青空の下、手を引かれる。
周りはザワザワと騒がしいけれど、そんな中をかき分けて。真っ直ぐに進んでいく彼女の背中を、見つめていた。
「ね、ウォータースライダー乗ろうよ!!」
「……へ?」
由那が着ているのは、俺の。俺と出かける時だけ着てくれると約束してくれた、あの水着。
黒のビキニに、半透明な上着。試着室でだけ見た、あれだ。
「にっしし、ゆーしぼーっとしてたでしょ? ほら、今ならウォータースライダー、並んでないからさ。二人で滑ろ〜♪」
「え? あ、おう。そうだな」
繋がれた手のひらから感じる、確かな体温。
どこか今のこの状況に違和感を覚えつつも、すぐにそんなことはどうでも良くなって。夏の日差しに肌を焼かれる感覚と共に、階段を上がった。
頂上の寸前まで行くと、前には五人ほど俺たちのようなお客さんがいて。よく見たらプールの指導員さんに浮き輪を渡されて、カップルでちょうど二人。前後に位置付けして滑っていった。
高所恐怖症な俺としては正直中々に怖いのだが。多分、それは由那も同じだ。
「ゆーしっ。どっちが前でどっちが後ろ行く〜?」
「由那はどっちがいいんだ?」
「ん〜、どうだろ。前に座って後ろからゆーしにぎゅっ、されたい気持ちもあるけど、後ろからゆーしをぎゅっもいいなぁ。えへ、えへへっ」
「何だその選び方……」
彼女はいつもブレない。俺に甘えることに本気で、きっと今のもまじめに考えようとした結果なのだろう。
俺と何かをするために。俺を理由として行動の行く先を決めてくれるというのは……やっぱり、嬉しい。
彼氏として、何より惚れた身として。胸がギュッと熱くなった。
「……俺も、前から由那に抱きしめられるか、後ろから由那を抱き締めるか。どっちも最高で決められないけど」
「ふっふっふ。じゃあ二回乗っちゃお? ゆーしは欲張りさんだからねぇ〜」
「どの口が言ってんだか」
「バレたぁ♡」
俺たちの前の人が浮き輪に乗る準備をしているのを眺めながら。由那はそっと腕に抱きついてくる。
すりすり、と頬を肩に擦り付けて、まるで小動物が甘えてくる時みたいに。色々と当たっていることに気づいているのか、はたまたわざとそうしているのか。分からないけれど、とにかく水着姿の由那のそれは、いつもより破壊力が凄かった。
「なあ、由那?」
「な〜に?」
「先、俺が前で乗ってもいいか? その……由那に抱きしめられてるの、感じたい」
「へっ!? む、むぅ。なんかその言い方、ちょっとエッチだなぁ……」
「そりゃあ、由那がエッチな格好してるからな」
「な、なななにゃっ!? そ、そんなこと、ないもん。確かにこれはゆーし専用の水着だけど……え、エッチじゃ、ないもん」
「はいはい。で、俺が前でいいのか?」
「……分かったよ、もう。いっぱいぎゅっ、するからね?」
「ああ、頼んだ」
ぷくぅ。少し不満げに頬を膨らませる由那の頭をそっと撫でて。指導員の人から、浮き輪を受け取る。
オレンジ色の、二つ穴が空いた数字の八のような形状。前と後ろの距離はかなり近く、約束通り俺が前、由那が後ろで穴にお尻を合わせて腰を下ろすと。ちょうど後ろにいる彼女が俺の背中から手を回せる、いい感じの距離感だった。
「ど、ドキドキするね」
「はは、ははは。ちょっとちびりそうかも」
「ではお客様、行ってらっしゃいませ〜」
スタート地点に立って初めて感じる、自分達のいる場所の高さ。
一瞬全身から血の気が引いて、足の裏にちょろちょろと浅く流れる水が触れると。
浮き輪は、一気に下降を始めた。