「お、お邪魔します……」
「ただいま〜! ゆーし連れてきたよ〜!!」
玄関に由那の声が木霊する。
どうやら今日、由那のお母さんはいないらしく。今家にいるのは憂太だけのようだ。
「あ、お姉ちゃん。おかえり」
「ただいま憂太〜! ね、会いたがってたゆーし連れてきたよ! 久しぶりに遊んでもらおうね〜!」
「え? 僕会いたいなんて言ってな────」
「もぉ、恥ずかしがっちゃって。じゃあゆーし、とりあえず私の部屋行こ!」
「おぅ?」
ちょ、ちょっと待て。今なんか明らかに憂太の反応が好ましくなかったが。会いたいなんて言ってないって言ってたが?
めちゃくちゃ気まずいなと思いつつも、とりあえずはどうすることもできなくて。いきなり二人きりとかにされなかったことにほっとしつつ、由那の部屋へと向かう。
由那のことだ。勝手に自己解釈してプラスな方へと持っていき、憂太が俺に会いたいと言っていたなんて思い込んでもいそうだが。もうこの件は一旦置いておこう。どうせ後で話せる時間があるだろうしな。
ガチャっ、と音を立てて、部屋の扉が開く。
もう何回か訪れている場所なわけだが、部屋に入った瞬間ふわりと漂ってくる彼女特有の甘い匂いが凝縮されたこれには、毎度のごとくドキッとさせられてしまう。
そしてよく考えると、付き合い始めてからは初めての入室だ。あの時は勉強をするという免罪符に加えて、関係性はまだただの幼なじみ。今日は幼なじみの部屋ではなく彼女の部屋にお邪魔しているのだと再認識すると、特別な意識をせざるにはいられなかった。
「……あれ、なんか前と随分レイアウト変わったか?」
「あ、気づいた? えへへっ、ゆーしと離れ離れの時も寂しくないよう、いっぱい写真飾ってるんだ〜!」
前は勉強机に一枚、子供の時の写真があるだけだったのに。今では二人で撮った写真が増えていき、どうやら由那はそれらをちゃんと画像データだけではなく現像して取って置いているらしい。
モールデートした時の写真、公園デートした時の写真。お家デートした時のもあれば、この前の旅行のものもある。
どれも丁寧にわざわざ写真縦に入れてくれていて、しかもこだわりを感じるのはその一つ一つが全て別物というところ。枠の色や使われている素材等々。その写真の雰囲気に合ったものを使って飾っているようだ。
「ゆーしとの思い出は日々、アップデートされてるもんねっ。これでも飾る枚数厳選してる方なんだよ?」
「ああ、そういえばいっぱい俺の写真が入ったアルバムとかもあったしな」
「ん゛にゃっ!? そ、それは忘れて! た、確かにそのアルバムの写真も、増えていってはいるけど……」
「増えてってるのかよ」
恥ずかしそうに、紅潮した頬に手を当てながら。由那はチラチラと俺の横顔を伺い、言う。
「だ、だってその……かっこいい、から。私の彼氏さん……」
「ん゛ん゛ッ!!」
ああもう、赤面しながら言うな。そんなこと。
由那が俺のいない間寂しくないように、なんてクッソ可愛い理由で写真を量産してるってだけでも嬉しいのに。なんだそれ? 嬉死させるつもりか? もしかしてわざとか??
彼女にこんなことをされて。そのうえかっこいいなんて言ってもらえて。彼氏としてこんなに嬉しいことはない。
よし、今日はたっぷり甘やかそう。死ぬほどイチャイチャして寂しがりやを満足させてあげよう。ああ、もう今すぐ抱きしめたくなってきた。この愛され上手め。
「お茶、取ってくるね。ゆーし……くつろいでてね」
「ん、分かった。待ってる」
「……その、本当にくつろいでていいからね? ちょ、ちょっとくらいマーキングして……私の部屋に匂いを置いていってくれても、いいんだよ?」
「な、なんかいかがわしく聞こえるからやめろそれ! 心配しなくても、あ〜、なんだ。今日はお前本人にいっぱい残すからな。戻ってきたら覚悟してろよ!」
「えへへ、は〜いっ♡」
「ったく……」
由那がとてとてと階段を降りていく足音を聞きつつ、ようやく一息をつく。
(本当、好きすぎだろ俺。アイツのこと……)
今思えば、なんで告白をせずにあそこまでダラダラと時間を引き伸ばすことができたのか。前にここへ来た時はまだいつか告白しようとか、そんなふざけた考えを自分が持っていたと言うことが信じられない。そう、考えてしまうほどに。
俺の中にはもう、彼女を好きだという感情が溢れすぎていた。