文化祭まで、あと一週間を切った。
学内はすっかりお祭りモードで、各クラス装飾や劇の練習などに勤しんでいる。
特に気合の入りようが凄いのは三年生だ。高校生活最後の文化祭というのもあり、飲食店にしても縁日店にしても、とにかく全てが本気。飾り付けなんかもはやちょっとした一個店レベルだ。
そして俺達のクラスも、また。そんな先輩達に負けじと部活のある奴らも総動員して準備に取り組んでいた。
「ちょっとそこ、ズレてるって! ちゃんと真っ直ぐ貼ってよ!!」
「お゛お゛ん!? うるっせえな細かいんだよォ!! ならテメェで貼れやァァ!!!」
「えへへ、みんな元気だね〜」
「元気、の一言で済ませていいのか? これは……」
何故か……いや、原因は主に男子側にあるのだが。とにかくうちのクラスは男女の間に壁があるというか。まあ一言で言うとめちゃくちゃ仲が悪い。
(ただ、その原因って割と俺達と関わってることなんだよな……)
その主な原因は、間違いなく色恋話の件だろう。
うちのクラスにいるカップルは二組。寛司と中田さん、そして俺と由那。
元々は由那が可愛すぎることに加えて俺にべったりだったことによる嫉妬から始まった不満も、俺たちが付き合い始めたということがバレてからはより爆発していて。とにかく俺と寛司は殺意を向けられ続けている。
だが、女子の側では違ったのだ。俺と寛司はひたすら嫉妬と報復を向けられるばかりなのに比べて、由那と中田さんは元々の人気というか。クラスメイトの女子から″応援″の対象として見られているらしい。
由那は一途な初恋を成就させ、現在進行形で幸せを更新し続けるクラスの花として。中田さんは普段の性格と彼氏の前で見せる甘々な表情のギャップが可愛い、ラブコメ漫画のヒロインばりの美少女として。
二人が人気なことにより、必然的にその相手である俺たちも女子からは保護対象に入れてもらえているそうだ。そのせいで庇ってくれる女子と嬲らんとする男子の間でしょっちゅう喧嘩している。
まあ、めちゃくちゃ仲が悪いとまではいかないのだが。……いやいくか? よし、考えるのはよそう。
「俺たちも何か手伝うか。指示くれそうな人……在原さん、は忙しそうだな」
「あ、じゃあ委員長に聞こうよ〜! 蘭原さんならきっと何やればいいか教えてくれると思うよ〜」
「分かった。そうするか────」
「はいはーい、お二人さん! お仕事ありますよー!!」
「んえ?」
ツンツンっ、と背後から肩をつつかれる。
さっきまで男子と言い合いをしていた子だ。少し怖いが、仕事をくれるというならありがたい。ずっと由那と二人で立ちすくんでいるわけにもいかないし。
「由那ちゃんと神沢君には買い出しをしてきてもらいまーす! はいこれ必要なもののメモと先生から預かったお金入ってる封筒! よろしくね〜♪」
「か、買い出し? なんかいきなりだな。てっきり装飾系の仕事かと思ってた」
「まあ誰かがやらなきゃいけないことだからねぇ。あ、ちなみに中田さん達にも別件でもう行ってもらってるよ〜。友達同士で行くのもいいかもだけど、やっぱりこういうのはカレカノで行くのが一番映えるでしょ〜!!」
「ゆーしと買い出し! はいはいはーい! 私行きたい!! 買い出しデート!!!」
「デ、デデデデートだとぉぉぉぉお!!!!!? ざけんな!! 神沢テメェ、職務放棄して彼女と買い出しなんて絶対に許さな────」
「ていっ」
「グェッ!?」
ぼてっ。デートという単語に癇癪を起こして叫び出したクラスメイトが一人、倒れる。
てい、なんて可愛い掛け声から放たれたとは思えない、上段回し蹴り。それが背中に被弾すると一瞬男子の身体が浮いて、次の瞬間にはもう床に突っ伏していた。
「ゆっくり戻ってきてくれていいからねん。ゴミは私が片付けとくから、二人はごゆっくり〜!」
「ひ、ひぇ……」
い、今こいつ仮にもクラスメイトのこと、ゴミって……。
「ゆーしゆーし、早く行こっ! 楽しい買い出しの時間だよぉ〜!!」
「え? あ、あぉ。おおう」
由那は何も疑問に思っていないのか? 今一人、同じクラスの男子がまるで羽虫のような扱いを受けていたんだが。
(うちのクラスの女子だけは、絶対怒らせないようにしよう……)
女子という生き物の怖さを思い知らされつつ。俺は由那に引っ張られて、箒ではかれるクラスメイトの頭を見て見ぬふりしながら、教室を脱出したのだった。