「じゃあ、また明日……ね?」
「ん。また明日」
「……ゆーし? これじゃ帰れないよ?」
「……」
由那の家の門限、午後七時。もう間も無く六時四十五分を回ろうという頃、俺はその見送りで玄関まで来ていた。
が、靴を履いて俺の家から出る前に。別れ際のハグをした途端、別れるのが寂しくなってしまって。俺は彼女の身体を離せないでいる。
「わ、私だってずっとここにいたいけど。帰らなきゃお父さんに怒られちゃうよぉ」
「分かってる。分かってるんだけどな。……ごめん」
「もぉ。じゃああと五分だけだよ?」
「ありがと」
頭をそっと撫でながら、噛み締めるようにハグを続ける。
たった五分。それで離れられる自信はあまり無いが、それでもこの時間を堪能しないわけにはいかない。
好きだ。ちゃっかり俺のパーカーを着て帰るところとか、結局ゲームも途中からはやめてしまって死ぬほど甘えてきてくれたところとか。
今日一日でまた、好きが更新された。別れ際には寂しさと同時に、そういった楽しみがある。
「ゆーしの胸の中、あったかい。身体がきゅって熱くなって、好き好きって。私まで帰りたくなくなってきたよぉ」
「俺も、できることなら帰したくないんだけどな。ずっと独り占めして……」
ドクンッ。
心の臓が、小さく跳ねる。
ゲームをしている間も、さっきまでも。思っては消し、思っては消していた言葉がまた頭をよぎる。
それは傲慢で、酷く自分勝手なワガママ。多分それをして喜ぶのは俺だけで、由那にとっては鎖でしかない。
でも……
「なあ由那。ちょっといいか?」
「ん? なぁに?」
むくっ、と顔を上げて。じぃ、とクリクリしたまん丸な目をこちらに向けてくる彼女に、言う。
「文化祭のことなんだけどさ。あの、な……俺、由那にあの格好でウエイトレス、して欲しくない……かもしれない」
「……え?」
由那は言っていた。一度ウエイトレスで働いてみたいという夢があると。
だから今回の文化祭では、俺のシャツを着て。俺と一緒に働くということを加えてそれを叶えようとしていた。
俺もそれでいいと思っていたんだ。由那とウエイトレスをするのはきっと楽しい。そのことは本当で、実際にまだそうしたいと思っている気持ちも持っている。
だが、それ以上に。彼女のシャツ姿を見てから、ずっと心がモヤモヤしていた。
「由那のあの姿を、人に見せびらかしたくない。……俺以外に、見られたくない」
「あっ……」
ほんのりと、頬に熱が篭るのを感じた。
我ながら恥ずかしい。なんてことをお願いしてるんだ、全く。
でも言わずにはいられなかった。こんなに小っ恥ずかしくて迷惑しかかけない言葉だというのに。言った後の俺には、後悔が一つもない。
「そ、そっ……か。私のこと、独り占め……えへ、えへっ。ゆーしってさ、結構独占欲強いよね?」
「うっ。それは、否定できない」
「にへへへっ。酷いんだぁ。私ウエイトレスするの楽しみにしてたんだけどなぁ? 彼氏さんはそれを許してくれないんだ〜?」
「ぬぐ、ぬぐぐぐぐ」
ニヤニヤと。小悪魔的な笑みと共に俺の頬をツンツンする彼女は、からかいモードで口角を上げる。
何故か彼女は、あまり嫌そうな顔をしていなかった。まるで俺にそう言われて、嬉しいみたいだ。
「ゆーしも、やっと私の彼氏さんだって自覚が出てきたみたいで嬉しいな。私のこと、ちゃんと自分のものだって。私の全部はゆーしのものだって。分かってくれてるんだぁ」
「な、なんか恥ずかしいぞ、それ……」
「えへへ、でもダーメ。私は絶対、ウエイトレスさんするもんね〜!」
「なっ────」
「だから……さ」
俺の手を振り解き、ハグから抜け出して。細長い両手を背中に回してこちらに背を向けてから振り向くと、由那は言った。
「ちゃんと私のこと、守ってね♡ ナンパとかされちゃったら、カッコよく庇って……お姫様扱いしてほしいなっ」
「〜〜〜ッ!?」
「じゃあね、王子様っ。また明日〜!」
「あ、ちょっ!!」
ガチャッ。言い逃げをするように、由那は外へと飛び出して消えていく。
扉をすぐに閉められたせいで俺の視界からはすぐに彼女がいなくなって。ドクンッ、ドクンッ、と高鳴る心臓と共に身体の熱がドンドン上がっていくと、そこには誰もいないのに思わず両手で顔を覆ってしまった。
「それは、反則だろぉ……」
本当、俺の世界一大好きな彼女さんには敵わないな。
改めてそのことを、思い知らされた。