「すぴぃ。ぴぃ……えへっ、ゆーしぃ……」
「あらあら、相変わらず幸せそうな顔しちゃって。憂太、布団持ってきてあげてくれる?」
「う、うん。分かった」
ゆーしにいが帰ってからしばらくして。お姉ちゃんは充電が切れたかのようにソファーで爆睡してしまっていた。
ソファーの端で肘置きにもたれかかり、口の端からよだれを垂らしながら。愛しのゆーしにいの名前を呟き、幸せそうな夢を見ている。
そんなお姉ちゃんにそっと部屋から持ってきたいつもの愛用布団をかけてあげると、また頬が緩んで。猫のようにくるまってしまうと寝転がり、本気の熟睡モードへと入って行ってしまった。
「……ねえ、憂太。勇士君とは仲直りできた?」
「え? う、うん。今日は一緒に遊べて、凄く楽しかったよ」
「そっ、か。頑張ったのね」
リビングの机で頬杖をつきながら、お母さんは妖艶な笑みを浮かべる。
頑張った。その言葉には少し違和感がある。確かにゆーしにいとはお姉ちゃんの一件で少し気まずくなってしまっていたけれど。そんな喧嘩をしていたわけでもないし、仲直りをするのに頑張るというほどのことはしていない。
「私はお母さんだから。憂太の気持ちを積極的に応援することはできない。でも……その気持ちは、大切にしてね。簡単に捨てるなんて勿体無いから」
「えっ……?」
バレてはいないと思っていたのに。隠し通せていると、そう思っていたのに。
お母さんは僕の想いに、気づいていたようだった。本当の姉弟ならば絶対に負けてはいけない、その想いに。
先ほどの「頑張った」という言葉の真意はどうやらそこにあったらしく。お母さんには敵わないなとすぐに悟った。
「ごめんなさい……」
「怒ってないわ。だから謝らないで? 確かに″それ″は誉められたことではないけど。お母さんはその想い否定することだけは、絶対にしたくないから」
お姉ちゃんのことが好きだ。一人の女の子として。僕はお姉ちゃんに恋心を向けてしまっている。
お母さんからすればそんな状況、面倒くさい以外の何ものでもないはずなのに。僕に言葉を向けると共に、優しく抱きしめてくれた。
「多分それを叶えることがどれだけ難しいことかは、憂太ならもう分かってると思う。由那には大好きな人がいて、その上拭えない血の繋がりもあって。でも……それでも頑張る憂太は、かっこいいよ」
「っ……っつ!? うぐっ……!?」
「だけど、お母さんにだけはその涙を隠さないで。蓋をし続けたら、きっと壊れちゃうから。憂太のペースで、少しずつでいい。お母さんはずっと、憂太の味方だよ」
「……っっあぁっ!!」
「よしよし。いっぱい泣いちゃえ。偉いよ、憂太」
気づけばお母さんの胸元に顔を埋めて、泣きじゃくっていた。
誰よりも一番、僕自身がよく分かってる。
この恋は負け戦だ。僕がお姉ちゃんにこの気持ちを伝えるには、あまりに障害が多すぎる。
でも、今はまだ諦め切れなくて。ゆーしにいを憎む気持ちも、昔みたいに仲良くしたい気持ちも全部本物で。お姉ちゃんと姉弟以上の関係になりたい気持ちも、今のままでいたい気持ちも。
全部全部、本当で。頭がこんがらがりそうになるほど、色んな感情がせめぎあって。そしてそれが今、大粒の涙として溢れ出ていた。
「全く、由那も罪な女の子になっちゃったわね。お父さんに似て、こういう時に鈍感なんだから。その点、憂太はお母さん似かな」
「っっっ……っつ! つっあぁっ!!」
お母さんは、全部分かってた。全部分かったうえで、唯一の″捌け口″になってくれた。
どこにも向けられなかったやるせない感情。その全てを、静かに受け止めてくれて。こうやって優しく頭を撫でられているだけで、心がスッと軽くなっていくのを感じる。
突きつけられた現実。お姉ちゃんが好きな人は僕じゃない。きっと僕に振り向いてくれる日はこの先、来ない。
でも、精一杯のことをしようと思った。この感情を大切にできるのは、きっと自分だけだ。
お姉ちゃんを好きだ。この感情だけは、絶対に忘れたくない。この想いから逃げたくはない。
だから今は、泣けるだけ泣こう。心の芯が折れてしまわないように。この感情を消さずに、少しずつ受け入れて。大人になっていくために。
今は、ただ────