次、と。気づけば外が暗くなり由那のお母さんが帰ってくるまで、ゲームを続けてしまった。
────その後由那だけ怒られたらしいと話を聞いたのは、また後日の話である。