第112話 ごろごろイチャイチャ2

 手を繋ぎ、見つめ合う。


 目が段々と慣れてくると、そこは暗闇から薄暗いだけの空間へと変わって。由那の表情がよく見えるようになってきていた。


 そして今見えている彼女の顔は、一言で言うなら女の子の顔。恋する乙女のように一途な眼差しを、うっとりとこちらに向けている。


「ご、ごろごろイチャイチャって……?」


「そのままの意味。私と一緒にこうやってごろごろしながら、イチャイチャしてほしいなぁって」


「それってつまりその……添い寝、みたいなことか?」


「うん、それが一番近いかも。まあ私は多分、ゆーしとこうやってイチャイチャしてる限りはドキドキで眠れないだろうけど……」


 絡められていく指はやがて恋人繋ぎを作り、俺の手の甲にはそっと彼女の暖かな額が触れる。


 サラサラとした髪の感触と共に、ほのかな熱を感じながら。由那がやけにパーカーに着替えることを勧めてきた意味はこれだったのかと、ようやく遅すぎる理解をして。大人しくイチャイチャへと身を委ねることにした。


「……キスしてもいいか?」


「んっ♡ 許可なんて取らなくていいんだよ? 私の全部は、ゆーしのものだって言ってるでしょ」


「あのなぁ。それ、布団の中でお前のこと大好きな奴に言っていい台詞じゃないぞ。男は狼だって、習わなかったか?」


「わ、私はゆーしが狼さんみたいになっちゃっても、その……好き、だよ?」


「そういうとこだぞ、ほんと」


「あっ────」


 唇を奪うと同時に、絡まる指の力が強まっていく。


 ふにふに、と柔らかい感触だけが伝う、物静かなな薄闇。お互いがお互いに近づくことだけを求めて、衣擦れ音だけが響く。


 この視界の悪い状態でも、由那の体温だけはしっかりと伝わってきた。どんどん熱くなってぽかぽかしていくその身体をそっと引き寄せて、何度もキスをする。


 キスをして、離れて。少し見つめあってから、無言でもう一度唇を合わせて。


 彼女とのキスは、回数を重ねるたびに一度では終われなくなっていっていた。歯止めが効かなくなる、と表現するのが正しいのだろうか。一度″キスをする″という行為をスタートすると、それがリミッターを外す合図になって。一回だけだと端から決めたりすることなど当然無いため、結局お互いが満足するまでになってしまうのだ。


 その結果、交わること五回。ようやく一段落がついたのは、由那が甘い息を吐きながらこてんっ、と俺達の下に敷かれた布団に頭を置いてしまってから。ようやくそこで、どちらかが止まるまで自分では止まれないこの連鎖が打ち切られたのである。


「い、一旦……休憩。はぁ、はあ……っ。身体、熱い……」


「俺も、熱い。体温高い奴と一緒にいるからだな」


「んもぉ、照れ隠し。……私がぽかぽかしちゃってるのは、ほんとだけど」


 目を合わせて、お互い結局恥ずかしのだと理解しあって。クスクスと笑みを漏らす。


 二人だけの時間。狭いけれど充実した、この空間で。俺達は好きを確かめる。


 由那とイチャイチャしている時間が何よりも幸せで、他のどんなものにも代え難い尊いものだ。本当に、これ以上の幸せを俺はまだ知らない。この先、知ることができるとも思えない。


 けれどもし知ることができるとするならば。それは、由那と″少し先の″イチャイチャを経験した時なのだろうか。


 今の俺達にはまだ、今の幸せが限界値で。きっといきなり先へ行こうとすると過剰摂取でおかしくなってしまう気がするけれど。きっとそれは、いつか迎えることができる幸福だ。


「ゆーし……大好きだよ」


「ああ。俺も大好きだぞ、由那」


 そう。少なくとも今日は、このままでよかった。この幸せを噛み締めるだけで、俺の身には余ってしまうほどに充分な幸せだった。

 けれど、まさか。





────お互いにとって想定外な、少し先。それを知ってしまうのが今日になるとは……思いもしなかったんだ。